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#35:スイーツの会【指輪の過去編・夏樹視点】

更新が遅れていてすいません。

今回も指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点。

夏樹27歳の12月。

 高田君と初デートをした次の日、待ちに待った浅沼さんとのスイーツの会。

 前回は、近いからという事で待ち合わせて歩いてお店まで行ったけれど、今回は少し距離があると言う事なので、待ち合わせ場所まで車で迎えに来てもらった。

 冬の昼下がり、待ち合わせ場所の小さな公園入り口側の道路に、ウィンカーを点けて停まるシルバーの左ハンドルのセダン。夏樹が近づくと、運転席側のドアが開き、サングラスをかけた渋い紳士が現れた。そして、サングラスを外すと、優しい笑みを浮かべた。


「夏樹ちゃん、こんにちは」

 電話で約束した通り、「夏樹ちゃん」と呼ばれ、驚いて足を止めてしまった。


「こ、こんにちは、浅沼さん」

 そして彼は、自然な所作で助手席のドアを開けると、どうぞと招き入れた。

 う~ん、慣れている。やっぱり紳士だ。

 こんな風にレディファーストな対応は初めてだと感激していると、そう言えば……と思いだした。祐樹さんにもこんな風にレディファーストな対応をしてもらったっけ。

 また、彼の事を思い出してしまったが、目の前の紳士と親子ほども年齢差のある彼とを比べて、浅沼さんの方が落ち着いた大人の色気があるなぁと、考えている自分が可笑しくて、クスッと小さく笑いを漏らしてしまった。


「ん? 何か楽しい事でもあったのかい?」

 運転席に乗り込んだ浅沼さんが、シートベルトをしながら聞いた。


「いえ、思い出し笑いです」


「何を思い出したのかな?」

 そう言って悪戯っ子のような笑顔で、私の顔を覗き込んでくる浅沼さんに私の心臓はドキンとして、慌てて話題を変えた。


「そう言えば、伯父と姪ならば、私が浅沼さんの事を名前で呼ぶのもおかしいのじゃないでしょうか?」


「そうだねぇ。なんて呼んでもらおうかな?」


「あの、普通なら伯父さんって呼ぶんですが、浅沼さんの事は伯父さまと呼んでもいいですか?」


「伯父さんと伯父さまの違いって?」


「伯父さまって言うと、何か……セレブなイメージがして、一度呼んでみたかったんです。でも、本当に相手がセレブじゃないと呼べませんから、浅沼さんにはぴったりだと思うんです」

 私は頬がだんだんと熱くなっていくのを感じながら、自分の想いを言いきった。


「まいったな。君が思うほどセレブでも無いんだが。夏樹ちゃんは本当に面白いね」

 笑いながらそう言う浅沼さんの言葉に、私はまた、祐樹さんの事を思い出した。


『夏樹は本当に面白いな』

 いつも私をからかって、私を怒らせて、楽しんでいた彼。

 何を思い出しているの、私。

 さあ、今日は美味しいスイーツを食べるんだから、そんな事忘れて、忘れて。



 車が向かったのは、港近くの海の見えるホテル。このホテルは今、クリスマスイベント期間中で、ラウンジではこの時期限定のスイーツが食べられるのだそうだ。

 元々、スイーツが美味しい事でよく雑誌などにも取り上げられているホテルで、特にここのチーズケーキはお土産にもらった事があるが、絶品だった。

 日曜日の午後のこの時間、スイーツ目当ての御客が多く満席状態だったけれど、入口に立つ男の人に浅沼さんが話しかけると、リザーブ席に案内された。席に着くと間もなく支配人という男性が挨拶にやって来た。


「浅沼様、本日は……」


「今日はプライベートだからね、挨拶はいいよ。姪にここの美味しいスイーツを御馳走しようと思って来ただけだから」

 浅沼さんはその男性の挨拶をさえぎって、笑顔で来た理由を伝えた。


「ありがとうございます。どうぞごゆっくり」

 それだけ言うと、支配人は去って行った。

 浅沼さんの事、社長さんだと知っているんだ。

 しばらくすると予約時に注文してあったのか、この時期にしか食べられないクリスマスのデザートプレートが運ばれてきた。

 一目見て、浅沼さんが「少女趣味」と言っていたのが納得できた。

 可愛すぎる!

 プレートの上には小さなブッシュ・ド・ノエル、そしてまるで箱庭のように、フルーツが森の雰囲気で飾られ、その中にマジパンで作られた小人とサンタクロース。

 一瞬「きゃーかわいい!」と叫びそうになったが、ぐっと我慢。いい年して高校生のようなリアクションは頂けない。


「可愛過ぎますね。食べるのもったいないです」

 落ち着いて感想を述べると、目の前の紳士は嬉しそうに笑った。


「ちょっと私は場違いのようで恥ずかしいな」

 浅沼さんがそう言うのももっともで、周りを見てみると殆どが女性客だった。男性客もいるにはいるが、こんなかわいいお皿を目の前に置いている人はいなかった。



「大丈夫です。伯父さまに良く似合っています」

 私が笑いをこらえて言うと、浅沼さんは「そんなこと言われても、複雑だね」と情けない顔をした。

 でも、私から見ると、どんなスイーツを前にしても、なぜかしっくりと似合ってしまう。

 こんな可愛い雰囲気が、浅沼さんの前では落ち着いたものに変わる。そんな不思議なオーラを持った浅沼さんこそが凄いのだと思う。


 私たちは、食べながら感想を言い合い、またまたスイーツ談義に花が咲き、ひと時のおやつタイムを楽しんだ。デザートプレートを食べ終わった後、お替りの紅茶を飲みながら、窓から見える海のキラキラと光に反射する様を見つめ、溜めていた息を吐きだした。


