05 やっぱりあなたは私の救世主
ベルハザードを迷宮の最奥に残し、ルナリアたちは地上を目指して走り抜ける。
途中で魔物との交戦はあったが、こちらに気付くのが遅れ、先手を取って素早く始末した。どうやら、魔物たちは全てがどこかを目標に移動しているようで、そのため、ルナリアたちに気付くのが遅れた。
「これは……まずいかもしれません」
ふと、ルルティアナが倒した魔物の亡骸を見下ろしながら呟いた。
それにルナリアが、「どういうこと?」と、疑問を投げかける。
「これらが向いていた先は私たちが向かっている先と同じです。つまり、地上を目指していたということ。私たちが探索を開始してから、時間が経っています」
ですから――と、続けようとしたルルティアナはそこで言葉を切った。
ルナリアが一目散に駆け出したからだ。
あそこまで話を聞けば、否が応でも勘付く。例え、それが推測だとしても、可能性があるのなら、早急に確認しなければならない。
逸る気持ちのまま、ルナリアは地上を目指した。
「そんな……」
地上へと戻ったルナリアが見た光景は、破壊されて迷宮に潜る前の記憶とは全く違う有様の拠点だった。
そこかしこから火の手が上がり、黒い煙がもうもうと立ち昇る。至る所に負傷した兵が倒れ伏し、怒号と轟音が耳を劈いた。
「危ない!」
目の前の変わり果てた光景を前に、我を忘れて呆然としていたルナリアの意識は危険を知らせる叫びにも近い声と、体を後ろに引かれたことでたちまち引き戻された。
ルナリアの前にはルルティアナが立ち、襲ってきたであろう魔物に拳による一撃を加えて地に伏させた。
「ルナリア様、しっかり! 諦めてはいけません!」
「う、うん」
ルルティアナの激に辛うじて返事をしたルナリアは、彼女に手を引かれるがままついていく。
聞こえてくる仲間の悲鳴に目を背けながら。
「シェリル! ミスティス! いますか?」
乱戦を掻き分け、二人が着いた先は本営だ。
ここには迷宮調査の間、必要なだけの物資が保管されていた。
加えてその横には負傷者を集めるための大きなテントがある。傷病人を集める関係上、衛生環境を良くするため、神聖力と魔法を融合させた特殊術式が組まれている。これの副次的効果で、魔物がここを避けるのだ。
「ルル! 無事だったのね」
「ルルティアナ……良かった」
しかし、その効果もこれだけの魔物が集まり、瘴気が辺りに漂うになっては薄れてしまうため、本営周りも他とさして変わらない戦場の様相を呈していた。
「ベル殿は?」
シェリルの当然の質問にルルティアナは閉口するしかなかった。
彼女が苦悶の表情で言葉に詰まる様を見て、シェリルとミスティスは何があったのかを悟った。迷宮の奥でも不測の事態があり、それにベルハザードが単身で残ってあたっているのだと。
シェリルが声をかけようとした時だった。
1人の兵がこちらに吹き飛んできたのだ。見れば彼は血塗れで急所を守るはずの胸甲は抉られ、胸元から夥しい血が流れ出ている。
「これには私があたります。シェリルとミスティスは散開して他の援護を」
突然の出来事に動じる様子も無く、ルルティアナは2人に素早く指示を出すと、目の前の巨躯へと向かって行く。
ルナリアは大きな傷を負った兵を癒すため、近くに駆け寄って膝を折る。
ひとまず切迫した傷を治癒したルナリアが顔を上げると、そこには阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
まともに戦えているのは、ルルティアナたちのみ。他は蹂躙される一方だ。
ルナリアは思わず胸の前で両手を組んで神に祈る。
そんな彼女の上から影が差した。
見上げると、巨躯を持つ魔物が彼女を見下ろしていた。
魔物の手に持つ武器が振り上げられる。
ルナリアの危機に気付いたルルティアナが、何かを叫びながら走り寄る。
それらが全てルナリアにはとてもゆっくりに見えた。
でも、自分の体は動かない。
――ここで死ぬのね。
神殿の仲間、家族、そして、ベルハザードの顔が頭を過ぎる。
ルナリアは死を覚悟して目を閉じた。
だが、自分の身が受けるはずの衝撃はいつまで経っても襲ってくることは無かった。
代わりに荒々しい雷雲のような音とともに、聞き慣れた声が耳に届いた。
「祈るだけじゃ状況は好転しない。まして、絶望して立ち止まるのならなおさらだ。そんな暇があるなら、一歩でも前に進むことを考えろ」
ルナリアが目を開くと、眼前に暗紫色の雷を纏ったベルハザードの姿があった。
先ほどまでルナリアに武器を振り上げていた魔物は、跡形も無く灰になっていた。
「ベル! 良かった……無事だったのね」
「あの程度でくたばりはしないさ」
ベルハザードは剣を腰脇に構えると、一瞬で詰め寄り、ルルティアナの前にいた敵を斬り払った。
彼の勇姿にルナリアの胸は熱くなった。
――ああ……あの時から変わらない。やっぱり、あなたは私の救世主だわ。
ベルハザードはその雷光の如き速さで、瞬く間に戦場を埋め尽くしていた魔物を残らず平らげたのだった。
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