03 真実知って安堵する
「はっ?」
ベルハザードはそんな間の抜けた声しか出せなかった。
ずっと探していた、ずっと会いたかった幼馴染から拒絶とも取れる言葉を聞いて、信じたくない気持ちが勝る。
まさか自分から気持ちが離れてしまったのだろうか。
離れ離れだった時間は決して短くは無かったし、心が移ろいでもおかしい事ではない。
そんな不安な気持ちが渦巻き、気が気ではないベルハザードは視線を伏せる。
目は開いているが、焦点が合わず視界がはっきりしない。
お互いの間に沈黙が横たわってから、ややあって座長が口を開いた。
「アウラ、意地を張らなくてもいいんだよ?」
「! 私、意地なんて……」
「さっき自分でも言っていたじゃないか、彼にずっと会いたかったって」
「でも、私はまだ返せていません」
「やはり、それを気にしていたんだね。でも、そんなことはいいんだよ」
座長の労わりの言葉に、アウラはぐっと何かを堪えるような表情をしてから俯く。
そんな彼女を優しい顔を向ける座長は小さく笑うと、ベルハザードへと向き直る。
雰囲気の変化を感じ取ったベルハザードとルルティアナも、居住まいを正して彼の視線に真っ直ぐと向き合う。
「少し、昔話を聞いてくれはしませんか?」
座長から語られたのは、アウラがこれまでに歩いた日々だった。
――村が魔物大群に飲み込まれ、両親を失ったアウラは妹と僅かな村の生き残りの子供たちと一緒に保護されたが、移送途中に攫われてしまう。その後、奴隷商に売られ、偶然にも座長が買い取って今に至る。
話を聞いたベルハザードは言葉が無かった。
アウラとの約束を叶えようと研鑽を積んできたのに、彼女が大変な時に自分は傍にいてやれなかったのかと、自分の無力さを痛感するばかりだ。
「情けないな、俺は」
思わず自嘲気味な言葉がベルハザードの口から漏れていた。
ルルティアナが労わる様な面持ちで彼に目を向ける。
話を聞く限りでは、アウラは奴隷になり、その所有権は座長の手にあると考えていいだろう。
それ故に彼女が自分と一緒にいけないと言ったのだと、ベルハザードは推察するに至る。
だが、彼の考えは次の座長の言葉でかき消されることになる。
「買いはしましたが、所有権は放棄しました。なので、アウラたちは奴隷ではありません」
「なっ、えっ?」
決して安くはない金額を払って彼女たちを買ったはずなのに、その所有権を放棄していたなんて思いもしなかった。通常ではあり得ないからだ。
ベルハザードが視線を座長からアウラに移すと、彼女は彼の目を見て無言で頷いた。
そして、今度はアウラから真実であることを裏付けるかのように付け加えられる。
「座長は奴隷の私たちを憐れんで一座に置いてくれたの。これまで一度も理不尽な扱いを受けたことはないわ。それどころか、見る度に他の奴隷の子たちも引き取って、すぐに奴隷契約も破棄されて……」
「……」
「今の私たちがいるのは、座長のおかげよ。座長を責めないで」
「えっと、じゃあ、あれか? 彼女たちが不憫でその身を買ったと?」
「はい」
「その後も商人に奴隷を見せられる度に買っていたと?」
「全員ではありませんが、概ねその通りです」
「安い買い物ではないだろう……借金か?」
「はい」
「しかも、これまで女性の奴隷がいたにも関わらず、手を付けていないと?」
「はい。そのような目的ではありませんでしたし、彼女たちの尊厳を踏み躙ることはできませんから」
「……すまなかった!」
居たたまれなくなったベルハザードは、深々と頭を下げた。
まさか、こんな善人がこの世にいて、しかも、そんな善人がアウラを拾ってくれていたなんて。この世にはまだ救いがあるのだと、ベルハザードは本気で思っていた。
しかし、そうなると、気掛かりは金を借りた先である。
下手な相手に借りていたとしたら、この一座の未来は暗いし、こんな善人がこれ以上の苦労を背負うのは見過ごせない。何より、アウラの事もある。
「ちょっと借用書を見せてくれ……ああ、これは――」
ベルハザードは座長が金貸しと交わした借用書を確認させてもらった。
そこにあるサインと紋章に見覚えがあり、心の中で安堵する。
「よくこの人を見つけられたな。ってか、この人じゃなきゃ、ここまでは待ってもらえないか」
「はい。その方は毎年の利子分の他に少しずつ返済してくれれば、何年でも待つと言って下さって」
「本当に運が良かったな。この人は国でも有数の良心的な金貸し屋だ。そうでなけりゃ、今頃は尻の毛も残さず毟り取られていただろうよ」
相手が信用に足る者だとベルハザードから聞かされ、座長たちが安堵の息を漏らす。
となれば、彼の好意に誠意をもって応える必要がある。
ベルハザードはこれからの事を思案すると、アウラたちに切り出したのだった。
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