私は負けない
取り合えず8話目です。
この物語はフィクションです。
よろしくお願いします。
宰相から声がかかる。
「次の対戦を発表する!人間、ミリア!サキュバスの魔法士、エル!」
顔を覆っていた手が離れ、宰相を見る。マジ?
鼻息を鳴らすように私の横をエルが通った。
「行きましょ。」
ええ…対戦相手エルなの?
通路を通っているとマリーに会う。
「ミリア。次の相手は魔法士だし、かなり強いと思う。」
「ええ、ちょっと体験したけど、並の魔法士じゃないのは分かった。でも、私、魔王と結婚しないよ?」
「私と当たったら棄権すればいいでしょ?それより、私と魔法士は相性が悪いから、ここで倒しておいてほしいの。ミリアならできると思うけど…。」
自信はないが、おそらく、負けは『死』もあり得る。
エルが本当にアレクさんを狙うなら、私を排除しておいた方がアレクさんとの関係を…。
色々と負の考えが浮かんだ。
しかし、今はそう言っている場合ではない。
「分かった…。エルに勝つよ。」
「うん。気を付けてね。」
私は気合を入れるため、両頬をパシンと叩いた。
舞台に上がると宰相が近づいてくる。
「エル、ミリア、本人だな?ここでの戦闘では生死を問わん。魔王様は強者をご所望だ。死力を尽くせ。」
エルは余裕の表情をしていた。
「人間が鍛えたとしても魔族の魔力に敵うわけないわよね。」
「それはやってみなきゃわからないんじゃない?」
杖を握る手に力が入る。
実際、魔法は魔族から伝わったもの。
歴史や鍛錬を鑑みても通常は魔族の方が無条件で上になる。
しかし、私は…。私には…。
宰相が舞台から降り、開始の合図が出る。
同時に私とエルが魔法の詠唱に入る。
「力は怒りに、怒は炎に。敵を排除する怒りの炎で敵を滅せよ!」
「力は嫉妬に、嫉妬は炎に。敵を排除する嫉妬の炎で敵を滅せよ♡」
同時に詠唱が終わり、両者にそれぞれの炎の柱が上った。
手元でまとまり、閃光となって敵に発射される。
お互いの閃光同士がぶつかり、周囲の温度が急激に上昇した。
「やるじゃない♡」
「あなたこそ!」
右手で閃光を維持しつつ、左手の杖で次の魔法を構築する。
「声は雷鳴に、頭上より来りて敵を切り裂け!」
晴れ間に雷雲が立ち上り、エルを狙う。
エルは気付いていない様子。
今だ!そう思いサンダーを放つ。
「守って♡」
頭上に片手を上げ、シールドを張る。
私のサンダーはシールドにより弾かれた。
歓声が上がっているのが分かる。
その中に男性の声が目立った。
「ミリアさん!頑張って!」
…なんかなー。
頭の中にあの言葉が思い浮かぶ。
『ミリアさんには指一本触れさせん!キリッ』
うう、戦闘中だというのに、気が散ってしまう。
私の集中力が切れたことを感じたのか、エルが攻撃に転じた。
「愛は氷。氷の針よ邪魔者を貫きなさい!」
シールドを張っていたはずの手がこちらを向き、氷柱が発射された。
見逃していた私は寸でのところで右へ避けた。
そのせいで私は閃光魔法を切らしてしまった。
エルの閃光は行き場をなくし、舞台の一部を破壊した。
その閃光を私に向けて動かし、舞台がどんどん破壊されていく。
まずい…。こんな理由でやられるわけにはいかない…!
「喜びは物質。地面より立ち上がり、私を守れ!」
私の前に石柱が出現し、エルの閃光がそれを砕いていく。
あまり時間がない。石柱は即席で作った弱い魔法だ。
閃光はワンランク上の魔法。そのうち石柱を貫通するだろう。
石柱の裏で考えているとアレクさんの姿が目に入った。
…ちょっと卑怯だけど、勝利のためには仕方ない。
人質を取るか…。すみません!アレクさん!
石柱を離れ、舞台を回る。
閃光は私を追いかけるが、やはり威力が少し落ちている。
無限に発動できる魔法でもないし、これが致命傷になることはないだろう。
私を追い詰めるために発動を続けているはず。
私は杖を掲げ、呪文を詠唱する。
「放心は無。あらゆる魔法は無に帰れ!」
魔法のシールドを構築し、閃光を防ぐ。
通常のシールドは物理と簡単な魔法を弾いてくれる。
今構築したシールドは魔法特化。
閃光も長時間耐えられるだろう。
エルはシールドの感触を感じたのか、閃光を解除した。
「生き残るのね♡人間では初めてよ♡」
私もシールドを解除し、一息つく。
つかの間のにらみ合い。
私はエルに話しかけた。
「この戦いは棄権して!」
「できるわけないじゃない。何言ってんの?」
「これは魔王の妃になる戦いでしょ!アレクさんを狙うなら、妃にならない方がいいんじゃない?」
「…。」
「それに、今は…自分で言うのもなんだけど、アレクさんの気持ちは私に向いている!…かも。」
「それで?」
「私を殺したら、アレクさんはあなたを敵として認識する!そうすれば絶対に、あなたのことを好きにならない!」
エルは沈黙の後、私に向けていた手を下ろした。
「なるほどね…。あなた、かなり嫌な女ね。ミリア、あなたのこと覚えておくから。」
エルの周りに魔法の障壁が発生しては消え、ノイズを発している。
相当怒っているようだ。…そう、だよね。私もそんなこと言われたら嫌だもん。
エルは拳を握りながら舞台を降りた。
宰相が駆け寄り、エルに棄権の意志を確認する。
小さく頷き、そして、私を睨んだ。
「勝者は人間、ミリア!」
観客席からはブーイングの嵐だ。
私は背中を丸め、舞台を降りた。
