#84:夏樹と両親の関係【指輪の過去編・祐樹視点】
更新が遅くなってすいません。
いよいよ、初めての祐樹視点です。
今回も指輪の見せる過去でのお話です。
指輪の見せる過去は、夏樹が見ている(体験している?)パラレルな世界ですが、
その世界での祐樹視点です。
「夏樹!」
夏樹の肩を抱いて、お袋に紹介しようとした矢先、彼女は崩れるように倒れ込んだ。咄嗟に彼女の体を支えられてホッとしたけれど、彼女の意識は無い。
やっとゲストルームのベッドに彼女を寝かせると、心配顔で覗きこむお袋に事の真相を訊き出そうと詰め寄った。
「母さん、どういう事なんだよ?」
お袋は俺の方を振り返ると、いきなり「このバカ息子」と怒った。
「祐樹、あなたなんでしょう? 夏樹ちゃんの部屋へ手料理を食べに通っていたのは」
「ええっ? どうしてそんな事を母さんが知っているんだよ? それに、どうして夏樹の事を知っているんだ?」
俺は、夏樹とお袋が知り合いらしい事にとても驚いた。
それよりもお袋、何をそんなに怒っているんだよ?
「そんな事より、祐樹、夏樹ちゃんに何も話してなかったでしょう? あなたが浅沼の息子だと言う事も、親が社長だって言う事も……。だから、夏樹ちゃん、ショックで気を失ったのよ。この現実に耐えられなかったのね」
分かっている。そんな事、承知で言わずに来たのだから……。
でも、どうしてお袋に責められなきゃならないんだよ。
まるで何でも分かっていますって言う風情で、睨んでくるお袋。
「そんな事言ったら、夏樹は怯むだろ? それに、身分違いだとか言いだすに違いないし……。だから言わなかった」
「祐樹……、あなた知っているの? 夏樹ちゃんがお母さんから身分違いの恋や結婚をするなって言われている事」
えっ? お袋こそ知っているのか?
いったい、お袋と夏樹はどんな関係なんだ?
「ああ、圭吾の奥さんが夏樹の親友なんだ。その奥さんの舞子さんがそんな事を言っていたから。でも、母さん、母さんこそどうして知っているんだ? 母さんと夏樹はどんな関係なんだよ?」
すると、お袋は急にニヤリと笑った。
「あなた、ずいぶん夏樹ちゃんを弄んでくれたわね」
な、何をいきなり言うんだ、この母親は!
「いきなり何を言うんだよ? 俺がいつ夏樹を弄んだって言うんだ?」
俺はこの母親には敵わないと知りつつも、あまりの言われようにお袋を睨んだ。
「夏樹ちゃんから全部聞いているの。まさか夏樹ちゃんの片思いの相手が、この不肖の息子だとはねぇ」
お袋には睨みなんか効かない事は分かっていたが、この言われようは何なんだ。いったい夏樹はお袋に何を話したんだよ。
「それより、母さんと夏樹はどうして知りあったんだ?」
いつまでも、母親にいいように言われていたくなくて、話の矛先を変えた。
「ふふふ、知りたい?」
バカにしているのか!! そんな風に俺を揶揄って何が面白いんだよ。
「母さん、俺をバカにしているのか? 知りたいから訊いているんだろ」
「夏樹ちゃんを苦しめ続けた仕返しをしとかないとね。ふふふ……」
お袋は不敵な笑いを残して、お茶でも飲みながら話しましょうと、階下の台所へお茶の用意をしに行った。俺は急に静かになった部屋に取り残され、ベッドに横たわる夏樹を見た。
「なぁ、夏樹。俺の事何も話してなかったけど、夏樹も俺に話していない事沢山ありそうだな」
俺は、ベッドの傍まで行くと夏樹の手を握りながら、意識の無い夏樹に話しかけていた。
「夏樹ちゃんとは、お父さんが先に出会ったのよ」
えっ? 親父と?
お袋はグラスに入った冷たいウーロン茶をゲストルームの応接セットのテーブルに置くと、ソファーに座わり、いきなり本題に入った。俺は向かい側のソファーに座ると、親父も関係していた事に驚きを隠せなかった。
「夏樹が親父なんかと、どこで出会うって言うんだよ?」
「二年以上前かな? パーティでぶつかって、持っていたグラスの飲み物で夏樹ちゃんのドレスを汚してしまったらしいのよ」
パーティだって?
