殺し屋のお正月?
「正しい殺し屋の育て方」の正月バージョンスピンオフ作品です。
「あけおめことよろー」
「……なんだそれは?」
朝起きるなり、イブが謎の呪文を唱えてきた。
「わからん。リザが新しい年にはそう言うんだって言ってた」
またあいつはどこかの国の習慣を適当に……。
「……まあ、それはいい。で? それは何をしている?」
「これもリザにもらった。モチって食べ物。これも年が明けたら焼いて食べるんだって」
「……この真っ黒な炭をか?」
盛大に吹き上がった火柱の中で、なんだか黒い物体が溶かした蝋のようにデロデロに崩れ落ちている。
「ん。写真見せてもらった。なんか黒かった」
「本当か? その横に置いてある白いのが黒くなるまで焼くのか?
タレにつけたり黒い何かを巻いたりしてあったわけではなく?」
火柱の横には健在な姿のモチなる白い物体が次なる焼死体になるための順番を待っていた。
「知らん。とりあえず黒かった」
「そうか。とりあえず一度手を止めようか。
そろそろダクトに火が入りそうだ」
このあと俺による懸命な大掃除が行われたことは言うまでもないだろう。
「……ん」
「……なんだその手は?」
ようやくコンロの掃除が終わったと思ったら、今度はイブがこちらに両手を差し出してきた。
「年が明けたら子供は大人からオトシダマなるものをもらえるらしい」
「オトシダマ? それもリザからの情報か?」
「ん」
……あいつはよく分からんものばかりイブに教えるな。
「それはなんなんだ?」
「なんか、子供はそれを集めるのに全力を注ぐらしい。で、大人は自分はあげたくないけど他の大人からはもらいたいから、なるべく子供がいない親族のところに挨拶に行って、子供にオトシダマを集めさせるらしい」
「……なかなか高度な心理戦みたいだな」
新年早々、そんなストレスになりそうなイベントを行っている地域があるのか?
「だから、ん!」
……ん。と言われてもな。オトシダマ。オトシダマ、ねえ。
「……これでいいか?」
俺は45口径のリボルバーに使う銃弾をイブの広げた両手の上にバラバラと落とした。
「……これが、オトシダマ?」
「……こんなのを、子供は皆集めるのか?」
まあ、たしかにそんなに安いものじゃないが。弾だけ渡しても下手すりゃ警察に怒られるだけなんじゃないだろうか。
「……これが嬉しいのか?」
「う、うーん」
イブは両手にのった銃弾を見ながら不思議そうに首をひねっていた。
「……まあ、いい。今日も仕事が入っている。ちょうどいいから今日はそれを使ってやるか」
「……『銀狼』の仕事?」
イブはひねった首を上げて、こちらを見上げながらさらにひねってみせた。
ちぎれるぞ?
「そうだ。自宅に侵入してターゲットのみを始末する。他の住人は無傷で終わらせることが依頼達成条件だ。
おまえも来るか?」
「……ん」
同行を提案すると、イブは目の光を深く沈めて頷いた。
もう仕事のスイッチを入れたのだろう。
「はふっはふっはふっ」
「どーお? イブちゃん。おいしーでしょ?」
「ふまいっ!」
「ふふ、いっぱいあるからいっぱい食べてね」
仕事を終えて家に帰ると、リザがモチを焼いていてくれた。
炭化していないモチは珍しい食感でなかなか美味かった。
「……ところで、オトシダマってのはなんなんだ?」
イブがモチに夢中になっている間にリザにこっそり尋ねてみる。
「え? ああ、なんか新年に大人が子供にお金をあげるイベントらしいわよ。玉ってのは宝とかの意味で、子供はそのお年玉で1年を乗りきったりもするそうよ」
「つまり、それだけの金額を与えるわけか」
チラリとイブに目をやると、イブは両手でモチをつかみながら夢中で頬張っていた。
「……イブには、本当の意味は秘密だな」
「ふふ。ま、それもいいんじゃないかしら。
あ、イブちゃん。あんまり急いで食べると喉に詰まるわよー」
「はふっはふっ! ふまいっ!!」
(七海糸様作)