#55:偽りの自分【指輪の過去編・夏樹視点】
今回も指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点
長くなりすぎて、二つに分けたら、短くなってしまいました。
「佐藤、もしかして、さっきの奴と付き合っている?」
席に案内された後、座った途端に山地君が真剣な顔をして訊いてきた。
え? どうしてそうなるの?
「バ、バカ言わないでよ。そんなはず無いでしょ」
私は焦って、声が上ずってしまった。
「そうかな? 俺、なんか怖い眼で睨まれたけど……。それなら、アイツ、佐藤の事好きなんじゃないの?」
ニヤリと笑いながら言う山地君の顔の方が、ちょっと怖いです。
「そんな事、ある訳無いでしょう? あの人はすごくモテて、女性には不自由していないらしいから。黙っていると冷たい雰囲気があるから、睨んでいるように見えたんじゃないの?」
自分で言いながら、悲しくなるけど……。
「そうだな、ムカつくほどイケメン野郎だったしなっ」
何それ! ムカつくほどって……。思わず笑ってしまった。
「それより、彼が最後に言っていた候補から外せって、もしかして今日の下見の事知っているの?」
ああ……どうしよう。まさか、来週の土曜日に合う友達が彼だとは言えないし。
「下見の事は話していないけど、良いお店がないかと聞いた事があるから…かな?」
「そうか……。それにしても、このお店を候補から外せって、偉そうな奴だな。俺の一押しのお店なのに!」
山地君は沸々と怒りがこみ上げて来たのか、だんだんと大きな声になった。
「ごめんね。私はこのお店良いと思うから、候補に残しておくね」
山地君の機嫌を窺いながら、なぜ最後にあんな事を言って行くのだと心の中で祐樹さんに悪態を吐いた。
結局その日下見した中で、山地君の二番目のお勧め物件であるカジュアルな創作イタリアンのお店に決めた。会社の同僚達にこのお店の事を訊いたら、知っている人は概ね良い返事だった。私自身の決め手はお店の雰囲気だった。味は合格ラインギリギリと言った感じだったけれど、ディナーの時間帯だったせいか、テーブル一つ一つにキャンドルが灯り、照明は間接照明のみで柔らかい灯りが店内にこぼれていた。恋人と記念日に来たい雰囲気だなと一人満足した。
それなのに……。
「星、一つだな。」
無情な評価……。
分かっている。
私の失敗は、ランチだった事。本当はディナーに誘ったけれど、夜は用事があるからと仕方なくランチにした。その時点で、違う日にするとか、違うお店にするとかすればよかった。昼と夜の雰囲気がこんなに違うとは思ってもみなかった。
いつもなら天邪鬼な私が、負け惜しみを言うのに。それさえも出なくて。
あまりの落ち込みに気付いた彼は、私の頭に手を載せてぐしゃっとかき混ぜると、「次、期待している」とポツリ。
もう、そんな言葉では気持ちを奮い立たせる事が出来なくて、グルメの会を止めようと言う言葉が喉まで出かかって押し留めた。
グルメの会を止めたら、月に一回逢えるこの繋がりさえも失くしてしまう。だから無理して笑顔を張り付けて、「任せて!」と言ってしまう自分が愚かしい。
*****
四回目のグルメの会を終えた十月第二土曜の翌週、仕事の忙しさに紛れてグルメの会の事は忘れかけていた頃、社内で偶然山地君に会った。いろいろ教えてくれた事へのお礼を言うと、「どうだった?」と訊いてくる。もっともな質問だ。私は蘇る嫌な感情を何とか抑えて、「友達もとても喜んでくれました」と笑顔で言った。こんな風に嘘に嘘を重ねて、だんだんと演じる事が上手くなって行く自分に嫌気がさした。
何もかも偽りの自分。
親友にも話せずにいる想い。
友達顔して、自分の想いを隠して、彼の前で天邪鬼の自分で誤魔化して……。
私は、どうしたいのだろう?
どうすれば、この想いから逃れる事が出来るのだろう?
いけない。また逃れる事を考えてしまった。
この想いを素直に受け止めて、昇華する事。
言葉は綺麗だけれど、実際どうすればいいのか、今の私には何も分かっていなかった。
その夜、浅沼さんの言葉を思い出したのがその予兆だったかのように、浅沼さんから電話があった。
「夏樹ちゃん、久しぶりだねぇ」
「伯父様、こんばんは。今回は半年もたっていないです。ちょうど四ヶ月ぐらいですよ。大丈夫ですか?」
「はは、何が大丈夫なのかな?」
「いつもより周期が短いから、お仕事の方大丈夫かなと思って……」
「そんな事は心配しなくてもいいんだよ。今回はスイーツの会じゃないんだ。今回はね、妻の招待の伝言役なんだよ」
「ええ!? 雛子さんのご招待ですか? 嬉しいです」
「それは良かった。妻の展示会も終わってひと段落ついたので、君と会いたいと言う訳なんだ。今度の日曜日、我が家の食事に招待したいんだが、いかがかな?」
「本当ですか?! 是非!!」
ああ、こんな嬉しい事は無い。あこがれの女性の雛子さんとお会いしてお話ができるのだ。
現金なもので、さっきまでの鬱々とした気分はどこかに飛んでしまった。どうにもならない事ばかりで悩んでいるよりも、楽しい事を考えよう。
私はすっかり日曜日のご招待に気持ちは飛んでいた。
2018.1.30推敲、改稿済み。