表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/125

#89:祐樹の過去(4)圭吾のお見合い-前編-【指輪の過去編・祐樹視点】

お待たせしました。

指輪の見せる過去の祐樹視点です。

祐樹の過去が長くなりそうな予感です。

今回は圭吾君のお見合いでの祐樹視点。

あまりに長くなってしまったので、前編・後編に分けました。

それでも今回分だけでも長いです。いつもの1.5倍ぐらいの文字数になってしまいました。

どうぞ、最後まで息切れせずに読んでくださいね。

祐樹と夏樹、26歳の12月頃です。



 あのプレお見合いから圭吾の様子がおかしい。

 上条舞子に会った直後からボーとした感じで、どうだったと聞いても、はっきり言わずに誤魔化すし、どうも仕事にも身が入っていないらしい。これは研究室の周りの人間達から聞いた話だが、皆原因が分からず、友達である俺に「室長が変なんです。何か知っていますか?」と言ってきて、初めて知った事だった。それで俺は金曜日に圭吾を捕まえて、俺の部屋で飲もうと連れてきたのだった。

 リビングのラグの上に胡坐をかいてローテーブルを挟んで向かい合い、缶ビールと買い込んで来た食事と摘まみを兼ねた総菜やピザ等を暖めて並べた。圭吾はいつもと変わりないようにビールを飲み、目の前の料理に手を伸ばしている。俺は圭吾の様子を観察しながら、たわいもない話を振るが、その反応はやっぱりいつもと変わらない。だけど、何か隠し事をしているかのように、俺と目を合わせようとしないし、目が合ってもすぐに逸らしてしまう事に気付いた。

 やっぱりおかしい。……何か隠しているな。

 考えられるのはあのお見合い候補者選びのパーティだ。それしかないだろう。

 上条舞子をどう思ったか訊いても、綺麗なお嬢さんだったとしか言わなかった。でも、その後の様子は、どこかおかしい。

 もしかして……、彼女の事が気になっているのか? 

 女性に対してトラウマ的な物を抱えている圭吾なのに。


「圭吾、おまえ、もしかして……、上条舞子に惚れたのか?」


「バ、バカな! そんな事あるはずが無い……」

 圭吾は不意をつかれたように慌てて否定したが、俺と目が合うと顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 おまえ……分かりやすすぎ。


「良かったな、圭吾。おまえもやっと初恋か?」


「な、何言っているんだよ? もう女は懲り懲りだよ」

 懲り懲りって言う程、女性とかかわりをもった事無いくせに。

 俺が圭吾にニヤリと笑って返すと、圭吾はまた赤くなって俯いた。


「恥ずかしがらなくてもいいよ。誰もが経験する事だからさ……」

 そう言うと、圭吾は顔を上げて俺を見た。そしてポツリと言った。


「祐樹が羨ましいよ」


「え?」


「祐樹は顔もいいし、センスもいいし、女性には慣れているから気のきいた会話もできるし……。僕は女性が傍にいるだけで緊張してしまうから……」


「それでも舞子さんとは、話をしたんだろう?」


「ああ、彼女の方からいろいろ訊いてくれたから、それに答える事で話は出来たけど……」


「彼女の質問に答えただけか? いったいどんな事訊かれたんだ?」


「仕事の事を……。どんな研究しているのかって聞かれたから、つい研究の話をずっとしていたんだ。だけど、後から考えたら、女性はそんな話、面白くないよな……」

 あちゃー! やってしまったか。理系の男はこれだからな……。


「それで、彼女は嫌な顔せずに聞いてくれたのか?」


「そうなんだよ! 一生懸命に聞いてくれるから、僕もつい研究の話ばかりしてしまって……。でも、聞いてくれるのが嬉しかったんだ……」

 そうだろうな。圭吾にとって、研究は仕事でもあり、趣味でもあり、生活の全てと言う感じだものな。今までほとんど女性と話をした事無かったのに、聞いてくれたのがよっぽど嬉しかったんだろうな。だから、恋愛免疫の無い圭吾はそれだけで恋に落ちてしまったと言う訳だ。あんなに大好きだった研究も手につかないくらいに……。

 そんな圭吾のために、彼の初めての恋を何とかしてやりたいと思った。でも……、あの時の候補者の顔ぶれを思い返すと、とても叶いそうにない気がするのは、俺だけじゃないだろう。

