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#47:心の浄化作用【指輪の過去編・夏樹視点】

今回も指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点。


夏樹、祐樹、27歳の6月半ば……

 あの日、帰ってからどう過ごしたのか覚えていない。気がつくと外は暗くなっていて、それからようやくシャワーを浴びる時になって、ずっと皺くちゃのフォーマルドレスを着ていた事に気付いた。


「何しているんだろう? 私……」

 ポツリと呟いて指輪を外す。

 この指輪をしていて、良い事ってあったかな?

 以前も、この絶望的な恋心に気付いて、この指輪は幸せになんか導いてくれないって思って、外したっけ。

 そうだ、その後指輪をはめたのは舞子の婚約パーティで、あの時も彼の結婚話を聞かされたっけ。

 それでも、それら全てが幸せになるためのステップだと浅沼さんが言うから、まためげずに今回の結婚式にも嵌めてみた。

 その結果が、これだよ。

 片思いの相手からお情けのキスをされるのが、幸せ?

 違うよね。彼はそんな人なのよ。私なんかと違う恋愛観で生きているのだから、合うはずがないのよ。

 もうわかったでしょ? 夏樹。

 また頬を涙が伝った。


 あの日の後、月曜日に出社すると、二次会に出席していた同僚たちが次々に聞いてきた。

「杉本さんに送ってもらったけど、その後どうだった?」と。

「無事に送ってもらった」と応えるのだが、「本当に?」と疑り深い目。

 見ていたのか? と聞き返したぐらいだけれど、ぐっと我慢して、「たたき起こされて、タクシーからさっさと降ろされた」と言うと、なにやら皆の顔がホッとしている。


「夏樹にばかり良い男を独り占めされたら、堪らないよね」

 なんて笑いあっている同僚女子たち。きっと、健也君と祐樹さんの事を言っているのだろう。


「大丈夫。杉本さんとは何も無いから。ただ、皆より知り合いってだけ」

 何も無い…か。嘘ばっかり!


 それでも、会社では出来るだけポーカーフェイスで、仕事にのめり込んだ。

 あれから指輪は、首からぶら提げている。今までも平日はネックレスに通して首から提げていたのだから変わらないのだけれど、あの時、一時はもうケースに仕舞っておこうかと思った。だけど、やっぱり信じたい。これは全て幸せへのステップなのだと。



 その週の金曜日の夜、又半年振りに浅沼さんから電話があった。半年に一度のスイーツの会へのお誘い。


「又、半年振りになってしまったね」

 短い挨拶の後、苦笑交じりに浅沼さんがそう言った。


「私の中では予定通りですので、心配ないです」

 私が笑って言うと、浅沼さんは楽しそうに笑った。


「やっぱり、夏樹ちゃんは楽しいね。普段、百戦錬磨の狸爺ばかり相手にしていると、夏樹ちゃんと甘い物を食べるのが恋しくなってねぇ」


「そんな事おっしゃったら、奥様に申し訳ないです」


「そんな心配は無用だよ。奥さんもね、そろそろ夏樹ちゃんと甘い物を食べに行かないと、眉間に皺が寄っていますよ、って言うんだよ」


「本当ですか? 奥様にそう言って頂けると、安心してご馳走になれます」


「ウチの奥さんもね、夏樹ちゃんの話を楽しみにしているんだよ」


「え? 私の事、いろいろ話しているんですか?」


「いけなかったかな? 妻には出来るだけオープンにしているんだよ」


「いえいえ、とんでもない。嬉しいです。ところで、クリスマスにあのシュトーレン、奥様は食べられましたか?」

 前回逢った時に、浅沼さんにもシュトーレンを渡していた。甘い物が苦手な人にでも食べやすいように甘さ控えめで作ったのだった。

 あの時、浅沼さんにいつもご馳走になっているお礼だとシュトーレンを差し出した。すると、浅沼さんの顔が曇り、少し考えてから受取ってくれた。何かあるのかと怪訝な顔で浅沼さんを見ると、長い間封印していた告白のように戸惑いがちな表情で話し出した。