「おや、今日は指環をしていないんだね?」

 突然、浅沼さんに問いかけられ、ここしばらく指環をしていなかった事を思い出した。


「ええ、そうですね」


「あの指輪は幸せに導いてくれる指環じゃなかったのかい?」

 そうでした。前回、浅沼さんにスイーツを御馳走になった時にも指環の話題が出て、この指輪は幸せに導いてくれるんですよと嬉しそうに話したのを思い出した。


「そうなんですけど、失恋しちゃって、辛くなって外したんです。やっぱり、指環が幸せに導いてくれるはず無いなって思って……」


「それは、辛かったね。でも、こう考えられないかい? その辛い失恋も幸せになるためのステップだったんだと」


「そうですね。そうなのかもしれない」

 私はその時どうしてそう思ったのか分からないが、目の前で穏やかに微笑む伯父さまに今の自分の事を聞いて欲しいと思った。


「あの……、私の事なんですけど、相談と言う訳ではないんですけど、自分の中にだけ留めておくにはもう一杯一杯になっちゃって。聞いて頂けませんか?」

 すると浅沼さんはニッコリと笑った。


「こんなおじさんでもいいなら、いくらでも聞かせてもらうよ。君よりは多少年を取っている分、いろいろな経験もしているからね。アドバイスができるかどうかわからないけど、聞く事ならいくらでもできるよ」

 浅沼さんの優しい笑顔に感謝しながら、自分もにっこりと笑い返した。

 私は、浅沼さんとも出会ったセレブパーティの話のあたりは伏せて、舞子達の初デートのあたりから恋人のフリをして、そしてそのフリを止めたところまで一気に話した。そう、失恋したあの瞬間までを。


「君は、そんな彼女がたくさんいるような奴がいいのかい?」


「そうなんです。私もそんな女たらしな奴、どうして好きになるかな? って思うんです。でも、彼の優しさや友達思いな所や笑顔の素敵な事も知っているから」

 浅沼さんは、うつむいて話す私を優しいまなざしで見つめた。


「夏樹ちゃん、恋ってそんなもんなんだよ。どんなマイナス条件があろうが、相手に囚われてしまった心は、そう簡単に取り返せない。辛い恋をしてしまったね。いっそ、自分の想いを告げて、砕け散ってしまった方が、早く新しい恋に出会えると思うけれど。それに、もしかすると彼の方も君の想いを知ったら、君に恋をするかもしれないよ」

 私は静かに首を振った。そんな事は万に一つもありえない。


「親友の恋人の友達だから、想いを告げて玉砕するのが怖いんです。又会う機会もあるし、友達にも気を遣わせるし」


「そうか、それで指環をしなくなったんだね?」


「はい。でも、指環をしなくなってから、会社の同期の人に付き合って欲しいって言われて、叶わない恋だけど好きな人がいると言ったら、忘れるために自分を利用してくれていいから、お試しでもいいから付き合って欲しいって言われたので、付き合う事にしたんです。でも、彼の事が本当に好きになれるかどうかわからないのに付き合っていてもいいものかどうか。ちょっと、戸惑っているんです」


「ほぉー、新たなる展開だね。まだ、前の恋をきちんと終わらせないうちに、新しい恋に踏み切ったという事だね」


「はい。でも、彼の事をつい思い出すたびに、今の彼に悪いような気もして……」


「わかるよ。目の前の人を愛せれば幸せになれるってわかっているのに、叶わない恋に心は囚われて身動きできなくなっているんだろう?」

 私は思わず顔を上げて浅沼さんの顔を真っ直ぐに見た。


「浅沼さんも、そんな思いした事があるんですか?」

 いつの間にか、浅沼さんと呼んでいる事にも気付かず、問いかけていた。


「そうだね、若い頃にはそんな事もあったな」


「その時、どうされたんですか?」


「時間、かな?」


「時間?」


「そう、時間が全てを癒し、解決してくれるよ。今の彼はいい人かい?」


「はい、とてもいい人です。私に関係無かったら、とってもお薦めの人です」


「そう。ならば、じっくりと時間をかけて彼と付き合ってごらん? 最初は前の恋が忘れられないかもしれないけど、やはり、いつも傍にいる人に気持ちは傾いていくものさ。今の君には前の恋を思い出に変える時間が必要だ。その間、待っていてくれるような人かい? 今の彼は」


「どうでしょう? どこまで気長に待っていてくれるのか、私にはよくわかりません。それに、待っていてと言ってもいいのかどうか……」


「そうだね、まだ始まったばかりだから、そこまで考える事はないのかも知れないね。今は彼の傍にいる事に慣れる事。そして、彼の傍にいる事が当たり前になった時、自分の向かっていく方向が見えてくると思うよ」

 浅沼さんの温かく優しい眼差しが、私を包んで少しささくれ立っていた心を癒していった。


2018.1.28推敲、改稿済み。

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