05 気になって仕方ない
短めです。
本邸の事務室で椅子に腰かけたベルハザードは、天を仰いだままで仕事が手に付かない。
気を取り直して始めようとするも、すぐに彼女の事が脳裏を過って手が止まってしまう。
彼女とはベルハザードがずっと行方を追っていた故郷の幼馴染アウラだ。
一座の中にアウラとよく似た人物を見かけた彼は、そのことで頭がいっぱいで集中できず、何も手に付かない状態になっている。
頬杖をついて今日、何度目かわからない溜息を漏らす。
アウラと思しき、少女の事が気になって仕方ない。
「そんなに気になるのでしたら、直接確かめてみればいいではないですか」
彼の状態を見かねたルルティアナが提案する。
しかし、相手は犯罪への関与が疑われる一座だ。こちらの弱みを握られるわけにはいかないので、迂闊な接触はするべきではない。
「できるわけないだろ。勅命も来てるんだぞ」
勅命――王家からの手紙にあった旅芸人一座の調査のことだ。
昨日の公演を見る限りは、特段、不審な点は見受けられなかった。
だが、初日からそんな簡単に尻尾を出すようなら、とっくに捕まっているだろうし、勅命が来るわけがない。
正直なところは、黒か白か判別つかないから確かめろってところなのだろう。
そうなると、本格的に懐に入り込む必要がある。内通者が欲しいところなのだが。
「気になっている彼女に頼めばいいのではないですか?」
まるで心の内を読んだかのような言葉に、面白く無いベルハザードが僅かに眉根を寄せる。
ルルティアナの提案は確かに理に適っているのだが、仮に協力を得られたとしても、そんな危ない役を任せたくはなかった。
「そんな危ない役やらせるわけにいかんだろ」
「しかし、犯罪関与のある中にいるのでは、いずれにしても危険が及ぶ可能性が高いのでは?」
その言葉を聞いたベルハザードは、血の気が引いていく感覚がした。
確かにルルの言う通りだ。
どうして今まで気付かなかったのか。
だがしかし、どうすればいいのか。
アウラに危険が及ぶ前に対処をしなければ……
顔色を悪くしたまま黙りこくったベルハザードに、痺れを切らしたかような溜息をルルティアナは漏らす。
そして、見ていられないといった口調で彼の背中を後押しした。
「若様の手が止まったままでは業務に支障が出ますし、考えていても答えが出ないのなら、まずは動いてみるのが良いではありませんか」
「……そうだな。行ってみるか」
後押しを受けたベルハザードは意を決した。
衣装かけの外套を手に取って事務室の外へと向かう彼の背中を、複雑な表情でルルティアナが見ていると、不意にベルハザードから声がかけられる。
「どうした? 一緒に行くだろ?」
「っはい」
思いもしていなかった彼の言葉に瞠目したルルティアナは、一瞬だけ言葉に詰まりながらも、返事を返して同行するため、自身の外套を手に取った。
傭兵貴族 ベルハザード――バケモノ級の戦闘能力を持ち、国内最大戦力と呼び声高く、最高難易度の迷宮の管理を任されている。
そんな彼でもこの時はわかっていなかった。
恋焦がれた故郷の幼馴染
妖艶な魔族の美女
ダークエルフの女戦士
麗しき侯爵令嬢
可憐な聖女
この先にある数々の出会いが待っていることを。