#90:祐樹の過去(5)圭吾のお見合い-後編-【指輪の過去編・祐樹視点】
昨日に引き続きの更新です。
指輪の見せる過去の祐樹視点。
圭吾のお見合いの後編になります。
いよいよ、圭吾達のお見合いを覗きに行く祐樹と夏樹……
次の日、夏樹さんとは午前十時半にロビーで待ち合わせだが、博美の出した条件を遂行するため、俺は午前九時前に博美の泊っている部屋を訪ねた。
「それで、祐樹はどうなの? お見合いとか、させられているの?」
博美の出した条件は、朝食を食べながら話がしたいとの事だった。一年近く帰って来なかったから、俺の近況が聞きたいんだそうだ。ホテルのレストランで朝食メニューを前に向かい合う。
「ああ、半年ぐらい前にしたよ」
「へぇ、もうお見合いしたんだ。と言う事は、その人と結婚するの?」
「まあ、そうなると思うけど……」
俺は以前にもこんな会話をしたなと思いながら、簡単に流した。
「その人の事、好きになれそうなの? それより、祐樹は自分で結婚相手を見つけようとは思わないの?」
博美は挑戦するように笑って俺を見た。
「お見合いの相手に対して、好きとか嫌いとかの感情なんて関係ないよ。それに、自分で結婚相手を見つける暇もないし、恋愛はする気もないし……」
俺は言い訳っぽいなと思いながらも、当然の事を突っ込むなと博美を睨んだ。
「祐樹はお祖父さんが怖くて、逆らえないんだ?」
ニヤリと笑った博美は、益々挑戦的な眼差しで俺を見つめる。
「そう言うおまえはどうなんだよ。おまえだって社長令嬢なんだから、政略結婚の相手を決められているんじゃないのか?」
俺は博美の突っ込みに反論ができず、悪あがきのように彼女の話題にすり替えた。
「私は自分の結婚相手ぐらい、自分で見つけるわよ。自分の人生ですもの。周りに決められた結婚をしたって、結局誰も責任なんかとってくれないのよ。祐樹は自分の人生も諦めてしまうのね」
「自分の人生を諦めている訳じゃないよ。俺は浅沼を背負っていく責任があるんだ」
博美の言葉は、俺の心の奥の封印を解いてしまいそうになった。ここで感情的になったら、相手の思う壺だ。俺は怒りをグッと堪えて、いつもより低い声で淡々と答えながら、彼女を睨んだ。
「へぇ、会社を背負っていくために、愛の無い結婚をするんだ。そして、家庭を顧みないで仕事だけの人生を歩む訳ね。ご立派な事……」
博美の嫌みは、どんどんとエスカレートしていく。俺を怒らせてどうしたいんだ?
「何が言いたいんだ? 愛の無い結婚って言うけど、結婚してからだって相手を愛する事はできるだろ? 俺の人生だ。放って置いてくれ」
結局最後はこの言葉で突き放す。
結婚してから相手を愛するだって? 俺は自分で突っ込んで笑いそうになった。 許嫁殿の何も映していない瞳を思い出して、未来への不安が心の中に広がって行く。
「そうね、祐樹の人生だものね。まあ、それなら、時々は私とデートしても、相手の方に気を使う必要はなさそうね? これからも宜しくね」
さっきまでの挑戦的な嫌みな表情は消えて、ニッコリと笑顔を見せて博美はそう言った。
まったく、女心は分からない。
その後、俺は博美をエスコートしてロビーカウンターまで行き、チェックアウトした後、タクシー乗り場で空港へ行く博美を見送った。そして、すぐに地下の駐車場へ向かう。時間を見ると丁度約束の十時半。ロビーで待ち合わせをしたが、着替える必要があったので、ここまで来てもらおうと夏樹さんの携帯を鳴らした。
地下駐車場で再会した彼女は、パーティの時のドレス姿と違い地味に見えた。初めて見るパンツスーツ姿は、仕事中のOLそのままだ。俺と再会すると言っても、それほど服装に気を使っていない所を見ると、そういう対象と見ていないと言う訳か。まあ、お互いの友達のためのカモフラージュなんだから、こんなものだろう。
再会した時、近づく俺を見て彼女は驚いたように大きく目を見開いた。何を驚いているのだろうと「どうかした?」と尋ねれば、「前と服装が違うから……」と返ってきた。
そんな事ぐらいで、そこまで驚くか? それとも、俺の私服のカッコ良さに驚いたとか? って、自信過剰すぎるな。
自嘲気味に「今日は探偵気分だから……」と答えて、彼女を車のところまで連れて行く。彼女が車を見て、何か訝しんでいるような表情をしたので、この車は不味かった事に気づいた。
そうだ、普通のサラリーマンと言っておきながら、こんな高級外車に乗っていたら変だろ?
