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#64:35歳の彼【現在編・夏樹視点】

いよいよ現在編です。

35歳の誕生日を迎えて10日程経った頃かな?

過去編から7年後なので、頭切り変えてくださいね。

夏樹と祐樹の2度目の再会……どうなります事やら……

 淡い光の中にあの人の笑顔が見えた。


「祐樹さん……」

 口は動いたけれど、音にはならなかった。

 そして、光がだんだんと強くなっていく。

 覚醒。

 瞼に感じる光の強さに、手を瞼の前にかざしてそっと目を開ける。

 ……ん……何時だろう?

 手を伸ばして枕元の目覚まし時計を掴み目の前に持ってくる。

 十一時!!!

 驚いて飛び起きると、携帯が鳴りだした。


 机の上で充電中だった携帯電話をホルダーから取り上げると、発信者を確認もせずに通話ボタンを押して耳に当てた。


「もしもし」


「あっ、夏樹。よかった、いたのね。九時頃電話した時、でないから心配してたのよ。何かしていたの?」

 あ、舞子……。


「舞子、ごめんね。寝ていたの」


「え? どこか体悪いの?」


「ううん。ぐっすりと眠りこんでいたのよ」


「まさか……、もしかして、トリップ?」


「う、うん。まあね」


「もぉ、予定ある前夜はトリップしないって言っていたじゃないの!」


「予定?」


「夏樹~、忘れちゃったの? 今夜、祐樹さんと会うんじゃないの!」


「あっ、そうだった……」

 祐樹さん……。

 さっきまで目の前にいた彼。

 覚えている……現実の過去も初めて私の部屋へ招待して手料理を食べて貰ってから、二人の関係がぐっと近づいたっけ?

 さっきのトリップの続きを思い出して、クスクスと笑ってしまった。


「もう~、何笑っているの? しっかりしてよ。トリップのし過ぎじゃないの?」


「トリップでね、さっきまで目の前に祐樹さんがいたの。二十八歳の頃で、ちょうど二人の関係が近づき始めた頃だった。……なんだか今、その二十八歳の頃の気持ちなのよ」


「ふ~ん。夏樹はその二十八歳の頃の心のまま、今日祐樹さんに会うといいかもね。三十五歳の夏樹は悲観的過ぎるから……」


「何よ、悲観的過ぎるって……」


「いろいろ考え過ぎて、祐樹さんにもう会わないって言ったのはどなたでしたっけ?」

 うううっ、反論できない。


「夏樹はね、もう充分過ぎるぐらい悩んで考えたんだから、後は自分の気持ちに正直になるだけよ」


「うん。なんだか今、二十八歳の時の気持ちになっているからか、今夜祐樹さんに逢うかと思うと、ドキドキしてきた」


「バカね。夏樹が今夜会うのは、三十五歳の祐樹さんだよ。まあ、祐樹さんなら二十八歳も三十五歳も変わらずカッコイイけどね」


「ふふふ……」

 なんだか不思議だ。

 さっきまで目の前にいたのは確かに祐樹さんだけど二十八歳で、今夜会うのは三十五歳の祐樹さんで、一気にタイムスリップしたみたい。

 指輪の見せる過去は、夢のように頼りない記憶じゃ無くて、とてもリアルな現実の記憶と同じような感じだから。


「それより、トリップで何か分かった?」

 何か……。それは指輪の事か父の事。


「ううん。今回は何も分からなかった。でもね、祐樹さんのお母さんと仲良くなったの。現実は1回会っただけなのに……。トリップでは、祐樹さんのお母さんだと知らずに仲良くなって、パッチ-ワークを教えて貰っていた。とっても親しみやすくていい人だった。実際のお母さんもあんな人だといいな」


「夏樹ったら……、トリップと現実は違うのよ。わかっている? あまり深入りすると記憶障害になるんじゃないの? トリップもほどほどにしておきなさいよ」


「うん。分かっているから……。でも、今、なんとなく幸せな気分なの……」


「はいはい。毎回そんな幸せになるトリップだといいのにね。じゃあ、忘れずに待ち合わせ場所へ行ってよ。ドタキャンは無しだからね。それから、良い報告を待っているからね」


「は~い」

 なんだか返事の仕方まで二十八歳になっている気がする。二十八歳はこんな返事の仕方はしないか。


      *************



 待ち合わせは、あの舞子達がお見合いした帝都ホテルのロビーラウンジ。あれから、もう九年も経ったなんて……。

 あの日と同じように約束の時間より早く着いてしまって、ロビーラウンジでのんびり待つ事にした。ウロウロしてあの日の様に、女性と一緒にエレベーターから出てくる祐樹さんを見たくないもの。

