#96:祐樹の過去(11)圭吾の結婚式【指輪の過去編・祐樹視点】
お待たせしました。
もう少し祐樹視点の過去編にお付き合いください。
今回も指輪が見せる過去編の祐樹視点です。
過去編の中の祐樹の過去です。
夏樹視点の#44・#45・#46の祐樹視点になります。
お楽しみくださいね。
六月の第二土曜日、いよいよ圭吾と舞子さんの結婚式だ。
幸せな二人を空の神までが祝福しているのか、梅雨入りが遅れて、今日も青い空に夏の太陽が眩しい。
結婚式の会場のホテルに着くと、圭吾の控室を覗いた。着替えを終えた圭吾は窓の外を見ていたが、その目には何も映っていないようだった。
「圭吾、おめでとう」
そう言いながら圭吾の方へ歩いて行くと、俺の声に振り返ったあいつは、恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。「ありがとう」と返す圭吾は、長身に白いタキシードが良く似合って、いつもよりカッコ良く見えた。
「おまえ緊張しているのか?」
窓際に立っている圭吾に並び、ニヤリとしながら言う。「緊張して悪いか!」と睨む圭吾に「足と手を一緒に出すなよ」と笑って返した。
二人して窓の外を見ながら、このホテルであったあのパーティから始まったんだよなと、妙に感慨深げに思い返す。
「圭吾、よかったな」
ポツリと圭吾の顔も見ずに呟くと、あいつも「祐樹のお陰だよ」とこちらを見ずに言った。
「おまえが自分で掴んだ幸せだろ?」
「僕一人だったら、きっと振られていたよ」
「そんな事は無いさ。おまえたちを見ていると、運命の出会いってあるんだなって思うよ」
「運命の出会いか……。そうかもな。祐樹の場合は運命の出会いなのか?」
こんな時にこちらに話を振らなくても……と思ったが、自然に言葉がこぼれた。
「俺には、運命の出会いは用意されてないみたいだな」
自嘲も混じった笑いを浮かべて、圭吾の方を見た。圭吾も俺の顔を見る。お互いに目が合うと照れたように苦笑し合った。
「どんな出会いでも、運命であるか、そうでないかは、自分の気持ち次第じゃないかな? 祐樹も自分の気持ちに正直でいて欲しいよ」
そう言ってニッコリ笑ったアイツの顔が、やはり今日も眩しく輝いていた。
結婚式も披露宴も滞りなく進み、その後、披露宴に招待されなかった友人や同僚たちも含め、若い人達の二次会が、ホテルのバーラウンジを借り切って行われた。
新郎、新婦側入り混じっての二次会は、それぞれ思い思いに集まってお喋りやお酒を飲み交わす。俺は、同僚達と一緒に酒を飲みながら、陽気に話す同僚達の話を聞いていた。誰かが、新婦側のお友達とお近づきになりたいよなと言い出し、女性達が集まっているところへ行こうと言う事になった。
面倒臭いな、と思ったが、もしかしたら夏樹がいるかもと思い出すと、最後に見たあの泣き顔が蘇った。なんとなく会い辛いなと思いながらも、いつの間にか彼女の姿を探していた。
「夏樹さん、今日は良い結婚式だったね」
お酒を飲んで盛り上がっている女性ばかりのテーブルに夏樹の姿を見つけ、近づいて声をかけた。夏樹はかなり出来上がっているようで、トロンとした目をして、「本当にいい結婚式でした」と無邪気な笑顔で答えた。
おいおい、そんな表情で見上げるなよ。付き合っているアイツはどうしたんだよ。夏樹をこんな状態で放っておいていいのか? 誰かにお持ち帰りされるぞ。
俺は夏樹のあまりの無防備な様子に心配になり、隣に座った。一緒に来た同僚達も、そのテーブルにいた夏樹の同僚達が空けた席に座ったようだった。その時、夏樹の同僚の誰かが、夏樹と知り合いなのかと尋ねたので、圭吾と舞子さんに紹介されて知り合った事を話した。
するとまた誰かが、「夏樹にばかりいい男が集まるよね」と言い出した。
「そうそう、高田君も人気あったのに、ちゃっかり夏樹に持っていかれてさ」
「でも、夏樹、高田君のプロポーズ断ったんでしょ?」
プロポーズ? 断った?
夏樹がテーブルにうつ伏せて酔いつぶれているのをいい事に、周りの同僚達は夏樹の噂話で盛り上がる。
「そうそう、高田君海外転勤が決まって、慌てて夏樹にプロポーズしたらしいわよ。だって、海外へ行ったら五年は帰れないものね」
「えー! 夏樹はそれを断ったの?」
「そうなのよ。もったいないわよね」
「私だったら、すぐについて行くのに!」
どうして、断ったんだ? 付き合っている彼からのプロポーズなら、本望だろ?
