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episode I

「達彦さん……貴方、やっぱり……!」


 廊下の向こうから、ジリ、ジリと4人が迫ってくる。それぞれが手に、ボウガンや鎌、鍬などの武器を構えていた。廊下はたちまち大所帯となった。


「……貴方が俊哉さんを殺したんですね?」


 羊が低く、鋭く言い放った。達彦は豆電球の下でピタリと立ち止まると、わざとらしく首を傾げた。


「……俺が?」

「惚けんじゃねえ! その手に持ってるのは何なんだよ!?」


 隣で犬飼が吠える。達彦も、他の面々も、ニタニタと不気味な笑みを浮かべるばかりだった。


「言いがかりもほどほどにしてくれないか? 寝室には鍵がかかっていたじゃないか。一体、この俺がどうやって、親父を殺したって言うんだ?」

「それは……」

「それは羊くんが発表します」

「え? 僕?」

「そりゃそうだろ。この場面、お前しかいないだろうが!」

「やれやれ。また探偵の真似事かい?」


 達彦が持っていた出刃包丁をギラリと光らせた。羊たちは身を寄せ合い、ジリジリと後退した。


「頭の良い君たちならもう分かっているだろうが……今回の事件は10年前のそれとは訳が違う。あれを解けたからと言って、同じように解けるとは」

「そもそも10年前の事件を僕らに解かせたのが、今回の伏線ですよね?」

「何?」

 羊は決意を固めた。ここまで来たらもうやるしかない。喋り続けるか、それとも殺されるか、だ。


「10年も前の事件をわざとらしく僕らに話して……印象付けをしていたんでしょう? まるで今回の事件も、前と同じようなトリックが使われたに違いないと錯覚させるために」

「どう言うこと?」

 照虎がすぐ横から尋ねた。羊は振り向かないまま答えた。


「つまり、今回の事件は最初から計画されてたんだよ。初めっから、俊哉さんを殺すつもりだったんだ。僕らはその目撃者としてこの館に呼ばれた。今回の事件は自殺に違いないと、そう証言させるために」

「10年前の事件と、今回の事件は別だってのか?」

「犯人は一緒だよ。達彦さん……貴方たちが4人で共謀して殺した」

「…………」

「期せずして俊哉さんが中庭を見張っていたから、外部の犯行には見せかけられなくなったけど。幸い警察は酔っ払いの戯言だと取り合わなかった。だけど、俊哉さんはずっとあの事件を疑問に思ってた。真実に辿り着かれては叶わないと、貴方たちは俊哉さんを始末する計画を思いついた……」

「最近の高校生は想像力逞しいな」


 達彦が瞬きもせずにそう言った。口元は嗤っているが、しかし目の奥はギラギラと、獲物を狙う捕食者(ハンター)のように輝いていた。他の3人も、達彦の後ろで標的に飛び掛かるのを今か今かと待ち侘びている。


「俺にもそんな時期があった。何でもないことを深読みしたり、大袈裟に考えたり。皆に広まっているハナシには、実は大どんでん返しが、とんでもない裏があるんじゃないか……ってな。気をつけろよ、ほどほどにしとかないと、そのうち陰謀論者まっしぐらだぞ」

「これは陰謀論じゃありません。論理的帰結です」


 羊はキッパリと言った。全ての証拠を集め、論理的に物事を考えた結果だ。


「そして探偵役に僕らが選ばれた……いくら自殺だと言い張っても、家族の証言だけじゃ弱いと思ったんでしょう。頸動脈を切ってる訳ですからね。誰でも良かったんだ。鍵がかかっているところを見せさえすれば。それで、前日に10年前の事件を話し、餌を撒いておく……あれがミスリードだったんだ。あれに僕もすっかり騙された。10年前の事件はきっと今回の事件と関係があるに違いない、と」

「ミスリード?」

「一体君は、さっきから何が言いたいのかね?」


 達彦は苛立ちを隠さず声を荒げた。暗がりの廊下に怒号が反響する。


「論理がどうのこうの言っているが……じゃあ今回の事件はどう説明する? 君は、君たちは一晩中起きていたんだろう? じゃあ、足音がするはずじゃないか!? この廊下に!」


 達彦がダン! と力強く足元を踏み鳴らした。羊は首をすくめた。論理的に考えて、どう考えても犯人はこの人たちで間違いない。だけど……論理的に考えると、どう考えても僕らは追い詰められている。論理は必ずしも自分たちの身を守ってくれるとは限らなかった。


「納得の行く説明をしてみせろよ! なぁ名探偵!? 俺たちが、どうやって親父を殺せたって言うんだ!? 中庭に人影はなかった。廊下も音がしなかった。じゃあ、書斎に行きようがないじゃないか! もう一度間取り図を見せようか!?」

「それは……」

「声が小さい! もっとハッキリ言い給え!」

「殺してたんです」

「な……?」

「え?」


 ポカンとした顔を浮かべたのは、犯人たち4人組だけではなかった。隣にいた友人たちも、訳が分からないと言った顔で羊を見つめた。


「貴方たちは、()()()J()()()()()()()、すでに俊哉さんを殺していたんですよ」

「……は?」

「死体はずっと、書斎に、寝室にあったんです。あの日、貴方たちは誰も廊下を渡っていない。それもそのはず、殺す必要なんてなかったんだ。だって、もう死んでるんだから」

「ちょ、ちょっと待ってよ!?」

 照虎が慌てて羊の耳元で囁いた。


「おかしいじゃない!? あの日、私たちは確かに俊哉さんと話して」

「あの日、僕らが話したのが俊哉さん本人だって、どうして分かるの?」

「え?」

「何だって?」

「あれはね、達彦さんの変装だったんだ。そうでしょう、達彦さん?」


 達彦は何も言わなかった。まるで能面になったかのように無表情で、その場に立ち尽くしていた。羊は彼らを睨んだ。


「最初は確かに似てると思いましたよ。親子なんだから。だけど、良く良く考えてみれば、僕らは達彦さん、前日に貴方と会ったのが初対面だったんだ。その時は防寒着を羽織って、ゴーグルを外した顔をチラと拝見しただけ」