これが私なのだ。
通路に行くと、マリーが待っていた。
「ブーイング、すごいわね。でも私は嬉しいわ。無事に帰ってきてくれたから。」
「ありがとう。でも、私は最低なことをしたから…。今は一人にして。」
私の背をマリーがそっと触れる。
今の私にはそれが一番痛かった。
通路を通りながら思い出す。
私は、今だからマリーたちと行動を共にしているが、その前は独りだった。
声を掛けてくれる人はいたが、私の性格が独りになりたがった。
人といることが面倒で、周りの気持ちや考えに振り回されることが嫌だった。
その性格は、ずっと治らない。
観客席に戻る足取りは重く、自分への怒りで杖が震えていた。
観客席に戻るとゴリアテが話しかけてくる。
「よくやった。エルに何を話したか知らんが、勝利に違いはない。」
続けてアレクさんが話す。
「お疲れさまでした…!無事帰還したことを嬉しく思います!」
うーん。ちょっと気まずいな。
エルも帰ってきたようで、ドカッと椅子に座った。
相変わらず私を睨んでいる。
マリーも観客席に駆けつけ、へリスから宝石を受け取っていた。
宰相が再び舞台に上がる。第三試合だ。
「次の対戦を発表する!オーガ、グル・マルガ!そして…ドラ・アルティミア!」
宰相が発表を終えると、今まで聞いたことがないほどの歓声が上がった。
私たちは思わず耳を塞ぐ。
「なに!?どうしたの!?」
「!!!!!!!!」
ゴリアテがこちらを向いて兜をカタカタ震わせる。
何かを言っているようだが、歓声が凄すぎて全く聞こえない。
ちょっと間をおいて歓声が止む。
「ミリア!今、あの宰相がドラ・アルティミアといったぞ!」
「ほんと?ドラ・アルティミアと言えば、魔人四天王の一人でしょ!」
ドラ・アルティミア。
彼女は人型魔族の最高峰、魔人四天王の一人だ。
フィリアは四獣星だが、それよりかなり高ランクになる。
本来は魔王と同格として扱われる。
エルも身を乗り出して舞台を覗き込んだ。
「あの鎧に包まれた、あの人がドラ・アルティミア?」
「そうみたい…。あんな人が出場しているなんて…。」
「終わったわね。あの人に勝てる人なんて出場者にいないわ。」
まずいかも。マリーでも負ける可能性が十分にある。
槍の一突きで山を貫くと噂もある。
観客の一部が移動を始めた。
ドラ・アルティミアが向いている方向には人がいなくなったようだ。
観客席でも一番豪華な場所に椅子がある。
その椅子に鎮座しているのが魔王だ。
その魔王が立ち上がるほどに注目があるのだろう。
魔王は部下を呼び寄せ、耳打ちしていた。
「私は負けない。」
横からマリーの声がした。
「私は、たとえ相手がドラ・アルティミアでも勝って見せる!」
私たちにとっても脅威ではあるが、いつかは倒す対象でもある。
それは分かっているが、今じゃない気がする。
ここでは1対1になる。
私やへリス、ゴリアテの援助は受けられない。
思わずへリスも声をかけた。
「もしドラ・アルティミアと対戦になったら、通路で補助を構築します。卑怯とは言わせませんよ。」
「分かっている。ここにいても彼女の圧を感じるもの。私一人では勝てないと思う。」
マリーの気持ちも揺れているようだ。
ドラ・アルティミアはおそらく魔法による攻撃は行ってこない。
槍を使用した中近接の戦闘になるだろう。
へリスの補助があっても勝てるとははっきり言えない。
宰相が本人確認を終え、試合の開始が伝わる。
その瞬間にオーガが地面を叩いた。
「好奇心は土、土は人形となり私に仕えろ!」
オーガが魔法を!
身長は3メートルに達しており、筋肉で覆われた体は岩のようだ。
その巨体で魔法を使うなんて、予想だにしていなかった。
この大会クラスになると、見た目で判断してはいけないのか。
土でできた人形はたちまち石を纏い、人型になる。
その人形がドラ・アルティミアに向かって走り、殴りかかっていく。
アルティミアは動くことなく…いや、動いたのか。
槍を持っている側に突風が吹き荒れ、舞台の一部が観客席の壁に当たって砕けた。
人形も巻き添えのように破壊され、土に還った。
「ゴガガァ!」
声を漏らすオーガはそれを見て攻めあぐねている様子。
おそらく、私同様に槍を振るったのが見えなかったのだろう。
動けないオーガはやがて、後退りをしながら舞台を降りた。
宰相が駆けつけ、棄権の意志を確認しようとするが、オーガは後退りをやめない。
やがて、観客席に背中を当て、地面を足で掘るように後退りを続ける。
宰相によって兵士が呼ばれ、オーガの様子を確認した。
兵士がオーガに触れると、横に倒れ、足を動かしている。
しかし、その目はアルティミアを捕らえたままである。
オーガの体を引っ張り、兵士が退場させようとするが、引っ張った腕がそのまま取れてしまった。
それと同時に大量の出血が始まる。
そして…。
オーガの四肢はバラバラになり、首がコロンと落ちた。
既に死んでいたのだ。
アルティミアの勝利に歓声は起こらず、恐怖が観客席を支配する。
宰相が勝利を告げ、アルティミアは舞台を降りた。
アルティミアの姿が見えなくなった時、私は息を止めていたことに気付く。
恐ろしい。ただただ恐ろしい。
私は、マリーに目を向けることができない。
たぶん、マリーの絶望した表情を見たくなかったんだと思う。
お読みいただきありが等ございます。
続きはそのうち上げますー。