さっきまでうつ伏せていた夏樹が、顔を上げて焦点の合わない目で、周りをきょろきょろと見回している。本当に大丈夫かと心配になって、声をかければ「だい、じょうぶ」と返事は帰って来たが、俺だと分かって無いだろ?
同僚の女性が、夏樹はいつもこうだから放って置いて良いと言うが、放って置けないだろ、こんな彼女を……。
その時、また夏樹が顔を上げて、俺の方を見た。
「祐樹さん、言いたい事があったんです」
やっと俺の事を認識したなと思いながら、何? と目顔で訊く。
「祐樹さんは、いつ結婚するんですか? この間、また違う女の人と一緒のところを見かけましたよ。あの人が婚約者ですか? それとも、あなたの言うお友達なの? たいがいにして、落ち着かれたらどうですか? とっかえひっかえ、本当に女たらしなんだから!」
な、なんだ? どうして、夏樹は怒っているんだ? またお得意の正義感か?
また違う女性って……。俺が今まで一緒にいた女性を覚えているのか? 最近女性と出かけたって……、美那子さんか? 博美も帰って来た時に、買い物に付き合わされたよな。
それにしても、いつもいつも、女たらしって……。それしか知らないのかよ。
なんだか俺は、無性に込み上げる笑いをグッと堪えた。
「君には迷惑かけてないと思うけど?」
「迷惑です。早くサッサと結婚しちゃってください。いろんな女の人といるところを見せないでください。諦めつかないじゃないですか……」
迷惑? どうして俺が結婚しない事が、夏樹に迷惑をかけている事になるんだよ?
え? 最後なんて言った?
諦めつかない?
俺は意味が分からず夏樹を見ると、彼女はもうスースーと寝息を立てて、夢の住人となっていた。
そろそろ二次会がお開きの時間になり、夏樹の同僚達と合流したテーブルで三次会にカラオケへ行こうと盛り上がっていた。彼女の同僚が夏樹を起こしているが、一向に起きる気配が無い。困っている様子を見て、俺が送って行くと言うと、驚いた顔をしたので、以前に舞子さん達と出かけた時に送って行った事があるからと言うと、納得したのか「お願いします」と喜んで三次会へ出かけて行った。
夏樹をおくって行ったのは舞子さん達と出かけた時では無かったけれど、住所は覚えていたのでタクシーで送って行った。彼女のマンションの前まで来た時、体を揺り動かして起こすが、一向に起きる気配が無い。部屋番号も分からないし、鍵もどこにあるか分からない。
嘘だろ?
どうして起きないんだよ?
お姫様抱っこでタクシーを降りたとしても、部屋が分からなければどうしようもない。
「お客さん、どうするんですか?」
運転手の言葉に俺は大きく息を吐いて、自分のマンションの住所を告げた。
*****
翌朝、いつもと違う様子に飛び起きた。そして、記憶が蘇る。
そうだった、ソファーで眠ったのだった。零れるのは、欠伸と溜息。昨夜の夏樹を思い出して、項垂れた。
いったい、あそこまで飲むかな? 自分の限界を知らないって言うのは怖いな。アイツはコンパなんか行ったら、飲まされて即お持ち帰りされるぞ。
そう思う自分が、お持ち帰りしてきた事を思い出して、又溜息を吐いた。
時計を見ると午前八時過ぎで、コーヒーでも淹れるかと、ソファーから立ちあがった。コーヒーメーカーをセットして、新聞を取りに行く。そろそろ夏樹も目覚めているかも知れないと思い、寝室に向かった。
アイツの事だから、きっとお持ち帰りされたと思って、また怒るだろうな。
夏樹が顔を真っ赤にして起こる様を想像して、俺はクスリと笑った。
ノックも無しにドアを開けると、起き上がっていた夏樹と目が合った。驚愕のために見開く目。俺の揶揄い心を刺激する夏樹の反応。俺の想像通りのリアクションに心の中でほくそ笑みながら、夏樹を追い詰めるように揶揄って行く。
夏樹って、どうしてこんなに思った通りの反応をするかな? 本当に揶揄い甲斐があるよ。
ほらほら、昨夜連れて帰って泊めてあげた恩人に、感謝の言葉はないのかい?
そうそう、素直にお礼を言えばいいんだよ。
目の前で恥ずかしそうにお礼の言葉を言う夏樹の頭を、俺はクシャッとかき混ぜた。
時間を聞いて、帰らなくちゃと焦り出した夏樹を、そんな皺くちゃのフォーマルドレスで帰れるのかと、送って行く事を了解させる。まあ、ごちゃごちゃと反発したけどな。
それでも、そんなに慌てて帰らなくちゃいけない用事があるのか?