「変装ぉ!?」

「あの後、達彦さん。貴方は僕らをロープウェイに乗せ、自分は仕事があるからと言いながら、先回りしてJ角館に戻った。それで付け髭やらカツラやらで、父親の俊哉さんを演じて見せたんだ。初対面の僕らは、それが俊哉さんだと信じ込んだ」

「でも……」

「もちろんこれは、摩耶さんとか、管理人の協力もないと成立しない。いくら何でも家族が変装に気づかないなんておかしいからね。だけど逆に言えば、4人が協力すればこのトリックは十分成り立つ」

「ぐ……!」


 達彦はぐにゃりと顔を歪ませた。明らかに動揺が走っている。羊は、膝がガクガクと鳴りそうなのを必死に堪えて、残りの推理(Inference)を絞り出した。


「あの日、貴方は俊哉さんを演じ、僕らに10年前の事件をわざと解かせた。それで僕らはすっかり、殺人はリアルタイムで行われていると信じ込んだんだ。だけど真実は……事件はすでに起こった後だった。夕食後、貴方はリビングを出て、書斎ではなく自室に戻った。変装を解いて、玄関から、さも今さっき帰ってきたばかりというフリをしたんだ」

「ぐ……ぐぅ……!」

「で、出鱈目よ!」


 小刻みに震える達彦の後ろで、麻耶が髪を振り乱して叫んだ。


「証拠はあるの!?」

「気付いたのは、ついさっき……」

 羊は目を細めた。


()()ですよ」

「解硬?」

「死後硬直は、通常なら24時間で最高到達点に辿り着き、そこから夏場なら1日か2日、冬場なら3日か4日で解硬が始まるんです」

「3日か……4日?」

「そう。だからおかしいんですよ。すでに緩解し始めてるのが。この寒さだ。真冬の北海道で、2日前の死体がもう解硬し始めてるのは」

「う……!」

「もっと前に……事前に殺されてなきゃ、あり得ない」

「うぅ……ッ!?」

「高校生だから死体なんかマジマジ観察しないって、たかを括っていたんでしょう? でもどのみち、司法解剖したらはっきりしますよ。傷口は自分で付けた傷なのか、それとも誰かに切られた傷なのか、くらい。死体が何日前に殺されたのかも、ね。貴方たちは俊哉さんを殺してしまい、咄嗟に僕らを利用することを考えた。だけど少し……」

「少し……甘く見過ぎていたようだな」


 突然俊哉がゆらりと揺らめき、射抜くような眼でギロリと6人を睨んだ。羊たちは息を飲んだ。


「ヒントを出し過ぎたみたいだ。まさか今回の事件も解いてしまうとは……ククク。坊や。探偵ごっこは気持ちよかったかい?」

「ゲ……!」

「ヤベエぞオイ」

「逃げましょう!」

「だが、冥土の土産に覚えておくといい。世の中には、深入りし過ぎない方が良いこともあるんだって……そんな風に、上から目線で論破されたらぁあああああッ!!!」

「う……うわぁあああああッ!?」


 突然達彦が踊りかかってきて、羊たちは絶叫した。


「逆⭐︎上した悪い大人にッ、殺されちゃうかもしれないよぉおおおおおおおおッ!?」


 後ろは書斎で、逃げ場がない。だから横に逃げた。事前に示し合わせていた通り、羊たちは予め開けておいた客間の窓へ殺到した。


「逃すか!」


 客間の窓から、中庭へと飛び出す。後から追って来ようとした達彦が怒号を上げたが、しかし最後まで続かなかった。代わりに轟音が館に響き渡った。


「な……!?」


 建物全体がまるで地震のように激しく揺れ、廊下から土煙が舞い上がる。怒号はたちまち、4人の悲鳴に変わった。


「元々壊れかけていたんだ」

 客間の窓に足をかけ、羊が後ろを確認しながら汗を拭った。

「一辺に体重をかけたから、とうとう壊れたんだね、廊下」

「貴様……貴様が壊したんだろう!?」


 土煙の向こうから、床下に落ちた達彦の罵声が聞こえてきた。


「許さんぞ糞餓鬼が! 切り刻んでやるからな! ドラム缶に詰め込んで、毛蟹風呂にしてやる! 全身チーズフォンデュみたいに、ドロッドロに溶かしてやる!」

「待って貴方……これ!」

「何だこんな時に!」

「金塊よ!」

 殺人鬼たちの罵詈雑言が、今度は麻耶たちの歓声に変わった。


「ここにあったんだわ! アイヌの隠し財宝が……やったッ、金よ! 大金持ちよぉ〜ッ!」

「本当だ……ウヒヒィーッ! やったな! これで借金も返せる……」

「オイ、逃げるぞ!」


 すでに玄関付近にいた犬飼が羊を急かした。どうやら金塊に目が眩み、今すぐ自分たちを追ってくることはなさそうだ。羊はさっさと靴を履き、急いでJ角館から脱出した。

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