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プロローグ

「いやだっ!」

 神社の本殿のそのまた奥、神の間と呼ばれる部屋に引き篭もるどころか、そこの最奥に敷かれた布団から出てこずに叫ぶ龍神に輝子はほとほと困ったというようにため息をついた。


「龍神さま。雨が降らなければ作物も育たず、村の者も困ってしまいます」

「勝手に困れば良いだろうっ!」

「……少しだけでも散歩をしませんか? 桜の花が咲く季節です。社の裏山の桜を見に行きませんか?」

「行かないっ!」

「龍神さま……」

「やだっ!」


 大福のように丸まった布団からニョッキリ飛び出た鹿にも似た竜の角。

 片方しか無いその角をブンブンと振り回し、拒絶する様子を見て、輝子は「どうしましょう……」と小さく呟いた。


 

 

 かの龍神はまだまだ年若い神だ。

 だが人の世を良く理解し、こちらの願いを聞き届けてくれる良き神でもあった。

 それが今や三週間も籠ったまま出てこない。


 龍神が姿を現さない。それは雨が降らない事に他ならない。

 雨が降らなければ作物は育たず人は飢え、村は死にゆくのが定めだ。


 かの龍神のお心に何があったのか。

 その身に何かあったのか。


 その一切が解らぬまま、輝子は龍神の部屋を後にした。



 ――――


「で、かの神はいつおいでになると?」

 所変わって社務所の中、輝子が襖を開けた途端に待ちかねたかのように一人の男が口を開いた。


「龍神さまはまだ暫くは……」

 輝子がそう口を開くと、社務所の一室に集まっていた四人の男は揃ってため息をついた。


 彼らはそれぞれが龍神の住まう社の下流域に存在する村の長だ。

 龍神がもたらす水で生活する彼らにとって、日照り続きの日々にこれ以上は村が耐えられないと、揃って龍神を祀る神社へと繰り出して来たのだ。


「ちっ。このままじゃ田植えが出来ねぇ騒ぎじゃねぇぞ。早々に解決しなきゃ全員揃って干からびちまう。いっそどうにかして無理矢理にでも引っ張り出すか?」

 荒々しい声を発し、腕まくりをして社務所を出て行こうとした西園を止めたのはこの四人の中では最も若い東郷だ。

 

 東郷は手にした煙管をクルリと回すと額をコツコツと叩いた。

「神の座す間に入れない我々がどうやってです? 輝子さまにでも頼むおつもりで?」

「さっき輝子から頼んでダメだっただろうが。だから俺が無理矢理にでも引き摺り出すと言っているんだ」

「だから、本殿のその先へ行けぬ西園殿がどうやって、龍神さまを引き摺り出そうと言うのです」

「そりゃあ、お前。俺の腕力を持ってしてだな。龍神殿の角か足にでもロープを引っ掛けてもらえればそれで終めぇよ。俺が力で引き摺り出してやる」

 

「……何を馬鹿な」

 あまりの短慮ぶりに絶句したのか、押し黙った東郷に西園は我が意を得たりとばかりに社務所の襖をスパーンと音を立てて開けた。


 

「まぁ、待て」

「あぁ? なんだ? 小南の旦那。俺に文句があるって言うのか?」

 今すぐにでも本殿へと向かわん勢いの西園を制した小南は大きく手を広げると過剰なまでに肩をすくめた。


「ねぇよ? だけどもよ。肝心の輝子殿の意見はどうなんだい? 荒ぶる龍神の足だか角だか知らねえが、縄を引っ掛けるのは輝子殿だ。縄を準備するよりも輝子殿に出来るのか問うのが先では無いのかい?」


 そう問われて輝子はふむぅと唸った。

 今の龍神の姿は人間様式にて作られた本殿の奥にいる為、人の子供と変わらない姿だ。

 強いて違うところを上げれば頭に角が生えている所くらい。


 龍神が纏う布団さえ取っ払ってしまえば、容易にロープを巻きつけれる所が想像できた。


「出来なくは無いでしょうけど、後が大変そうですね」

 輝子は引き摺り出された後に泣き喚き、周囲無秩序に怒りを振り撒く龍神を想像してため息をついた。


「そんな後のことより、今すぐにでも雨が降らねぇと俺の所の井戸はほぼ空っけつだ。既に鶏も何羽か死んだ。明日にでも人死が出るかも知れねぇ。俺は早速縄の準備してくるわ。北山の旦那もそれで良いかい?」

 西園が黙ってやりとりを聞いていたこの中で最高齢の北山に視線を向けると、北山は少しだけ目を開けてこくりと頷いた。

「良かろう。わしの村からも何人か手伝いを出そう」

「旦那の村の所の奴らなんてもやしばっかじゃねぇか。いらねぇ、俺一人で十分だ」

 

「西園殿、縄を用意するにしても生半可な縄では切れてしまいますぞ。私の村に幾つか強靭なのに心当たりがありますゆえ、それらを撚り合わせては如何か?」

「ああ、小南の旦那。ありがたく使わせてもらう」

 ドスドスと足音高く社務所を後にした西園とそれに続いた小南が居なくなり、追うようにゆっくりとした足取りで北山が出ていくと、社務所の中には静寂が満ちた。



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