03 やめだ
ルルティアナが拉致された同時刻、ベルハザードは彼女と同じくナハイを視察していた。
普段、ベルハザードとルルティアナは領主代行とその補佐という関係上、一緒に行動することが多いが、今回の視察についてはお互いの専門分野が異なることから、効率性を考えて別行動を取っていた。
ベルハザードがナハイにある工房の総責任者に顔出しを終えた頃、彼の元に急使が飛んできた。
「ルルティアナが攫われた?」
ベルハザードは思いもよらぬ報告に、呆気に取られたことで同じ言葉が口から漏れ出ており、彼が意図せず復唱したそれに顔を強張らせた急使が頷いた。
「事実です。複数の網から同様の報告がありました」
ナハイは表の警備を薄くしている。しかし、それは額面通りの意味ではない。
ここにはベルハザードたちが『網』と呼ぶ、街中を常に監視する役割を持った者が、多数配置されているのだ。
彼らは一般人や工房職人に紛れ、日々の生活や仕事に勤しむ姿は、とてもそんな役目を負っているようには見えない。
戦闘についても十分にこなせるが、その任務の特殊性から面が割れるわけにはいかないので、よほどの有事でなければ表立って行動を起こすことは無い。
「わかった。人員などについてはこちらでやるから、網には引き続き、いつもの仕事に戻るよう伝えてくれ」
では、今回、現領主の娘が攫われるという事態が、『有事』に当たらないのかと問われるわけだが、彼らが動かなかったのは、ベルハザードがこの都市にいることが分かっていたからだ。これは現領主ウォーレンの指示であり、彼らにもその理由はわかっていた。ベルハザードが動けば全て解決する――と。
「連れ去られた場所は報告にあった。細かい場所は魔力探知を使えばわかる。こんな雑なやり方で何とかなるとでも思っているのか……」
急使が去った後、ベルハザードは静かに呟いた。
途端に近くにある調度品や窓が小刻みに震え、恐怖で震える体のようにガタガタと音を発する。
加えて周囲の気温が下がったのかと錯覚するほどの寒気を、ベルハザードに同行していた騎士は覚えていた。
そして、それがベルハザードから発せられた殺気のせいだと気付いたのは、彼の指示を受けてその場を離れた後だった。
――俺の家族に、大切なもんに手を出したこと、後悔させてやる。
ミスティスの件であったように、ベルハザードは人間に対し、明確な殺意を抱くことは少ない。戦場であれば話は別だが、それでも戦闘に至る前に色々と策を練り、戦いを避ける道を模索する。
彼が問答無用で殺意を向けるのは、基本的には魔物だけなのだ。
そんなベルハザードが人を相手に大気を震わし、冷気を伴う程の殺気を放つことは、稀な事であり、彼に敵対した者たちが、彼の逆鱗中の逆鱗に触れたことは言うまでもない。
ベルハザードは単身、ルルティアナが監禁されている建物の近くへと忍び寄る。
見張りの雑な配置を見て、本当にこんな奴らにルルティアナが捕まったのかと疑問が生じるが、ルルティアナの魔力を探ると確かにこの建物の地下にいるようだ。
ただ、既に自力で拘束を解除し、動き出しているようだ。
――これならルルのプライドも考えて知らないふりをしたほうが……
と、ルルティアナの魔力の動きを察知したベルハザードが考えていた時だった。とても不愉快な声が彼の耳に届いたのは。
「今日、捕まえた女は美人だったな」
「ああ、そうだな。楽しみだな」
「待ちきれねぇぜ」
会話が終わった直後、ベルハザードの拳による一撃で見張りの二人は真横に飛んでいった。
「待つのはやめだ」
周囲の空気が揺らぐほどの怒気を纏いて、ベルハザードは建物の扉を蹴破って中へと押し入った。
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