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episode J

『Jが岳の別荘崩落/死体発見・他数名が下敷きか 依然捜索続く』


 そんな地方記事がネットの片隅にアップされたのを、羊は後日、地元に帰ってから確認した。名前は明らかにされていないが、おそらくあのJ角館に違いない。もしかしたらあの4人は、あの後、さらなる金塊を求めて床を掘り続けていたのかもしれない。それで家屋が潰れてしまったのだとしたら、これはもう、因果応報と言わざるを得なかった。


 犯人たちの安否は未だ分からない。だが、俊哉の死体も発見したようだし、後は警察が上手く処理してくれるだろう。これ以上自分たちの出る幕はなさそうだった。


 羊はスマホから顔を上げ、小さくため息をついた。白い息がふわふわと風に流されて行く。北海道ほどではないが、羊の地元も、寒い冬の真っ最中だった。すれ違う人々は皆分厚いコートに身を包み、傘を片手に、足早に目的地へと駆け抜けて行く。天気は、午後から雨になる予報だった。


 Jが岳を脱出してから一週間が経とうとしていた。上手く山を降りられたのは幸運だった。J角館を出た羊たちは、必要最小限の荷物だけ持って、ロープウェイ乗り場へと急いだ。


 ロープウェイは確かに故障していて動かなかったが、案の定、その近くの茂みに整備された登山道と、4人分のスノーモービルが隠されていた。初日に羊たちがゴンドラでJ角館に向かっている間、達彦はこの道を通って先回りしたのだろう。


 鍵はかかったままだった。羊たちはスノーモービルに乗り、振り返る余裕もなく転がるように下山した。空と大地が白に染まり、遠く向こうの街並みが、まるで水平線の彼方に浮かぶ島のように見え隠れした。よほど緊張していたのだろう。ようやく街に着いた時には、6人の間で自然と歓声が上がった。


 体の節々がひどく痛んだが、休む間もなく、お土産を選ぶこともなく、新千歳空港の揚げたてじゃがりこも食べないまま、羊たちは飛行機に飛び乗り北の大地を後にした。警察に駆け込もうかとも思ったが、現場検証やら何やらでこれ以上長時間拘束されたくなかったし、何よりJ角館にもう一度戻ろうと言う気には到底なれなかった。


 帰りの機内で、乗り継いだ電車やバスの中で、6人は変わるがわる泥のように眠った。結局、家にたどり着いたのは深夜だった。見慣れた家のシルエットが見えた時、羊は思わず涙が出そうになった。


「羊くんっ」


 後ろから声をかけられ、羊は我に返った。振り返ると、白いダッフルコートを着込んだ照虎が、羊の方に駆け寄ってきた。


「照虎さん」

「どこ行くの?」

「別に……何処にも行くなって言われてるから、ただその辺をブラブラしてるんだ」


 羊は肩をすくめた。あの日以来、両親にはこっ酷く叱られ、羊は無期限の外泊禁止令が言い渡された。外泊どころか、当分はこの街から出るなと厳命され、何処にも行く宛がない。とはいえこれも、やはり因果応報だと言えるだろう。


「危ないところだったわね、私たち」

 照虎が羊の隣に並んで、しみじみと白い息を吐き出した。2人は人気の少なくなった歩道を歩き始めた。


「まさかあんなことになるなんてねぇ。それにしても、最初『J角館』なんてネーミング聞いた時には、何の冗談かと思ってたけど」

「うん……でもやっぱり、推理小説みたいには行かないよ」

 羊は苦笑した。

「やっぱりダメだよ、僕には探偵は向いてないみたいだ。あんな風に得意げに推理を披露して、下手したら僕ら、あのまま殺されてもおかしくなかった……」

「あら……でも」


 不意に照虎が羊の顔を覗き込み、クスリとほほ笑んだ。


「ちょっと格好良かったわよ、羊くん」

「え……」


 羊は思わず立ち止まり、横に並ぶ少女を見つめた。ふと彼の頭に、ふわふわと白いものが降ってきた。雪だ。どうやら気温が低すぎて、雨ではなく雪が降ってきたようだ。それでも羊の芯は、まるで真夏のように、急激に熱くなって行くのを感じた。


「ね、次は何処に行く?」


 照虎が羊の目を見て、いたずらっぽく笑った。羊はごくりと生唾を飲み込んで、黙って小さく頷いた。


 やっぱり、ダメだ。どれだけ禁止したところで、若者が外の世界に飛び出して行くのを、止められはしないのだろう。街の向こうから、小さく暖かく、祝福の鐘(Jingle)の音(Bells)が聞こえてきた。


 〜Fin〜

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