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結託した二人


「……東郷さまは追わなくて良いのですか?」

 残された手付かずの茶菓子を摘みつつ、のほほんとした口調で問いかけた輝子を東郷は静かに睨みつけた。

「輝子さまは、あのような狼藉を許して良いのですか? 彼らは事もあろうに力ずくで龍神さまを引き摺り出そうとしているのですよ」


「わたくしは皆様に意見を言える立場に居ませんから」

 この神社は北山、小南、西園、東郷が収める四つの村からの寄付で建てられた神社だ。

 今代の巫女、輝子は名目上こそ彼ら四人の村長と同等以上の立場を持つが、実際にはその地位は遥かに低い。

 彼女が表立って意見しようものなら、その身は山中で見つかり、すぐさま代わりが立てられるだろう。


「……龍神の巫女という立場でありながら、ただ座して龍神さまが家畜の様に縄を掛けられて、引き摺り出される姿を望むと?」

「みなさまがそれを望むなら」


「……その凝り固まった思考、吐き気がしますね」

 間髪を入れない輝子の答えに東郷は顔を背けると、煙管に刻みタバコを詰め込むと火をつけ、一息に吸った。

 苛ついているのだろう、その指が忙しなく膝を叩く。


 部屋に紫煙が漂う中、輝子はなんでも無いようにその紫煙を指先で手繰って遊んだ。

「此処では巫女とはそう言うものですよ。お若い東郷さまは知らないかも知れませんが……」

「若いと言っても、あの老人共と比べてでしょうに。私は貴方より一回りは年上です」

()()()であった東郷さまよりはこの地の歴史に通じているという意味です」

 

 東郷の指がパタリと止まった。

「……何故それを?」


「北山さまに教えてもらいましたから。あの男がわしの村に不利益を齎そうとしていることがあれば教えろ。という言葉と共に」

「ははっ、それはそれは……見事に信用されていませんねぇ」

 東郷は煙管クルリと回すと、コンッと灰皿へ当てて灰を捨てた。


 


――――

 

「東郷さまは先代さまの庶子だそうですね。なんでも都に残してきた遊女との間の子だとか。幼くして亡くなったご子息さまの代わりに先代さまが遊女から金で取り上げたとか」

「そこまでご存知ですか。父は誰にも言わぬようにと、あらゆる方面に金を積んだというのに」

「田舎ですから。戸にも人の口にも錠なんてありません。ましてやその鍵を持つものが亡くなられたのであれば尚更です」

 輝子は薄くなった紫煙を指先で散らすと、指先にふっと息を吹きかけた。


「……東郷さまはどうして村長に? 先代さまは新たな長を指名する前に不慮の事故で亡くなられたと聞きました。その時なら別の誰かに任を押し付けて都へ戻ると言うこともできたでしょうに」

 

「都にいれば誰もが華やかな暮らしができると思っているとは。流石、輝子さまは田舎の小娘ですね」

 輝子は東郷の物言いに少し目を開いて固まると、不貞腐れたようにむくれた。


「ありませんよ。銀三つ(ここでの銀とは一分銀を言う。一両の四分の一)で捨てられた私に居場所など。

 あのまま都に居ても良くて丁稚からの手代、悪ければ既に魚の餌でしょう。先代の子が亡くなられたという話は、私にとっては地獄から抜け出す良い話だったのです。

 都で見聞きした農法を持ってすれば、閉鎖的で前時代的な農法に固執する彼らを数年で追い越すことができる。

 そうすれば私の地位は盤石。数々の辛酸を舐めた利権の争いにも強気に出ることができるというものです。

 しかして、そこ至るまでの功績を他人に掠め取られないようにするには村長という役が適任だったのですよ」

 

 東郷は薄く笑って輝子を見据えると、再び煙管にタバコを詰め、火をつけて燻らせた。

「報告しますか? 北山殿に。私が北山殿を今の地位から蹴落とす事を狙っていると」

「いいえ」

 輝子は首を振った。


「おや、それは何故?」

「報告すれば東郷さまが黙っていないでしょうから。そして北山さまに話す話さないとも限らずに、わたくしはきっと今夜には野犬の腹に収まるのでしょうね」

 輝子は憂いを帯びた顔を袖で隠すと俯いた。

 

「……そこまで悲観せずとも良いでしょうに。貴方が話さないと約束するのであれば此処で巫女を続ける事くらいは許す度量はありますが?」

 心外だと言わんばかりに東郷はため息をついた。

 この糸目のキツネ顔のせいで何度他人に誤解されてきた事か。

 開き直ってこの顔面を利用し、騙すことも数多くあれど、そう勘違いされるのは東郷としても少しは心が痛むのだ。


 

「冗談です。東郷さまの内心がそこまでの鬼畜生でない事は理解しているつもりです。顔は別として」

 輝子は隠した袖をパッと払って顔を上げるとクスリと笑った。

「顔は別として……」

「冗談です」

 


――――


「しかし東郷さまが北山さまを蹴落とす事を望んでいるのならば、西園さまの提案に賛同するべきだったのではないですか?」

 この田舎で協調出来ない者は疎まれる事が多い。

 西園の力で龍神を引っ張り出すという提案がうまく行った時、東郷は反対するだけして何も手伝わなかったと言われて立場は悪くなるだろう。

 

しかし、東郷は輝子の言葉を鼻で笑った。

「あの芯まで筋肉で出来た様な案に加担しろと? 力で引き摺り出すなど、龍神さまのプライドを傷つけて今後の関係の悪化を考えない馬鹿の考えです。

 ハッキリ言って自分の首を絞めているとしか思えません。龍神さまに少しでも加担されたと見なされて、連座で天罰を落とされるのは勘弁していただきたい」

「……龍神さまにとって、人とは十把一絡げのような物です。天罰が与えられるとすれば、私を含めて下流域の村は全て流されるでしょうね」


 輝子の言いように東郷は頭を抱えたくなった。

 このままではせっかく築いた村長の地位どころか己の命さえもとばっちりで失いかねないのだ。


 

「……なんとか、するしかないでしょうね。我々で」

「なんとか、とは?」

「龍神さまを穏便にかつ、速やかにこちらへ出てきて頂くのです」


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