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傭兵貴族は気ままに過ごしたい  作者: 夏風
ルナリア編
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04 見せてやらなきゃな

 突然だが、ルナリアはこの世界が好きだ。

 穏やかで優しい両親、頼れる兄、可愛い盛りの弟妹、自分たちを支えてくれる使用人、勤勉な領民、聖女として神殿に預けられる前のルナリアは温かい人々に囲まれていた。


 それは生活の場がメルゲニクに移った後も変わらなかった。

 家族に会える機会は減ったが、母のように慈愛に満ちた聖女指南役の女性、穏やかで兄のように慕った神官、同じく聖女としての資質を見出された同輩、彼、彼女たちとの生活と修行の日々は大変なことも多くあったが、とても充実していた。


 そして、涙を浮かべて自分に感謝を伝える人々――

 ルナリアは人の役に立てることが嬉しかった。

 天災に見舞われようとも、魔物が跋扈しようとも、人の強さを、温かさを感じる。

 ルナリアはこの世界が好きで、この世界を守りたいと心から思った。


―――――――――――――――


「デーモンだなんて……」


 動揺が隠しきれないルナリアの表情には、見て取れるほどに焦りの色が浮かんでいる。

 それもそのはずで、目の前にいるのはいつも相手にしているような魔物とは一線を画すほどに強力な個体なのだ。


 デーモン――同種であっても外観の個体差が大きく、高い知能と干渉能力を備え、上位種であれば一国をも滅ぼせるだけの力があるとされている。また、下位であっても、複数の熟練冒険者パーティが、力を合わせてあたる必要がある。

 それほどまでに、デーモンとは人類にとって脅威の存在なのだ。


 そんな相手を目の前にしたルナリアが動揺するのも無理からぬ話だろう。

 ルナリアは『聖女』だが、『冒険者』ではない。時折、聖女の力を振るうため魔物と相対することはあっても、場数という面ではベルハザードたちには遠く及ばない。

 ただ、数多くの魔物を葬りさってきたルルティアナたちも背中に冷たいものが伝う感覚を覚えていた。

 たった1人、ベルハザードを除いて。


「ルル、ルナリアたちと脱出しろ。上も気がかりだ」


 その後に続く「ここは俺が押さえる」というベルハザードの言葉にルルティアナの目が大きく開かれる。「それはできない」と、反論しようとした彼女の声は、それよりも早く放たれた違う声により遮られた。


「そんなことできるわけないでしょ!?」


 声の主はルナリアだった。

 彼女とてこのままでは全滅しかないことはわかっている。それでも、彼を残して自分たちだけ逃げることは承服しかねた。

 拒否の姿勢を見せるルナリアを何とか説得しようと言葉を探すベルハザードだったが、その思考は入口の扉が勢いよく閉まる轟音で止まることとなる。


「誰も逃がしはしませんよ」


 突然響き渡った轟音に驚いて扉へと向いていた意識はデーモンの放った言葉により、半ば強制的に向き直される。

 ところがそれも、再度扉の方から起こった爆発音でルナリアたちの意識はそちらへと向けられる。

 見れば閉じたはずの扉が、跡形もなく破壊されていた。


「これ以上の問答は却下だ。ルル、撤退しろ。ルナリアも言うとおりにするんだ」


 いつの間にか入口脇にいて大剣を肩に担いだベルハザードの声音は重く、有無を言わせない圧があった。


「ご武運を」

「無事に帰ってきなさいよ!」


 すれ違いざま、ベルハザードにルルティアナとルナリアが声をかける。

 呆気に取られて瞠目したまま表情を固まらせていたデーモンは、自分に向かって歩を進めるベルハザードに気付いて我に返った。


「驚いたな。まさか破られるとは思わなかったぞ」

「そりゃ悪かったな」

「だがしかし! その程度で我と相対せると思っているのなら笑止千万! 我は他とは違う。そう我こそは――」


 口上を述べようとしたデーモンの口は、ベルハザードが床に大剣を叩きつけた轟音によって閉ざされた。

 上半身を前傾にしたままのベルハザードの肩が小刻みに揺れる。


 彼は嗤っていた。


「ああ、デーモン……デーモンね。よく知ってるよ」


 人よりも遥かに強大な力を持ち、魔物の上に君臨する強者。

 高い知能に魔法力、身体能力。

 生まれた時からその強大な力を行使でき、老いて衰えることはない。

 しかし、生まれ持った能力は変わらない。

 老いない代わりに成長もしない。

 初めからその姿で生まれ、その姿のまま消える。

 デーモンは傲慢だ。

 常に自分が上に立ちたいと思っている。

 同種族を殺しても力は奪えない。

 だが、人の魔力は奪えることに気付いた。

 そうして、彼らは迷宮を作り、有望な人間を誘い込み、自分たちの糧としてきたのだ。


 ベルハザードは知識を言葉として吐き出した後、体を起こしてまっすぐに目の前の敵を見据えた。


「たかが、下級(レッサー)ごときが、逆上せ上がんな」


 ベルハザードの言葉は戦いの開始を告げるものとなった。

 デーモンが彼に向って一直線に向かってくるのに対し、ベルハザードは静かに大剣を正面に構えた。


 ――見せてやらなきゃな。あいつが大好きなこの世界には、まだ救いがあるってことを。


 彼の握る大剣が黒い霧のようなものに包まれる。


「デーモンコード解放」


 それは静かで、重い声だった。

ご覧頂いている皆様、ブクマ登録・評価などをして下さる皆様のおかげで意欲が保てています。

誠にありがとうございます。

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