04 ひとまず一座の芸でも見てみるか
旅芸人一座が来訪したのを確認し、今後の方針をウォーレンと相談した結果、内情を探るにしても一先ず、彼らの公演を見て印象を掴もうということになった。
ちなみに、座長は都市に到着したその日のうちに、辺境伯家へ挨拶のために訪ねてきている。
その時の印象は裏表の無さそうな、実に気の良い初老の男性で、とても人攫いや奴隷を酷使しているといったことはなさそうだった。
しかし、悪人が自分から『私は悪い人です』とは言わないように、人の良さそうな仮面を被っているだけかもしれない。
――実際、あいつらも初めはそうだったしな。
ベルハザードは少し昔のことを思い出すと、自嘲気味に笑みを漏らした。
そんなこんなで治安確認と併せ、一座の公演を見るため、ベルハザードはルルティアナとともに街中に繰り出していた。
迷宮都市は大きく分けて五つの区画に分かれており、西に迷宮の入り口と辺境伯邸、冒険者ギルドがある。南側は都市の主要な玄関となっており、多数の人の出入りがあるため、安全面などを考慮し、一座の滞在及び公演場所は東区画にするよう打診していた。
東は商業区画のため、多数の商店がひしめき合っていることもあり、売り上げの相乗効果が見込めることからも条件が良いのだ。
「ルル、右前方1時の方向、物盗りだな」
「そうですね。どうしますか?」
「ギリギリまで待って潰す。ルルは被害者のフォローを頼む」
「わかりました」
ベルハザードとルルティアナが二手に分かれてから、ややあって広場に女性の悲鳴が木霊する。
「ドロボー!」
地面に倒れた女性が手を伸ばす先には、薄茶色の手提げ鞄を抱えた男が走っている。
ベルハザードは男の前に立ち塞がった。
「どけ!」
「警告する。痛い思いをしたく無ければおとなしくしろ」
「カッコつけやがって!」
物盗りの男がナイフを抜いた。
交渉決裂と判断したベルハザードは、迎え撃つ構えを取る。
二人の影が重なった瞬間、物盗りは上空高く宙を舞っていた。その下ではベルハザードが右腕を天高く突き上げている。
男のナイフを掻い潜り、強烈な右アッパーを決めたのだ。
――決まった。
自分のイメージ通り、完璧に決まったこの瞬間を酔いしれる。
「はいはい。浸ってないで後処理してください」
ルルティアナの呆れたような冷たい声が耳に届き、ベルハザードは面白く無さそうな顔で物盗りの男を捕縛すると、駆け付けた憲兵に引き渡す。
加えて男から取り戻した手提げ鞄を女性に手渡した。
「ご婦人、災難だったな。ケガは無いか?」
「は、はい! 若様、ルルお嬢様、ありがとうございました」
「ケガが無くて良かったわ」
二人が手を振ると、婦人はしきりに頭を下げたり上げたりしていた。
ケガが無かったとはいえ、こんな往来で物盗りが平然と発生するのは頂けない。
冒険者の中には荒くれ者も多くいるため、そんな者らが行き来するこの都市の治安を維持するため、相当力を入れてきたが、改めてそれがまだ足りないことを思い知らされた。
「治安についても、何とかしなきゃならんな」
「そうですね。人員の配置を見直します」
しばらく歩くと、遠くに大きなテントが見える。
どうやら、あれが旅芸人の公演用テントらしい。
二人がテントの前まで来ると、座長自らが歓待してくれた。
「ようこそ! お待ちしておりました。ささ、中へどうぞ」
「開演前で準備中だろ? 邪魔にならないか?」
「問題ありません。ささ、どうぞ」
一般客が外で列をなして待っているのをしり目に、ベルハザードとルルティアナはテントの中へと進んでいく。
中央の舞台では、多くの座員が最終調整に励んでいた。
普通では見られない光景だと考えると、これはこれで役得かも知れない。
座長の案内で特等席に通された。全体を見渡せつつ、演技をしている者たちの顔まで見えるとても良い席だ。
――望外に良い席だな。探るのにうってつけだ。
ベルハザードがそんな風に考えていると、隣に座るルルティアナが耳打ちをしてくる。
「相手に警戒心が無さすぎではありませんか?」
「まあ、確かに」
「本当に裏が無いのかも知れませんよ」
ベルハザードは彼女の言葉に、「ああ、そうか――」と、言いかけたところで、固定椅子が壊れんばかりの勢いで立ち上がる。
彼はある少女から目を離せなかった。
本番に向けて剣舞の確認をしている少女。
成長して変わってはいるが、幼馴染で初恋の少女『アウラ』の面影を彼が見紛うはずがない。
それからのベルハザードは目的も忘れ、ずっと彼女の事で頭がいっぱいで上の空だった。