幕間その7
「状況はかなり悪い。リンドリオルの迷宮が氾濫する」
「そんな……」
全ての魔物を始末し、負傷者を本営に集めた後、ベルハザードは驚くべき事実を告げた。
ここは陽動で本命はリンドリオルの迷宮を刺激し、魔物を活性化させることにあったのだ。
どんなに急いで戻っても2日はかかる。間に合わないのはわかりきっていた。
ただ、ベルハザードはこの状況でも諦めていなかった。
「提案がある。ルナリアとミスティスの力で俺を転移してくれ」
転移陣を使わずに座標を指定して人や物を転移させるのは膨大な魔力を消費する。消耗している今では2人分の魔力が必要だろう。
ここから帰還しなくてはならない調査隊から、一時的にでも優秀な魔法士が2人も抜けるのは痛手なのはわかっているが、優秀である分、消耗した魔力の回復力も高い。
魔力量で見れば、どちらかの代わりにルルティアナやシェリルでも足りる可能性はあったが、状況を選ばず対応できるメンバーのため、温存するのが上策とベルハザードは判断した。
単身で迷宮都市の救援に向かおうとするベルハザードに対し、誰も異を唱えることはしなかった。
「こんな世界でも救いはある。それを俺が見せてやる」
―――――――――――――――
場所は変わってその頃のリンドリオルは喧騒に包まれていた。
迷宮の異変を察知したザインバッハ辺境伯であるウォーレンは、即座に緊急戦時体制令――略して緊戦令を発した。そのため、非戦闘員は戦闘区域外にある避難先へ移動し、戦闘員及び後方支援員は物資の運搬で人が入り乱れていた。
多くの人が出入りするリンドリオルでは各分野を取り仕切るギルドが存在し、その分野で発生した問題を解決したり、統制を図ったりするなどして貢献している。
その役割から各ギルド長には一定の裁量決定権を認めている。これにより、彼らは問題解決に臨む際、わざわざ辺境伯に伺いを立てる必要がないのだ。そして、この権限が緊戦令下においても効力を発揮し、事前に決められた分野の統括者として自動的に任じられることになる。
この取り決めがあるので、領主が方々へ指示を飛ばす必要がない。
ウォーレンは冒険者ギルドが集めた戦力を率い、迷宮の入口の前に陣取っていた。
先発隊はすでに戦闘を開始しており、迷宮から出てくる魔物と交戦中だ。
迷宮の入口には3つの巨大な門扉があり、非常時はそれが閉鎖して魔物の流出を防ぐ構造になっているのだが、迷宮内に潜っていた冒険者いたため、閉鎖するわけにはいかず、彼らが脱出できたのとほぼ同時に魔物が外へと飛び出してきた。
門扉を閉鎖しようにも、巨大な魔物が閉まらないように押さえているため、魔物の流出を止めることができない状況にある。
迷宮を抱えるリンドリオルは、迷宮そのものを封じ込める設計がされている。
3枚の迷宮門だけでなく、迷宮を囲むように3つの防壁が都市内にあり、魔物を食い止めて避難及び救援の時間を稼ぐことができるようになっている。これは先代のザインバッハ辺境伯が考案し、彼の遺志を引き継いだウォーレンが完成させた。
ただ、これまで防壁に到達されたことはない。
過去の氾濫周期からおおよその発生時期を割り出し、近くなってきたら前兆を見落とさないよう注意を払い、兆しが見えたら迷宮への立ち入りを禁止して迷宮門を閉じることで対処していた。
「こりゃ、骨が折れそうだ」
戦場を見渡したウォーレンは呟いた。
魔物と交戦中の先発隊は相当の手練れ揃いだが、迷宮から途切れることなく出てくる魔物に物量差で押されている。
ここにウォーレンたちが参戦しても、結局はジリ貧になるのは明白だ。となれば、何とかして迷宮門を押さえている巨大な単眼の魔物――サイクロプスを仕留めなければならないのだが、当然にしてその前は魔物の層が厚い。
「まっ、やるしかねーか」
ウォーレンは得物を手に魔物の群れへと飛び込んでいった。
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