『実はね、以前結婚前にお菓子作りの得意な人と付き合っていたと話しただろう? その彼女がシュトーレンをクリスマスに食べさせてくれて、そのおいしさに感動したんだ。その時、彼女の以外のシュトーレンは食べないなんて宣言してね。だから、彼女と別れてからシュトーレンは封印していたんだよ。でも、もう三十年近く経ったから、そろそろ時効だよね。ありがとう。これは妻と一緒に頂くよ』


 私はその話を聞いた時、浅沼さんを甘い物好きにさせて、シュトーレンまで封印させたその女性にとても興味が湧いた。今頃スイーツのお店でもしているのだったら、是非食べに行きたい。

 そんな三十年近くぶりのシュトーレンの味はどうだったのだろう?


「あのシュトーレン、作り方は誰かに習ったの?」

 浅沼さんは私の質問とは違う反応を示した。


「え? 母に教えてもらったのだけど……」


「そうか……とても懐かしい味がしたよ。私の記憶も朧気だけど、甘さは少し控えめとは言え昔食べたシュトーレンと同じだったような気がする」


「シュトーレンと言えば定番ですから、誰でも同じような作り方をするんだと思いますよ」


「そうだね。そうそう、ウチの奥さんも美味しいって食べたよ。これなら甘い物苦手でも食べられるって。ウチの奥さんがね、私にも夏樹ちゃんを紹介してくれって言っていたけど、どう?」


「うわ~、嬉しいです。是非お会いしたいです」


「彼女は今忙しいみたいだから、時間の都合がついたら、また連絡するよ」


「忙しいって、何かお仕事されているんですか?」


「仕事と言っても、趣味の延長みたいなものだからね。只、今度、作品展示会をするみたいで、その準備で忙しいらしい」


「え? 作品展示会って、何をされているんですか?」


「あ、そうだね。夏樹ちゃんは手芸の事詳しいかな? 手作り布雑貨のブランドで【雛子】って知っている?」


「え~~~?! もしかして、奥さまが【雛子】ブランドを作っている雛子さんなんですか?」


「ああ、そうなんだよ。やはり若い女性だね。よく知っているね」


「きゃー、私ファンなんです。奥様手作りの一点物は高くて手が出ないんですけど、デザイン提供されて、たくさん作られている比較的お安いポーチなら持っています」


「高くて申し訳ないね。ほとんど利益は無いらしいんだけど、良い素材のものを使っているらしくて、どうしても高くなってしまうんだ。もう少し安くできないか、交渉してみるよ」

 私は自分があまりに正直に話してしまった事に気付き、焦った。それでも、クスクス笑いながら、冗談気に返してくれる浅沼さんの言葉に、こちらもクスッと笑わされた。


「奥様にお会いするの、とても楽しみです。よろしくお願いします。あ、奥様には私が高くて買えないって言った事、内緒にしてくださいね」


「ははは、わかっているよ。値段交渉だけにしておくよ。しかしこれは、妻に君を取られそうだな。私とのスイーツの会も忘れないでくれよ」


「わかっていますよ。私の今一番の楽しみは浅沼さんとのスイーツの会なんですから。あ、それより、今回のお電話は、スイーツの会ですか?」


「あ、そうそう、妻の話で終わってしまうところだったよ。何時も急な話で申し訳ないけれど、明日は空いているかな?」


「はい、全然空いていますよ。大丈夫です」


「そんなに元気一杯に答えられると、返って心配になるね。デートの予定は無かったのかい?」


「ありません。……と言うか、相手もいません」

 なぜだか浅沼さんには正直に言ってしまう。心配掛けるだけなのに、素直な気持ちで甘えたくなる。


「おやおや、半年前とはずいぶん状況が変わったようだね。また明日にでも、近況を聞かせてくれるかな?」


「はい、是非聞いてください」


「良い話だと良いんだけどな……。楽しみにしているよ」

 穏やかな浅沼さんの声に、心の中に溜まったドロドロなものが、浄化されていくような気がした。




2018.1.30推敲、改稿済み。

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