 そんな事はあるはず無いのにね。あの時の女性も彼の本当の従姉妹だったらしい。九年前の事なのに、トリップのお陰で記憶も鮮明だ。

 あの日、二人して変装して舞子達のお見合いを覗いていたっけ。思えばあの頃から、祐樹さんを意識していたのかも知れない。


 もうすぐ約束の午後六時だけれど、夏の太陽はまだ沈む事無く、大きな窓から見える日本庭園をオレンジ色の光で包みこんでいた。窓際の席で、ぼんやり窓の外を見ていると、人の気配を感じて振り返ろうとした時、「夏樹」とあの優しい声が私の名を呼んだ。


「待たせたかな?」

 そう言いながら私の前の席に座る。心配そうな表情の彼の顔を見て、心臓の鼓動が早まるのを感じる。

 三十五歳の祐樹さん。変わらない……あの頃と……。ううん、あの頃よりもっと男っぽくなった? 自信と責任感に溢れる大人の男になった?

 私は見惚れてしまって声が出ず、とりあえず首を振った。そして、精一杯の笑顔を向けた。

 そんな私を見て、彼はホッとしたような笑顔を見せた。そして、水を持ってきたボーイにコーヒーを頼むと、私の方を真っ直ぐに見た。


「この前は悪かったな。こちらから誘ったのに……」


「ううん。私の方こそ、ごめんね」


「ホッとしたよ。もう会わないって言うから、どうしようかと思ったよ」

 彼は優しい笑顔で私を見つめる。二十八歳の彼もそんな笑顔で私を見ていた。

 なんだか急に可笑しくなってクスクス笑うと、彼は怪訝な顔をした。


「あ、ごめんね。今日見た夢を思い出して、可笑しくなっちゃった」


「どんな夢を見たんだよ」


「二十八歳の祐樹さんの夢。初めて手料理を食べて貰った時の夢だった。覚えている?」


「ああ、そんな事もあったな。でも、どうして笑っているんだ?」


「夢で二十八歳の祐樹さんが目の前にいたのに、今三十五歳の祐樹さんが目の前にいるのが不思議で……。なんだかタイムスリップしたみたい。とても鮮明な夢だったから、気持ちまで二十八歳に戻ったみたいなの」

 私はまた笑顔を彼に向けた。


「二十八歳の頃の夏樹の気持ちって?」


「知っている癖に……」

 私が少し睨んで言うと、彼はクスッと笑った。


「まだあの頃は、読心術なんて会得してなかったしなぁ」


「まだって、今は読心術を使えるって訳なの?」


「今なら夏樹限定で使えるよ。今の夏樹は、五年ぶりに俺に逢って、益々素敵になった俺に惚れ直しただろう?」


「……」

 甘い眼差しを向ける祐樹さんを、言葉も無く眼を見開いて見つめる私。すると、いきなり彼は笑いだして、「相変わらずだな、夏樹」と言った。

 もう~、またからかわれてしまった。でも、それが祐樹さんらしい。


「ふふふ、祐樹さんが変わって無くて、安心した」

 二人で笑顔のまま見つめ合う。心の中に幸せエネルギーがチャージされていくのを感じていた。



 午後六時半に予約してあった帝都ホテルのフレンチのレストランまで歩いて行く途中、年配の男性に声をかけられた。


「やあ、祐樹君じゃないか? 帰って来るって聞いていたけど、もう帰国していたんだな」

 ニコニコと話しかけてくる男性を見た時、どこかで見た様な気がした。


「あ、小父(おじ)さん、お久しぶりです。今月初めに正式に帰国したんですよ」


「帰って来たばかりなのに、もう女性と食事かい? 祐樹君も隅に置けないね」

 祐樹さんは斜め後ろに立っていた私を振り返ると、腰に手をかけて引き寄せると目の前の男性の説明をした。


「夏樹、圭吾のお父さんだよ」


「え? 圭吾さんのお父様?」


「小父さん、僕の奥さんになる予定の佐藤さん。彼女は舞子さんの友達だよ」

 お、奥さんになる予定? いつの間にそんな予定になったの?