まあ、コーヒーぐらい飲んで行けと、夏樹が苦手なコーヒーをカフェオレにしてやったら、幸せそうな蕩ける顔をして飲んでいる。そんな彼女の様子を見ながら、コーヒーを飲んでいたら、彼女のカップを持つ指に嵌めた指輪に目を止めた。
あれ? 何処かで見た事無いか? どこだったかな?
夏樹に訊くと、母親に貰ったものだと言う。彼女の言うようによくあるデザインなのかもな。
そんな事より……。
「そう言えば、さっき、どうして急に帰るって言いだしたの? 何か用事でもあるの?」
俺はさっきの夏樹の焦り方が気になって、訊いてみた。途端に彼女は又時間を気にして焦り出した。
そんなに大事な用があるのか?
「あ、だって、誰か訪ねてきたら、誤解されるかもしれないでしょう」
誤解? なんだそれ? 誰が訪ねて来るって言うんだ?
「え? 誰かって? ここへ?」
俺は言っている意味が分からなくて、訊き返した。
「そう、婚約者の人とか……来たら、絶対誤解しますよ!」
婚約者? ああ、そうか。夏樹の中では、俺には婚約者がいる事になっているんだったな。
だからって、夏樹が焦る事無いのに……。本当にここへ訪ねてきそうな婚約者がいるのなら、焦るのは俺の方だろ?
まあ、知らないとは言え、夏樹の反応はワンパターンだな。婚約者がいる人が部屋へ女性を入れる事自体、許せないのだろうけど。その当事者が自分じゃ慌てるよな。
俺は思わず吹き出してしまった。
そして、この部屋へ女性を入れた事が無いと告げた。
驚いた顔をした彼女は、俺の言葉を信じたのか、信じていないのか。だから、もう一言、夏樹の反応を見たくて付けたしたんだ。
「夏樹が初めてこの部屋へ入った女性だよ。光栄に思えよ」
俺の言葉を聞いた彼女は、見る見る間に怒りで顔を赤くして行った。
「別に私が望んでここへ来たわけじゃないので、光栄なんて思えません」
天邪鬼の夏樹らしい反応に、心の中でニヤニヤとしながら、俺は揶揄い続ける。
「人の恩を忘れて、まだ憎まれ口をたたくか、この口は!」
俺はニヤリと笑ってそう言うと、彼女の両頬を摘まんで左右に引っ張った。彼女の口も引っ張られて、横に伸びる。彼女の「い、痛い……」と言う言葉で手を話したが、まだまだ強気な彼女は俺を睨んで言った。
「何するんですか! 本当の事言っただけなのに! 女性なら誰でも喜んで付いて来ると思ったら、大間違いですよ!」
へぇ、まだそんな事言うの? 夏樹は俺の何を知っているの? 俺がそんな男だと思っているか?
「ふ~ん、まだ言うか、この口は! お仕置きが必要だね」
俺は彼女の顎を持ち上げてそう言った。その時、俺の中にはドロドロした気持ちが沸き起こっていた。
夏樹も俺の外側ばかり見て、本当の俺を見ようとしないんだな。
お仕置きって……、無意識に彼女を傷つけたいと思っていたのだろうか?
同時に、顎を持ち上げた時に目に入った彼女の唇に引き寄せられた。
一瞬の後、ドンと胸を両手で突かれて、椅子の背もたれに背中がぶつかる。
目の前には、「なぜ……?」と呟いて、涙を流す夏樹。
俺、何した? 今、夏樹に、何したんだ?
何も言わずに飛び出して行く夏樹を、俺は何も言えず、ただ茫然と見ていた。
玄関のドアの閉まる音を聞いて我に返ると、俺は頭を抱えた。
俺が夏樹を泣かせたんだよな。この間の夏樹の泣き顔と、さっきの夏樹の泣き顔がダブる。
どうして、あんな事をしてしまったのだろう?
お仕置きだと言って、夏樹にキスをするなんて……。
最低だ、俺。
欲求不満だったのかな。
親友の夫の友達と言う関係の俺の事、きっと信じていただろうに。
彼女はきっと確信したに違いない。俺はやっぱり本当に女たらしだと……。
最悪だ。
それから、俺はずっと夏樹の事が頭から離れなかった。思い出すのは最後の泣き顔。謝りたい。でも、何と言えばいいのかわからず、何もできないまま日は過ぎていった。
一方、祖父さんの最初の計画では、七月に俺の浅沼の後継者としてのお披露目と、婚約披露をする事になっていたが、七月になっても、祖父さんから何の連絡も無かった。
だから、この結婚話は白紙になったのだと思っていた。後継者としてのお披露目も、今の段階では無いのだと安心していたのだった。
2018.2.9推敲、改稿済み。