俺はすぐさま借り物だと言い訳して、助手席のドアを開けると車に乗るように言った。
この車は確かに借り物だ。昨日祖父さんに言われて、美那子さんをランチに誘った。美奈子さんを誘う時は、祖父さん所有の高級外車を借りるようにしている。彼女のお家は浅沼以上の財閥だ。このぐらいの車じゃないと釣り合いが取れない。食事の後、美那子さんを自宅に送り届けてから圭吾のところへ寄っていて、車を返しそびれてしまったと言う訳だった。
夏樹さんに、博美から借りたジャケットと俺が持ってきたニット帽と伊達眼鏡を渡して、着替えるように言う。彼女が着そうにないジャケットやニット帽だったけれど、以外に似合った。俺もニット帽と伊達眼鏡をかけると、おそろいの様な感じになった。
なかなかいい感じじゃないか。これで一緒にいたら恋人同士のように見えるだろうから、圭吾達は気付かないだろう。
「まさか俺達が一緒にいるって気づかないだろう? だから、恋人同士のふりをして、二人に近づこうと思って……」
俺が今日の計画を話すと、彼女の戸惑いは一層大きくなった。
俺と恋人同士のフリが嫌なのか? それとも、男に免疫が無いとか? この年でそれはないだろ?
「恋人同士って……」
「だから、フリだよ」
「でも、たとえフリでも、あなたの彼女は嫌な思いをするんじゃないですか?」
「彼女? そんなのいないよ」
「え? だったら、先程一緒にいた女性は……」
えっ? 一緒にいた女性? 博美と一緒にいるところを見たのか? まあ、従姉妹なんだから、見られたってどうでもいいけど……。博美は俺と歩く時はいつも俺の腕に自分の腕を絡ませる。俺も慣れた調子でエスコートする。他人から見たら恋人同士に見えるかもな。彼女の眼は絶対に疑っている。
ああ、めんどくさいな!
「アイツは従兄妹だ。彼女でも何でも無い。……もしかして、やきもち?」
本当の事を言ったって、信じないんだろ? それなら苛めてやれとばかりに、ニヤリと笑って問いをぶつけた。すると見事に引っかかったのか、顔を真っ赤にして「違います」と言うなり俯いてしまった。しばらく逡巡していた彼女に、もう一歩進んだ揶揄いの爆弾を落とす。
「もしかして、彼女とお泊りしていたなんて想像していたとか?」
夏樹さんは一瞬驚いたように絶句したまま、気まずげな表情になった。
やっぱり想像していたんだ。俺ってそんな風に見られているんだな? まあ、そんな事はよくある事だから、どうでもいいけど……。
それにしても、彼女ってなんて分かりやすいんだ。考えている事がそのまま表情に出る。俺は思わず笑って、悪戯心を満足させた。
それから変装した俺達は、圭吾達より一足早くロビーラウンジに陣取って待ちかまえた。
ラウンジに入って来た圭吾達本人の緊張具合と、両家のご両親の和やかな雰囲気とのギャップが、余計二人を硬くさせている様な感じだった。俺が過保護な親のように心配顔で圭吾の様子を窺っていると、心配し過ぎだと彼女は言う。わかっているさ、そんな事。でも、兄弟以上にいつも一緒にいてくれた圭吾には、幸せになって欲しいと祈らずにいられないんだ。圭吾が初めて望んだ女性だから、うまくいって欲しい。
夏樹さんが呆れた様な目で見ているのはわかっていたが、これだけは譲れない。自分の恋愛は手の届かない棚の上に放り投げたままだけど、圭吾の初恋が上手くいくためなら、どんな助力も惜しまない。それぐらい俺にとっては、圭吾は大切な存在なんだ。