 彼の言葉に驚いて顔を見上げると、彼はニッコリと笑い返した。

 あっ、挨拶しなくちゃ……。


「あ、あの……、佐藤夏樹と言います。よろしくお願いします。圭吾さんと舞子さんにはいつもお世話になっています」

 頭を下げて顔を上げると、その男性と眼が合った。その途端、その男性の目が見開かれ、とても驚いた顔をしている。


「あ、ああ。こちらこそよろしくお願いしますよ。それより、……君のお母さんの名前は何と言うんだい?」

 母の名前? あっ、トリップでも同じ事を聞かれた! やっぱり、母の事を知っているんだ。やはり、ここは玲子おばさんの名前を言うべきだよね。

 そう言えば母は圭吾さんのお父さんの会社で働いていたって舞子が言っていたっけ。


「小父さん、どうして夏樹のお母さんの名前なんか知りたいの?」


「いや、僕の昔の知り合いにそっくりだから、もしかして娘さんかなって思って……」


「あ、あの……、佐藤玲子って言います。母はこちらには知り合いが居ないと思うので、人違いだと思いますよ」


「あ……、そうですか。人違いだったようだね。いきなり変な事訊いて悪かったね。それより、さっき奥さんになる予定って言ったかい?」


「はい。そのつもりです」


「それはよかった。ご両親も喜ばれているだろうね。それにしても、君のお父さんはそんなめでたい話、僕に黙っているなんて、友達甲斐の無い奴だな」


「いや、まだ親父たちにはきちんと話していないんですよ。小父さんに先に言ったぐらいで……」


「そうか、それは光栄だね。彼女の事、まだお父さんには紹介していないのかい? 彼女を紹介したら、きっとお父さんもさっきの僕みたいに驚くと思うよ。僕と雅樹の共通の知り合いに彼女はそっくりだから……」

 え? 浅沼さんと出会った時、そんなに驚かれなかったような気がする。その時は何も聞かれなかったし……。

 見る人が違うとそっくり度も違うのかも知れない。

 でも、母の名前は聞かれたっけ? って、これトリップの記憶の方?

 しかし、圭吾さんのお父さんの話に、祐樹さんは怪訝な顔をした。


「小父さん。彼女はアメリカへ行く前から付き合っていた人だよ。だから親父も彼女の事、知っている。でも、小父さんが言うみたいに驚いたりしなかったよ。……あっ、夏樹は俺と付き合う前から親父と知り合いだったよな。初めて会った時、驚いていたかい?」


「そんなには……。母の名前も聞かれませんでしたし……。人によってそっくりに見える度合いが違うのかも知れませんね」


「そうかなぁ。でも、もう三十年以上経っているから、記憶も確かじゃ無いかもしれないなぁ」

 圭吾さんのお父さんは、笑いながらそう言った。


「俺達、レストランの予約があるので、失礼します」


「ああ、引きとめて悪かったね。君たち二人も、今度こそ本当に幸せになってくれよ」

 優しい眼差しで私達を見つめると、圭吾さんのお父さんは去って行った。

 私達の事、知っているんだ。私達はきっといろんな人に心配や迷惑をかけているんだろう。

 私が彼を好きにならなければ、彼に近づきすぎなければ……、彼はもうずっと前に結婚していただろうな。

 そんな想像をした途端に、胸が痛んだ。


 遠ざかる圭吾さんのお父さんの後姿を見つめたままぼんやりしていたら、腰に掛けた彼の手に、力が入るのが分かった。もう一度引き寄せられ、彼が耳元で囁いた。


「夏樹、さっき小父さんに言った事、本気だから……」

 思わず彼の顔を見上げると、真剣な眼差しの彼。そして、言葉を続けた。


「だから、夏樹はもう何も心配しなくていいからね。五年前は夏樹を守れなかったけど、今なら祖父さんが何をしてきても、夏樹の事守るから」

 その言葉を聞いて思い出した五年前の彼のお祖父様との約束が、心の枷になる。

 彼の眼を見つめ返せなくて、視線を泳がせる私を見て、彼は何かを感じたようだった。


「夏樹、五年前に祖父さんにいろいろ言われたんだろう? 俺にもう会うなとか約束させられたんだろう? そんなの気にする事無いから。俺だって、今回祖父さんと守る気も無い約束をして帰ってきたんだから。元はと言えば祖父さんの方が理不尽な要求をしているんだから。何も心配しなくていいよ」


「知っていたの? お祖父様に言われた事、約束した事。だったらなぜあの時、一言でもその事を言ってくれなかったの? お祖父様に対抗できるだけの力が付くまで待っていて欲しいと、なぜ言ってくれなかったの?」


「その事を知ったのは、ずっと後だった。あの時は祖父さんの所為で夏樹が別れたいって言ったとは、知らなかった。……とにかく、詳しい話をするから、レストランへ行こう」

 彼は私の腰に手をまわしたまま、レストランへと急いだ。



2018.1.31推敲、改稿済み。

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