#15:覗きの誘惑【指輪の過去編・夏樹視点】
今回も指輪の見せる過去のお話です。
引き続き、26歳の夏樹のお話。
家に帰って、先にお風呂に入った後、デザートの事を考えて夕食はあるもので簡単に済ませた。そして、ゆっくりと頂いたケーキを堪能しようと、リーフのアールグレイをティーポットに入れ、熱湯を注ぎポットウォーマーを被せておいた。その間にケーキの用意をしてソファーの方へ移動する。茶葉が開いた頃にあらかじめ温めたカップにゆっくり注いで、その香りを楽しんだ。
休日の夜のホッとしたひととき。目の前には美味しそうなケーキ。至福の時と言うのはこんな時間の事を言うのだなと一人ニンマリとした。
今頃舞子は明日の事を考えて緊張しているのだろうか。そんな事を考えながら、ぼんやりとテレビの画面を見ていたら、ソファーの前のローテーブルに置いた携帯が鳴りだした。
また、舞子が不安になってかけて来たなと、携帯を開いてみると、「杉本祐樹」の表示。
えっと驚いて携帯電話を落としそうになった。そして、大きく深呼吸を一つすると、覚悟を決めて通話のボタンを押した。
「もしもし」
「あ、夏樹さん? 僕、杉本ですけど、覚えていますか?」
いきなり、下の名前で呼ばれ、ドキドキする。
「はい、お久しぶりです」
なんだか緊張して、硬い返事しかできない。すると、受話器の向こうからクックと言う笑い声。
「夏樹さんは相変わらずだなぁ」
杉本さんの方こそ相変わらずからかいモードだ。
「相変わらずって、どういう事よ」
「そうそう、そうやってタメ口でいいんだよ。ところでさ、圭吾と君の友達のお見合いって明日だろ?」
「圭吾さんって?」
「高藤圭吾。明日、君の友達の上条電気のお嬢様とお見合いする奴さ」
「ああ、高藤さん。それにしても、お見合いする事になって良かったですね」
「あいつ、あのパーティの時に彼女に一目惚れしたみたいでさ。なかなか連絡が無かったから、凄く落ち込んでいたんだ」
「え? 本当ですか? 良かった。舞子、断られたらどうしようとか、お見合い申し込んで迷惑に思っていないかとか、心配していたの」
「だけどさ、パーティの後、二ヶ月ぐらい空いただろ? もう別の人とお見合いしたんだって、諦めモードだったよ」
「舞子、凄く悩んでいて、この人と決めたら、自分の方からは断る事が出来ないからって、お見合いする事自体に不安があったみたい。高藤さんと言うのは、舞子の中ではパーティの時から決めていたようだったけど……」
「俺もさ、なかなかお見合いが決まらないから、君に連絡する事が出来なかったよ」
そして杉本さんは、あんな事言うんじゃなかったよと、小さな声でボソリと呟いた。
(え? 何が言いたいの?)
それに、いつの間にか自分の事、「俺」なんて言って、キャラが変わっている。
「私はまた、社交辞令でとりあえず女性には連絡先を聞いているのかと思ったわ」
「これは、なかなか手厳しいな」と言って、杉本さんは笑いだした。
「それよりも、何か御用があるのですか?」
「そうそう、アイツがさ、凄く緊張してガチガチなんだ。ちょっと心配でさ、一緒に様子を見に行かないか?」
「え? どういう事? まさか、お見合いを見に行くとか?」
「その、まさかさ」
「えー! そんな事、本人達に知られたら、怒りませんか?」
「だから、見つからないようにちょっと変装でもして、隠れて覗くつもりなんだけど」
「変装ですか? どうやって?」
「そんなに力入れなくていいよ。プロの探偵じゃないんだから。ちょっといつもしないようなファッションをするとか? 帽子や眼鏡をつけるとか?」
頭の中で想像してみた。映画の中の探偵と言えば……プロポーション抜群でお色気一杯の美人探偵。
「無理です! 変装なんて絶対無理です」
「……」
思わず叫んだ私の勢いに、杉本さんは絶句した。そして、その後噴出すように笑い出した。
「いったいどんな想像したの? まさか、映画なんかに出てくるような本格的な変装を想像したんじゃないだろうね」
「……」
図星。今度はこちらが絶句する番だ。
「わかった。君は何も用意しなくていいよ。こちらで用意するから。でも、ボトムはパンツを穿いてきて欲しいな。ジーンズでもいいけど。見つかりそうになったら、逃げなきゃなんないしね」
逃げるって、本格的に覗く気なんだ。それに、なにげに行く事になっている。まっ、いいか。私もワクワクしているし、杉本さんにも逢えるし……。
私は、明日お見合いする舞子の心配より、杉本さんの覗きの誘惑にドキドキしているのだった。
2018.1.27推敲、改稿済み。