 願わくは、舞子さんが外見よりも圭吾の人となりを見極めて、判断して欲しい。

 その時、ちらりと彼女の友達の事が頭をかすめたけれど、友達でもどうしようもない事だと思うと、その存在は又綺麗に消え去った。


「そうか……。彼女が選んでくれるといいけど……。あまり期待するなよ」

 冷たいかもしれないけど、現実を見て欲しかったので、あえてそう言った。

 たぶん……無理だろうな。

 早く諦めて、いつもの圭吾に戻って欲しい。でも、これで本当に女嫌いにならないといいけどな。

 圭吾のトラウマがますます深くならない事を祈った。


 あれから、一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎようかとした頃、圭吾は一時ほどの落ち込みからは少しずつ回復し、元気を取り戻しつつあった。もう何も言わなかったけれど、諦めはついたのだと思う。

 仕方ないよな。女なんてそういうものだろ……。所詮、外見とか、女性を楽しませる事に慣れた様な奴の方がモテるのだから。

 せめて、あのパーティの前にでも、もう少し何かしらアドバイスをしておくんだったと、今更ながら思っても、後の祭りだ。それに、圭吾自身プレお見合いに参加すること自体、嫌々だったしな。

 まあ、初恋は実らないものだから……。まだ綺麗な思い出で、終われるだけでも良かったと思って欲しい。


 そんな風に思っていた頃、圭吾から興奮した電話が入った。


「祐樹、舞子さんが、舞子さんが……」


「舞子さんがどうした?」


「僕のところに正式なお見合いの申し込みが来たんだ」


「ええっ?!」

 まさか……、あの候補者選びはまだ続いていたのか? もうとっくに相手を選んだのだと思っていたが……。


「それで、いつお見合いなんだ?」


「それが、来週の日曜日に……」

 後、一週間か。これは、今度こそ圭吾にいろいろとレクチャしなければ……。


「そうか……良かったな。上手くいくよう頑張れよ」


 なんだか俺まで嬉しくなって来た。自分のお見合いよりもずっと興奮する。圭吾には幸せになって欲しいんだ。ずっと俺の都合で、圭吾を振り回してきたようなものだから。

 でも、待てよ。圭吾にとってこのお見合いが上手く行くと言う事は、アイツの大事な研究を諦めなければいけないと言う事なのじゃないのか? 

 舞子さんと結婚と言う事になったら、婿養子でいずれ上条電機の社長を継ぐと言う事じゃないか。……アイツ、そのこと分かっているのか?


「なあ、圭吾。おまえ分かっているのか?」


「え? 何が?」


「舞子さんともしも結婚する事になったら、おまえ……大事な研究を諦める事になるんだぞ」


「………そ、そうだよね……。忘れていたよ」

 それっきり、圭吾は黙ってしまった。


「おい、断るなら今のうちだぞ」


「断るなんて……」

 圭吾は途中まで言いかけて、また黙ってしまった。

 考えていなかったって訳か。初めての恋に戸惑って、恋が実った先の事までは考え及ばなかった訳だ。そうだよな、諦めていた恋が叶うかもしれないのだから。

 俺は心のどこかで羨ましいと思いながらも、そんな思いは心の奥底に封印する。俺にはもう恋も愛も必要無いのだから……。


「圭吾……、今回のお見合いは、よっぽどの事が無い限り、もう向こうからは断れない。全てはおまえ次第だよ。よく考えて結論を出せよ。後悔しないためにな」

 俺はそれだけ言って電話を切った。


 圭吾が研究を捨てられるのか……。人生の選択は思いがけずに突然やってくるものだな。

 俺はアイツがどんな答えを出しても、それを支持してやろうと決意していた。



 数日後、圭吾からお見合いする事にしたと電話があった。

 そうか……、それなら、応援しなきゃな。

 その時俺は、圭吾に先を越されたような気持ちが、一瞬頭の中をかすめた。でもすぐに自分自身で否定した。

 何考えている? 俺の方が先にお見合いしていると言うのに…。

 それでも心に広がる苦い思いを俺は無視した。


 俺はお見合い前日の土曜日、アドバイスするために圭吾を訪ねた。圭吾を見た途端、その緊張ぶりが伺える。もうすでに散髪には行って来たようで、さっぱりとした髪型になっていた。明日着る予定のスーツとネクタイがクローゼットから出されて、壁のフックにかけられている。それを見ただけでも、今回のお見合いに対する意気込みが分かると言うものだ。だけど、どうしてこのスーツにこのネクタイを選ぶかな? 改めて俺は圭吾のセンスの無さに溜め息が出た。何も言わずにネクタイを選び直してやり、ボンヤリと座り込んでいる圭吾の向かいのソファーに座った。