彼らが予定通り、日本庭園へと移動し始めたのを見て、俺達もゆっくりと何気ない風を装い、後をついて行った。圭吾は二人きりになった所為か余計に緊張度が増し、会話が弾んでいない。それどころか、着物のためにいつもより歩くのがゆっくりになっている舞子さんに、歩調を合わせると言う基本的な事さえ気づかないのか、先に歩いて行ってしまっている。
あいつ、緊張しすぎて舞子さんの姿が見えていないんだ。おそらくあいつの事だから、初めて見る舞子さんの着物姿に、余計に緊張しているんだな。それにしても、着物の舞子さんが一生懸命追いかけている事にも気付かないなんて……。
そう思うと無意識に体が動いた俺自身も、隣を歩く夏樹さんに気を配る余裕は無かった。圭吾の様子に舌打ちした後、「ちょっと先に行く」と言い残して、圭吾を追いかけた。この時の俺は、変装までして覗きにきている事も失念していた。ただ、圭吾の周りが見えていない行動を放っておけず、何の策も無いまま圭吾に近づいて行った。舞子さんを追い抜こうとした時、俺が来た事で避けようとした彼女は、グラリとよろけた。咄嗟に腕を伸ばして彼女を支えて事無きを得たが、同じタイミングで圭吾がこちらを振り返った。
圭吾の表情が一瞬で強張る。「舞子さん」と呼びながら、こちらに来ようとしているので、「お連れの方が気づかれたようですね」と言うと、すぐさま踵を返した。そんな俺達の様子を、先ほどの場所から一歩も動かず、ぼーっと見つめていた夏樹さんの肩を、何も言わず抱いてホテルへと戻った。
夏樹さんはバレなかっただろうかとヒヤヒヤしている様だったが、俺はまだ圭吾に対するイライラを抱えたまま、ついその思いを口にしていた。
「あいつ、女性の歩調に合わせると言う事さえわからないなんて……。いくら女性と始めて二人で歩くにしても程がある。ましてや、相手は着物なのに……」
しかし、俺のそんな思いに気付かなかったのか、夏樹さんは的外れな質問をしてきた。
「あの……、さっきは舞子が転ぶと思って、先に行ったのですか?」
はぁ? そんな事予知できる訳ないだろ? と思ったけれど、やけに真面目な顔で訊いてくるので、真面目に返事をした。
「いや、あれは偶然だ。圭吾に彼女が一生懸命追いかけているのに気付かせようと思って……」
「どうやって気付かせるつもりだったの?」
そんなとこ突っ込むなよ。
でも、このずれ加減が夏樹さんだったなと思って、今回は揶揄わずに正直に返事をしておいた。
「特に考えてなかったけど……。まあ、結果オーライだな」
俺の返事を聞いて、一瞬彼女は目を丸くしたけれど、すぐに笑顔になった。
ホテルの通路の窓から、圭吾達の様子を伺えば、けがの功名とでも言うのか、二人が並んで歩いていた。笑顔で話をしている様だ。まあ、これで、覗きに来た甲斐があったと言うものだ。
「杉本さん、ほら、あの二人、いい感じですよ」
同じように二人の様子を見つめていた夏樹さんが、俺の方を向いて嬉しそうにそう言った。その時の彼女の笑顔が初めて見る温かい笑顔で、心の中にじんわりとその温かさが染み込むような気がした。俺もつられて、「よかったな」と心からの笑顔を返していた。
2018.2.7推敲、改稿済み。