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愛した君は、怪物だった  作者: 三月うみ
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3.怪物の生い立ち

 怪物の家の中は決して広くなく、家具なども少なく、がらんとした印象だった。部屋の中心に置かれている4人掛けのダイニングテーブルにライヤとフィールは並んで座っていた。怪物がお茶をもってライヤの目の前の席に座る。


 「申し遅れました。私はルナ。町で噂される“怪物”です。」


 ルナと名乗った怪物はぺこりと頭を下げる。思わずライヤとフィールも会釈する。こんな礼儀の良い怪物は、もはや怪物ではないのではないかとライヤは疑問を覚えた。


 「丁寧にどうも。俺はライヤ。町の科学研究所で科学者をしている。こっちは後輩のフィール。」


 「フィールっす! ルナちゃん、思ってた怪物と違ってて驚いたっす! ちゃんと話せるし、めちゃくちゃ礼儀正しいじゃないすか!」


 フィールがにこにこと笑って、ルナに握手を求める。ルナは一瞬驚いたようだったが、そっとフィールの手をとった。


 「おい、フィール。お前のコミュニケーション能力が高いのは認めているが、いくらなんでも初対面の相手に対してぐいぐいいきすぎだ。」


 「いえ、大丈夫です。ただ、怪物の姿では誰も話し掛けてくれないし、握手を求められたことなんてなかったので、驚いちゃって。」


 ルナが恥ずかしそうに笑う。恥ずかしがっているようだが、嫌がっているわけではなさそうで、ライヤはほっと胸をなで下ろす。


 「ところでルナ…は、ここにずっとここに住んでいるんだったな。」


 少し口にしづらそうにライヤがルナの名前を呼ぶ。ライヤは今までの人生で女性の名前を呼ぶことがほとんど無かったからだ。しかしルナはそれを気にした様子はなく、壁に掛けられた家族写真が入っていると思われるフォトフレームを見ながら、ぽつぽつと話し始めた。


 「私はもともとライヤさんやフィールさんと同じ普通の人間でした。私は少し身体は弱かったものの、家族で幸せに暮らしていました。でもある日お父さんの職場が悪い人に騙されてしまって、お父さんが多額の借金を背負うことになってしまったのです。幼かった私は親戚だという人の家に引き取られました。その親戚はお金使いが荒くて、なにかと目新しいものを買ってきました。ある日その親戚は1本の小瓶を私にくれました。親戚曰く身体を強くする薬なのだと言うので飲みました。」


 「まさか、それがきっかけで…?」


 ライヤが思わず口を挟むと、ルナはまた悲しそうに笑った。


 「はい、その薬がきっかけで私は“怪物”に姿を変えました。親戚は私を怖がり、狂ったように怒りだし、家から出て行けと言いました。町に出ても誰もが私を恐れるため、私は森に向かいました。森の奥で見つけたこの家でひっそりと暮らすことにしたのです。」


 ライヤとフィールは絶句していた。ルナの生い立ち、怪物になった経緯は想像を超えていた。それに人間を怪物に変える薬、そんなものが存在するのかと科学者の端くれである2人は声を出すことができなかった。


 「ちなみに、家族は私が家を出た後に、どうしても生きていくことができなくなって心中してしまいました。私には帰る場所もないのです。」


 「そ…うだったのか。悪い、嫌なことを思い出させてしまって。」


 「いいえ、事実ですから。“怪物”と言っても普通の人間と同じように生活します。朝起きて、食事をして、掃除をして。運動もしないと太っちゃうんですよ。」


 ルナはえへへっと笑いながら、自身の腹を気にする素振りを見せた。ルナ流のジョークなのか、ライヤとフィールの警戒心を解こうとしたのかはわからないが、ライヤはそんなルナのことを好意的に感じていた。


 「何言ってるっすか! ルナちゃん、怪物の姿でもめちゃくちゃすらっとしてるじゃないすか。でも、こんなに接しやすいのに怪物の見た目ってだけで遠ざけられるのって辛くないすか?」


 フィールもルナのことを好意的に思っているようで、ルナの本当の気持ちを探ろうとしている。

 フィールの言葉を聞いて、ルナはまた悲しげな笑顔を浮かべた。


 「ちょっとだけ辛いです。でも仕方ないですから。こんな怪物と一緒にいたい人なんていませんし。この身体が元に戻るかどうかもわからないので、私はここにいるしかないのです。」


 「じゃあ、俺たちがルナの身体が元に戻る薬を作ったらどうだろう。」


 ルナの思いを聞いて、ライヤは居ても立っても居られなかった。幸いライヤもフィールも科学者だ。誰かが作った“怪物”になる薬でルナが怪物になったのなら、元の身体に戻す薬もきっと作ることができる。なによりこんなに健気な少女を放っておくことができなかったのだ。


 「それいいっすね! ライヤさん、作りましょう!」


 フィールもパンっとテーブルを叩いて立ち上がった。ルナは困惑したように2人の顔を見比べていたが、最後にはふわりと笑った。


 「おふたりは本当にお人好しですね。でも、そんな夢みたいなこと、本当にできたら素敵だと思います。私も協力させてください。」


 「もちろんだ。ルナがいなければ、この研究は始まらないからな。」


 ライヤがルナの頭をくしゃりとかき混ぜる。思いもよらない行動だったのか、ルナは顔を赤らめ、それを見たフィールがにやにやと笑っていた。


◆◆◆


 ひとまず薬草を取って帰らないと所長が怪しむだろうと、ライヤとフィールはルナの家を後にした。

 薬草はルナの家の裏ですぐに見つかり、2人は急いで帰ろうと歩みを進めていたが、突然フィールが足を止めた。


 「ライヤさん、ちょっと話があるっす。」


 いつになく真剣な声色。ライヤは足を止め、フィールの方に向き直った。


 「どうした、フィール。そんな怖い顔して。」


 「俺、ずっと気になっていたんすけど、所長にはこのこと伝えない方がいいんすかね? 所長ってルナちゃん、というか“怪物”についていつも何か含みがある言い方とか笑い方しますよね? 実は“怪物”について何か知ってるんじゃないかって俺思ってて。」


 フィールの鋭い考察にライヤは声を失った。フィールはそういうことを考えないとライヤは漠然と思っていた。フィールのちょっとおどけた雰囲気や言動で安心しきっていたのだ。しかしそれがフィールなりの情報収集だったのだろう。ライヤは自分の考えを改めなければと思うのと同時にフィールに答えを返していた。


 「俺もそう思っている。研究所で薬品の実験するのは所長が帰ってからの方がいいかもしれない。それでももし何か聞かれたら、今度俺が書く論文の実験ということにしよう。フィールは手伝ってくれているだけ。所長が“怪物”について何か知っているのかについては、今はまだ推測しかできない。それについてはフィールに任せてもいいか? フィールのその情報収集力で何か情報がないか調べてほしい。」


 「もちろんっす!じゃあ、所長には秘密で進めましょう! “怪物”になる薬のことや所長の謎も情報収集するっす!」


 そしてライヤとフィールはどちらからともなく拳を突き合わせた。

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