「大丈夫か?」

 ボンヤリとしていた圭吾が俺の方を見て「ああ」と返事をする。大丈夫そうには見えない。心ここにあらずと言う風情で、また視線が定まらずに部屋中を彷徨(さまよ)いだす。


「明日の事が心配か?」

 訊かなくてもその緊張ぶりから分かったが、あえて訊いてみる。圭吾はしばらく無言の後、こちらに視線を合わせて口を開いた。


「なあ、祐樹。お見合いってどんな話をしたらいいんだ? おまえもお見合いをしたんだろ? どうだった? この前僕の研究の話ばかりしてしまったから、もういくらなんでも研究の話はダメだろうし……」

 やっぱりか……。本当に女性に対する免疫ないんだよな。大学の時から現在に至るまで、女性と必要以上の話はした事無いんだろうな。


「今度は舞子さんに話を振ったらいいよ。趣味とか休みの日は何をしているのかとか、仕事の話とか……。彼女の話から又話を広げて行けばいいと思うよ。それでも、話が途切れそうなら、お見合い会場は帝都ホテルだろ? あのホテルには日本庭園があるから、二人で散策でもしたらどうだ? それだけでも間が持てると思うよ」

 俺の話を聞いて、少しは安心したのか、圭吾はホッとした表情を見せて嬉しそうな顔をした。


「そうだな、彼女に話をさせる様に質問するんだな。趣味とか休日の過ごし方とか……。それから、日本庭園の散策をして……」

 まるでメモを取る様に、復唱する圭吾を見て笑いを堪える。まるで中学生の初デートかよ? と疑いたくなるような初心者ぶりに、反対に心配になってきた。

 できの悪い奴ほど可愛いって……。俺は圭吾の親父か?! と自分で突っ込みながら、明日はちょっと覗きに行ってやろうかなと、友達バカな自分に気付いていなかった。


 ちょっとした思い付きだった。圭吾のお見合いを覗きに行こうと思ったのは……。

 でも、いざ実行に移そうと思った時、圭吾達に見つからずに、怪しまれずに覗くには、男一人でコソコソしていたら、余計怪しいよな。誰かと一緒だったらカモフラージュになるかも……。

 そして思い出したのが、従姉妹の博美だった。博美は母方の従姉妹で、アメリカで働いている。

 アイツ、いま日本に帰って来ているって言っていたよな。……確か泊っているのは帝都ホテルだったような……。丁度いいな、アイツも日本にいる間に会いに来いって言っていたし……。そう思って、早速に電話すると、「今頃何? もう明日は帰るのよ」との返事。タイミング悪過ぎた。

 

 急な思いつきだから仕方が無いかと思いながらも、他に協力してくれそうな思い当たる人がいない。腐れ縁の麗香も考えたが、あまり借りを作りたくない。それでも男より、女の方が、よりカモフラージュになるだろうし……。

 その時、ふと思い出したのが、舞子さんの友達の「なつき」とか言う彼女。あんなに友達思いの彼女なら、俺と同じような気持ちかもしれないじゃないか。それなら、借りにはならないよな?

 心の中でニンマリとして、さて、どんなふうに誘い出そうかと思案した。いくら携帯番号を交換した相手とは言え、一度会っただけの相手からのこんな誘いに乗るだろうか? たとえ友達が心配だとしても……。

 俺を見て頬を染めるようなタイプだから、ちょっと思わせぶりな事言えば落ちるかな? なんて、駆け引き的な事をこの時は考えていたんだ。まあ、あくまでも友達のためってね。

