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episode A

「こりゃまた、えらく吹雪(ふぶ)いてきたねぇ」


 窓の外を覗いていた兎子がのんびりとした声を出し、羊たちは苛立ちを募らせた。


「誰のせいで遭難したと思ってるんだよ!?」

「お前が山に登ろうって言ったからだろ!?」

「だって、みんなも賛成したじゃない」


 因幡兎子は長く伸ばした髪を指先に絡めつつ、悪びれる様子もなく肩をすくめた。避難部屋の中央では、兎子の双子の兄・因幡りょうが真っ青な顔をしてガタガタブルブル震えている。明らかに低体温症だ。九合目に差し掛かった直後、強風に煽られて、羊たちは避難小屋に逃げ込んだのだった。


 2024年12月。


 高二の冬休みを利用して、荒草羊たち友人6名は、北海道に旅行に来ていた。

 感染症の流行やテロ対策などで修学旅行が中止になり、だったら自分たちだけで行ってやろうと計画を立てたのだった。いつもだったら「子供だけで旅行なんて……」と渋い顔をする親たちも、さすがに不憫に思ったのか、今回の旅行に反対されることはなかった。


 しかしそうなると、ロボットみたいに行動がアレコレ制限される修学旅行なんかより、俄然楽しみになってしまった。スキーがやりたい。スノボに乗りたい。ジンギスカンが食べたい。カニ食いたい。シロクマに会いたい、キツネに会いたい。牧場で羊や牛と戯れたい。エスコンフィールドに行きたい。函館の夜景が見たい。少年よ大志(Ambition)を抱きたい。金塊が欲しい。洞爺湖に行きたい……などなど、諸々の要望を詰め込んだ結果、かなりタイトなスケジュールになってしまった。


 それで、予定も予算も当初の計画を大幅にオーバーして、フラフラと街を彷徨い歩いた結果。何を思ったか、兎子が最後に山に登ろうと言い出した。標高1898mの羊蹄山は、綺麗に整った姿から蝦夷富士とも呼ばれ、日本百名山にも選ばれている活火山である。今思えば、何の準備もなく気軽に登れる山ではなかった……。


 豆電球の細々とした明かりが、羊たちの影をゆらゆらと揺らした。りょうの震えは止まりそうになかった。普段から温和で大人しい性格だが、血の気が引いて、唇を紫色に染めたりょうの顔はますます幽霊のようだった。このままでは最悪、死に至りかねない。もっとも、()()()()だった因幡兄妹が、人間と同じように死ぬのかは謎だったけど。


「て言うか幽霊って熱出るんだ……」

「うぅ……すみません……!」

「オイ兎子。お前幽霊なんだろ。麓まで飛んでって、助けを呼んでこいよ」

 野球部の犬飼賢二郎が兎子に噛み付いた。兎子は飄々とした態度を崩さず、

「元・幽霊だよ。元・野球部みたいなモンで、ボクら今は転生して生身の肉体を手に入れちゃってるから、壁抜けだの念動力だの、幽霊的な行動はできない」

「なんだそりゃ。意味分かんねえ」

「とにかくどうにかして助けを呼ばないと」


 りょうの枕元で看病をしていた立花照虎が、泣き出しそうな声を上げた。いつもしっかり者の照虎が、ここまで取り乱すのは珍しい。事態はそれほど深刻だった。


「まだ通じない?」

「ダメだ」


 右手に持ったスマホをぶらぶらさせて、犬飼がガックリと肩を落とした。いつの間にか外は黒い雲が空を覆い、真っ暗になっていた。この悪天候で携帯も通じない。そもそも山開きが10月までなのだ。つまり羊たちは不法侵入者ということになる。


「なぁお前……まさか最初から遭難させることが目的だったんじゃないだろうな?」

 犬飼が兎子をジロリと睨んだ。普段から部活で鍛えていて、この中で一番力が強いのも犬飼だった。


 ※兎子は一年前、学校の七不思議にまつわる怪事件の、犯人として羊たちを散々困らせたのだった。彼は兎彦と言う幽霊だったのだが、何故か転生して性別が女になり、肉体を持って再び羊たちの前に姿を現した。主に嫌がらせが目的だと思われる。この辺は、話すと長い。詳しくは『一分間彼女』を読んでください。


「それでお前、俺たちをあの世に引き摺り込もうってワケか? あ?」

「違うよ。雪山で遭難して、思いがけず殺人事件に遭遇するのが目的だったんだけど」

「何だそれ」

「だって、名探偵たるもの、雪山では遭難するものだろう?」

「そんなはた迷惑な探偵聞いたことないよ」

「待ちたまえキミたち。向こうから誰か来るぞ!」


 羊たちが言い争っていると、窓の外を睨んでいた伊井田鉄郎が、分厚いメガネを光らせ鋭い声を上げた。


「何だって?」

「嘘だろ? どうしてこんな夜中に……」

「あれは……」


 急いで全員が窓際に張り付く。吹雪の向こう側、確かに、懐中電灯のような灯りをぶら下げて、人影がこちらに近づいてくる。


「助けが来たんだ! 助かった!」

「でも、どうして分かったの? 私たちがここにいるって?」

「……もしかしたら、殺人鬼なのかも」

「え……」


 誰かがポツリと呟いて、羊たちは暗がりの中、思わず顔を見合わせた。風の動きに合わせて、6人分の影が踊るように揺れる。


「ま……まさか……」

「ありえないだろ。何でわざわざ殺人鬼がこんな雪山(ところ)まで……」

「こんなところ、だからこそじゃない? ここだったら誰も目撃者はいないワケだし」

「兎子! お前が呼んだのか!」

「ち、違うよ! だったらボク、自分の手で殺すよ!」

「それもどうかと思う……」

「シッ! 静かに! 来るわよ!」


 6人が息を呑む中、外の人影が乱暴に避難小屋の扉を開けた。


「……サンタクロース?」


 羊は一瞬呆気に取られた。やって来たのは、全身真っ赤な登山服を着た見知らぬ男だった。

「お前ら、こんなところで何やってるんだ!?」

 サンタクロースではなかった。男は羊たちを見るなり、服に積もった雪を払いながら、大声で怒鳴りつけた。


「お前ら、学生か!?」

「ボクら、探偵です」

「探偵??」

「バカ! 適当なこと言うな!」

「あの、すみません。私たち道に迷っちゃって……」


 男性が羊たちをジロジロと眺め回した。結局、真相はこうである。羊蹄山には至るところにライブカメラが設置されており、不法侵入する羊たちの姿もバッチリ映されていた。不審に思った近隣の住民……城之内達彦が、まさかと思いつつも羊たちの後を追って来たようだった。


 その晩羊たちは念のため避難小屋に泊まった。達彦がりょうに持っていた非常薬を飲ませてくれた。

 翌朝。

 目覚めは悪かった。てっきり警察に突き出されるかと思ったら、達彦は、麓に自分たちの別荘があるから泊まって行けと言う。羊たちは顔を見合わせた。


「でも……」

「良いから。どうせホテルも決まってないんだろう?」


 どのみち、りょうの体調もあるから、このまま強行軍は無理だ。どこかで休みを取らなくてはならない。他のメンバーもまた、疲れがピークに達していた。それで羊たちは、城之内邸へとお邪魔することになった。


 ……と、ここまで何だか奇妙な経緯だが、なんてことはない。

 達彦も達彦でまた、別の思惑があった。つまり、10年前にその別荘で起きた殺人事件の謎を、誰かに解いてもらいたかったのである。別荘の名は、通称『J角館』と言う。

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