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愛した君は、怪物だった  作者: 三月うみ
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7.怪物騒動の終わり

 所長も飄々とした笑顔で、ゆっくりと頷く。


 「うん、二言はないよ。」


 「じゃあ、俺が飲むっす。」


 フィールが即答した。いつもより少し固い表情で、試験管を受け取ろうと手を差し出していた。

 ライヤとルナは慌ててフィールの肩をつかんだ。


 「おい、フィール! お前、自分が何言ってるのかわかっているのか?」


 「そうですよ! フィールさんが怪物になる必要なんてないです!」


 ぶんぶんとフィールの肩を揺らすと、フィールはにっこりと笑った。


 「俺なら大丈夫っすよ。」


 「何言ってるんだ! フィールが犠牲になるなんて、そんなのおかしい!」


 ライヤは声が震えていた。今までずっとルナの治療薬を一緒に作ってくれた大切な仲間が、自分を犠牲にして怪物になると言っている。自分があの時巻き込んでしまったから、こんな結果になってしまったのか。

 思考はぐるぐるとめぐるばかりで、ライヤは頭を抱えた。ルナが横からそっとライヤの肩を支える。

 それを見たフィールは目を細めた後、にっと白い歯を見せた。


 「ライヤさん、ルナちゃんを守るって決めたんでしょう。2人は一緒じゃないとダメっす。それに前に言ったことあったっすよね? 俺、ライヤさんのことが大好きなんです!ライヤさんのためなら俺、怪物にでもなれるっすよ。でもきっと俺のこと人間に戻してくださいっす!」


 何も言わなくてもライヤとルナの関係をフィールはわかっていた。察しが良くて、行動力もある。そんなフィールがなぜライヤのことをこんなにも信頼してくれるのか、ライヤにはわからなかった。


 「フィールは前にも俺のことが大好きだと言ってくれたな。でも俺はフィールに好かれるようなことをした記憶がないんだ。どうしてフィールはそこまで俺のことを信頼してくれるんだ…?」


 今聞くことではなかったかもしれない。それでもライヤは震える声で尋ねていた。フィールは驚いたように目を丸くさせた後、いつものように明るい声で答えた。


 「半年前、俺がこの研究室を初めて訪れた時、俺は研究室の前で隣町のチンピラに襲われたっす。その時俺はへらへらしてやりすごそうとしてたんすけど、腹を殴られちゃって動けなくなったっす。そうしたら研究所の中からライヤさんが出てきてくれて、あっという間にチンピラを追い返したっす。本当にかっこよかったっす! それでこの研究所に入りたい!って思ったっす。研究室に入ってからライヤさんと一緒に研究をするようになって、ライヤさんの人となりを知ったっす。ケンカは強いし、研究に対する熱意もすごい。でも人との付き合いは少し苦手で、女性はもっと苦手。それでも心はすごく優しくて、なんでも取り組もうとする意欲にあふれていて…ライヤさんは本当に素敵な人なんす! ライヤさん自身の評価は低いみたいっすけど、俺はライヤさんのこと大好きなんです!そのことを伝えたくていつも大好きって伝えてたっす。」


 人懐っこいフィールの笑顔が、ライヤの心に火をつけた。自分が誰かにこんなにも心配してもらえる存在で、自分のことを好きだと言ってくれる人がここに2人もいる。それだけでライヤは心強かった。


 「…そっか。フィールありがとう。俺は弱気になっていた。俺はこんなにも大切にしてもらえていたんだな。」


 ライヤとフィールの目線が合う。そしてどちらからともなくニカッと笑いあう。


 「なあ、フィール。怪物にならなくて済むならその方がいいよな?」


 フィールは、ライヤの目にいつもより力がこもっているような気がした。その目を見てフィールは安心する。きっともう大丈夫だと。


 「そうっすね。怪物にならなくていいならその方がいいっす。」


 「わかった。」


 そう言うとライヤは、暇そうに試験管を弄んでいた所長の腹部に向かって高速の回し蹴りをお見舞いした。


 「へぶっ!」


 妙な声を上げて、所長が壁に向かって吹き飛ぶ。壁から試験管や薬品のビンなど実験道具がばらばらと落ち、床に散らばった。


 「ラ、ライヤさん?」


 ルナが驚いて悲鳴に近い声を上げた。ルナの前で暴力的な行動に出るのはためらわれたが、今はそんなことを言っている場合ではない。


 「“怪物”には効かなくても、人間になら通じると思ってな。フィールを守るための俺の武道が。」


 初めてフィールと森に入った日、ライヤの武道の力で怪物から守ってくれと言われたことがあった。その時は冗談として話していたが、今は本気だ。人間になら武道で培った力が通用する。ライヤの目に迷いはなかった。


 「ラ、ライヤくん…? 君は何をしているんだい?」


 所長が腹を押さえながらよろよろと立ち上がった。その胸ぐらをつかみ、所長の顔の目の前にライヤは自分の顔を近づけた。


 「俺は上司である所長に回し蹴りをしました。この後所長に殴る蹴るの暴行を加えるかもしれません。ああ、俺はとんでもなく悪いやつですね。所長はこのことを町の人に言いふらしてください。ライヤが研究所内で暴れ、所長を蹴り飛ばしたと。そうしたら俺は町の人の“悪”になるでしょう。1人では情報が弱いようでしたら、フィールとルナも暴れたことにしてください。2人は俺の家族同然ですから一緒に罪をかぶってもらうことにしましょう。どうですか、怪物なんていなくても町の人の意識は統一できるはずです。俺らは所長と町に今後一切関与しませんから、悪意のある攻撃もないでしょう。いいですか、今後一切俺たちに関わらないでください。」


 ライヤの凄みは所長の想定外だったらしい。所長は顔面蒼白のまま、目を白黒させている。


 「意識を統一させたら平和になれる? そんなことをしても必ずいさかいは生まれます。その度に怪物を作るつもりですか? 人にはそれぞれの思いがあって、すれ違うこともきっとあります。それでも話し合いとケンカを経て、次第にわかっていくものではないでしょうか。今俺は、所長の話を理解することができませんでした。いつかわかるかもしれないけれど、今はわからない。だから今はお互い頭を冷やす時間が必要です。治療薬を渡してください。もらったら今すぐに出ていきますから。」


 半年間世話になった所長との別れ。意思疎通ができないとわかっていても、それは少しばかりの寂しさがあった。

 所長は恐怖で身体を震わせながら治療薬を差し出してきた。ライヤからの回し蹴りの意味がいまだに理解できていないようだった。

 ライヤは所長から治療薬を受け取ると、フィールとルナの手を取って、そのまま研究室を出た。

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