夏樹がパーティに出たって言うのは、あの時ぐらいだろう。親父は俺と同じ時に夏樹と出会っていたんだ。
「そのパーティ、俺が夏樹と初めて会ったパーティだよ。圭吾のお見合いの相手を見るために行っていたんだ。そう言えば、親父も来ていたよな。でも、ぶつかったぐらいで、その後も母さんまで巻き込んで付き合いがあるなんて、どうなっているんだよ?」
俺はどうしても、親父と夏樹、それにお袋の関係が想像つかない。すると、お袋は又にやりと笑った。
「あなたも知っていると思うけど、スイーツの会よ」
えっ? スイーツの会? あれって女友達と行っていたんじゃないのか?
「ど、どういう事だよ?」
俺は今まで自分が信じていた夏樹が、どんどん違う女性になって行くような気がした。
「お父さんの甘いもの好きはよく知っているでしょう? パーティの数か月後、偶然にケーキ屋さんで夏樹ちゃんと再会して、ドレスのお詫びにと一緒にケーキを食べたらしいのよ。その時、とても楽しかったからまた一緒にスイーツを食べに行こうと言う話になって、携帯番号を交換したそうよ。それからは、半年に一度の割合で一緒にスイーツを食べに行っているわ。祐樹だって真似してグルメの会なんて言って、あまり外食した事の無い夏樹ちゃんを虐めていたでしょう?」
………虐める?
「だから、どうして虐めるとかって言う話になるんだよ? 夏樹がそう言ったのか?」
「夏樹ちゃんはあなたの事悪くは言わないわよ。ずっと思い続けていたんだから。でも、お店探しやあなたの評価にとても困っていたわよ?」
ああ、そうだった。
夏樹の困った顔や意地になる顔見たさに、強引にしていた所はある……な。
でも、そんなことまで夏樹はお袋に話していたのか?
「それで、親父との関係はわかったけど、母さんと夏樹の関係は? まさか、甘い物嫌いの母さんまで、スイーツの会に参加していたのか?」
俺は、痛いところをどんどんついてくる母親の矛先をかわしながら、疑問点を解明していく。それでもお袋は余裕の笑みを浮かべながら、俺を掌の上で転がそうとしている。
「あんまりお父さんが夏樹ちゃんの事を楽しそうに話すから、私も紹介してって頼んだのよ。そうしたらお父さんったら、夏樹ちゃんを私に取られてしまうなんて言うのよ」
口をとがらせて親父の文句を言うお袋だが、親父の心配は杞憂では無い。夏樹のようなタイプはお袋のペースに巻き込まれてしまうだろう。まあ、そんな夏樹に付け込んでいた俺もお袋の事言えないけどなっ。
「まあ、親父の心配も分かるけどな。それより、親父に紹介してもらってから仲良くなって、俺の事いろいろ聞いたんだ?」
自分の事を棚に上げて親父に同情的な事を言うと、お袋は睨んできた。その目は人の事言えるの! と責めるような眼差しだ。それでもお袋は、次の瞬間には余裕の表情でニッコリと笑った。
「夏樹ちゃんはね、お父さんに自分の苦しい片思いの話をしていたのよ。女たらしのような奴を好きになってしまったとか、その人を忘れるために別の人と付き合い始めたとか、彼には婚約者がいてもうすぐ結婚するらしいとか……。夏樹ちゃんはとてもいい娘なのに、とんでもない人を好きになったんだなってお父さんと話していたの。それでね、私も夏樹ちゃんにアドバイスをしたくて、紹介してもらってね、夏樹ちゃんの事とっても気に入ったから、手芸の会をする事にしたのよ。だから、夏樹ちゃんは、ここには何度も来ているのよ」
お袋は、俺の悪行など全てお見通しだと言わんばかりに、嬉々として喋っていた。それにしても、夏樹はやっぱり俺の事、本気で女たらしだと思っていた事に、ちょっとショックを受けた。でも、そう思われても仕方ない様な女性との付き合い方をしていた事も否めない。
大学時代からの腐れ縁の麗香や従姉妹の博美とは、時々アイツ等が俺を連れ歩きたいとかデートしたいとかに付き合ったりしたけど、所謂男女の関係では無い。
祖父さんの決めた婚約者とだって、祖父さんが勝手に予約した食事にエスコートするぐらいで、自分から誘う事も無かった。
でも……、遠い記憶を思い返してみると、夏樹と出会った頃はまだ、それなりの女性と後腐れの無い付き合いをしていた。夏樹が見かけた中にはそんな女性と一緒の時もあったのかもしれない。それでも、もう一年以上前からそんな付き合いは、いつの間にかする気が無くなっていた。だから、この前プロポーズした時に夏樹に訊かれて、今更蒸し返したって仕方の無い話だから、昔の女性との付き合いについては誤魔化してしまった。そんな事聞いたっていい気はしないのだから。