 俺はほくそ笑みながら、彼女の携帯番号のメモリーを押していた。


「あ、夏樹さん? 僕、杉本ですけど、覚えていますか?」

 最初は警戒されないために営業用のキャラで話し始めた。……が、緊張した様な堅い返事が返って来て、「相変わらずだ」と笑えば、彼女は前回のからかった俺を思い出したのか、急に怒ったように砕けた口調になった。そこですかさず俺も自分の地で話しかけると、キャラが違うと驚いていたが、口調はぐっと砕けたものになってホッとした。


「あいつ、あのパーティの時に彼女に一目惚れしたみたいでさ。なかなか連絡が無かったから、凄く落ち込んでいたんだ」


「え?本当ですか?良かった。舞子、断られたらどうしようとか、お見合い申し込んで迷惑に思っていないかとか、心配していたの」

 へぇ、案外舞子さんも圭吾の事を気に入ってくれているみたいだ。まあ、そうだから圭吾に決めたんだろうけど……。じゃあ、ますます圭吾に頑張ってもらって、あとひと押ししてもらわないとな。明日ヘマしなきゃ、何とかなるだろう。

 さて、いよいよ本題に入らなければ……。口調は砕けたけど、警戒はしている感じだよな……。


「俺もさ、なかなかお見合いが決まらないから、君に連絡する事が出来なかったよ。あんな事言うんじゃなかったよ」

 圭吾の事に関係なく、俺自身が彼女に連絡したかったと言う風に思わせるような言い方をしてみる。ちょっとでも俺に気がある女なら、何かを感じて俺の誘いに乗るだろう。

 

「私はまた社交辞令で、とりあえず女性には連絡先を聞いているのかと思ったわ」

 これは、なかなか堅いな。男をあしらうのが慣れているのか? それとも、自己防衛が強いのか? 前回の感じでは後者だとは思うが、彼女は押しに弱わかったよな。それに、友達の事に関係すれば、絆される可能性だってある。もうひと押しか……。


「アイツがさ、凄く緊張してガチガチなんだ。ちょっと心配でさ、一緒に様子を見に行かないか?」

 彼女には普通の女性に対する攻略法では通用しないので、正直に圭吾が心配だからと誘いかけた。やはり、お見合いを覗きに行くなんて……と渋ったが、変装して行くから大丈夫だと言うと、彼女から思いもしない反応を返され、俺は思いっきり笑ってしまった。

 やっぱり彼女は天然か? それともただのバカ正直か? 

 変装と言うだけで、映画のスパイなんかの変装を想像したのか、絶対無理と叫ぶ彼女を安心させるため、変装グッズはこちらで用意するから心配しなくていいからと、もう一緒に行く方向で話を進めていた。

 さて、変装グッズを用意すると言ったが、どうしよう? この時間から調達できる先は……と思案していると、再び従姉妹の博美の事を思い出した。博美は彼女と全然違うタイプだから、博美の上着でも借りて、俺が持っているニット帽と伊達眼鏡でも合わせれば、雰囲気は変わるよな? 俺はすぐに博美に電話をかけた。


「今度は何?」

 少し不機嫌な博美の声を聞いて、一瞬どうしようと悩んだが、そこは従姉妹だ。少々の無理は承知で頼む事にした。


「悪いけど、明日おまえのジャケットかなんか上着を貸してくれないかな?」


「祐樹、私さっき、明日帰るって言ったと思ったけど……」


「わかっているよ。でも、今回もおまえの好きなあのブランドの服買いあさったんだろ? 新品のでなくていいから、一着ぐらい貸してくれよ。今度帰って来た時に返すから……」

 彼女の好きなデザイナーのお店は日本にしか無い。だから、帰ってくるとたくさん買って帰る事を知っているのは、その買い物によく付き合わされるからだ。


「ふん、じゃあ、理由を聞かせて」

 俺は仕方なく正直にお見合い覗きの話をした。


「へぇ、圭吾君がお見合いをねぇ」

 圭吾が女嫌いな事も、俺が圭吾の事を兄弟のように思っている事も知っている博美は、仕方が無いわねと言いながらも、俺がさらりと流した部分を突いて来た。


「その一緒に覗くと言う彼女、祐樹に気があるんじゃないの?」


「いや、すごくガードが硬いんだよ。彼女も俺と同じように友達が心配なんだ」


「そうかなぁ。まあ、いいわ。その代わり条件があるから……」

 博美はそう言って条件を上げた。俺は仕方なくその条件をのむ事にした。




2018.2.5推敲、改稿済み。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