「祐樹? 何? 自分の悪事が全部ばれている事、ショックだった?」
ぼんやりとしていた俺に、お袋は勝ち誇ったように、私は何もかも知っているのよ目線でこちらを見る。本当に、うっとおしい。
「そんなんじゃ無いよ。でも、そうか……。夏樹が親父に恋愛相談までしていたって言うのは、驚きだな。親父の紳士で優しい雰囲気は女性受けいいものな。……あっ、夏樹がここに何度も来ていたって?」
それでか? ここが、浅沼コーポレーションの社長宅だって知っていたのは。
「そうよ。夏樹ちゃんと一緒に食事の用意をして、一緒に食事をして、一緒にパッチワークをして、三時のお茶にはお喋りをして、時には一緒に買い物にも行って……。娘がいたらしたかった事を堪能させてもらったわ。私もお父さんも夏樹ちゃんの事をとても気に入っていたから、うちにお嫁に来ない? なんて言っていたぐらいなんだから……」
嬉しそうに夏樹と仲が良い事をアピールしていたお袋が、急に話を途中で途切らせて、顔を歪めた。
「どうしたの? 母さん?」
「ねえ祐樹、あなたどうして今日、夏樹ちゃんを連れてきたの? だいたい、先週の土曜日にお父さんと夏樹ちゃんが会った時には、夏樹ちゃんはもう望みが無いから、諦めるって言っていたのよ」
え? 先週の土曜日? 俺が夏樹の部屋へ行った日だ。あの日、親父と会っていた? 夏樹の様子がおかしかったのは、親父に何か言われたのか?
「俺は、その夜に夏樹に結婚を申し込んだんだ。それで、両親に夏樹を紹介するために連れてきたんだ」
「結婚ですって?! 付き合ってもいなかったあなた達が、どうしていきなり結婚って言う話になっているの? 夏樹ちゃんはOKしたの?」
「だから、今日来たんだろ? OKもらって無かったら連れて来られないよ。それに付き合っている訳じゃなかったけど、俺の中では夏樹だけだと思っていたよ。ただ、ずっと夏樹を俺の方に引き込んでもいいのかって、悩んでいたんだ……」
「それにしても、夏樹ちゃんに本当の事何も言わずに連れて来るって、あまりに無謀だったんじゃないの? 夏樹ちゃんにはショックが大き過ぎるわよ」
「でも、先に言ったたら、夏樹に拒絶されてしまうと思ったんだよ。だから、母さんたちなら絶対夏樹を気に入るって思ったから、俺の親に賛成してもらったら、夏樹だって安心するんじゃないかなって思ったし、ここまで来てしまったら逃げられないだろ?」
俺の言葉を聞いて、お袋は目の前で大きな溜息を吐いた。
「祐樹、たとえ私達が賛成しても、夏樹ちゃんは逃げてしまうかも知れない。さっきも話したように、私とお父さんは夏樹ちゃんに何度かウチにお嫁に来ない?って本気で言っていたのよ。息子があなただとは知らなかったとしても、夏樹ちゃんは私達にきっぱり断ったの。片想いの彼がもしも浅沼家の息子だったら、好きにならないと。社長の家にはお嫁に行けないって……」
さっきまでの余裕の笑顔とは違う真剣な顔のお袋を見て、揶揄っている訳でも、意地悪を言っている訳でもないと実感する。
「それでも、仲良くなった社長夫婦からお嫁に来いって言われて、その息子がどんな人かもわからないのに、お嫁に行きますなんて言わないだろ? 普通。玉の輿でも狙っている様な女なら別だけどさ」
「夏樹ちゃんの性格知っているでしょう? たとえどんなに思い続けた相手でも、親の言いつけを守ろうとするだろうし、何より自分がハッキリと拒絶した事を、今更覆せないと思うの」
そう、夏樹の頑固さは分かっている。でも、意外に人も気持ちに絆され易い事も知っている。夏樹の意識が戻ってからの俺の行動次第か……。
「だけど夏樹ってさ、人の気持ちに絆され易いところがあるだろ? 何とかなるんじゃないかな?」
希望的観測なのは分かっている。でも、勝手に憶測したって何も始まらない。
「そうね、そこが夏樹ちゃんのいいところだものね。とにかく、お姫様が目を覚まさない事には、なにも分からないわね。だから祐樹、今までの事を償うつもりで、夏樹ちゃんに誠心誠意尽くすのよ」
お袋はそう言って立ち上がると、お昼の用意をしてくるわねと部屋から出て行こうとした。
俺はそんな母親の横顔を見て、何が償いだよと心の中で悪態付いていた。
2018.2.2推敲、改稿済み。