03 迷宮掃除
ベルハザードたちは迷宮内に潜って魔物の討伐を開始した。
表層から順路に沿って下階を目指し、道中の敵は全て殲滅する。
――ホント、迷宮ってヤツは理解に苦しむ。
迷宮都市の管理を任されているザインバッハ辺境伯家の面々にとっても、迷宮は実に不可解なものだった。
際限なく湧き出る魔物、回収してもいつの間にか新たに配置されているチェスト、階によってその姿を大きく変える構造と、どれをとっても人が理解できる領域のものではない。
ザインバッハ領の迷宮は特に攻略が困難とされており、1階から5階までを表層、6階から10階までを上層、11階~20階までを中層、21階から先を下層としている。
下に潜るほど複雑長大化する道程も厄介であり、特に下層は1フロアを探索するだけでも、丸一日を要するほどに広い。しかも、強敵・難敵が徘徊しているため、余計に困難性を助長させていた。
ステイクホルムで最強と噂されるベルハザードの力をもってしても、25階までしか到達できていない。ただそれは、単独で挑んだ結果であり、25階でやめたのも「飽きたから」というもので余力はあったのだが、あまり上を不在にするわけにはいかないという意図もあった。
「っで、ベル、今回はどこまで潜る予定だ?」
「旅芸人一座のこともある。一度の遠征で済ませたい。目指すは20階だ」
「なら、それなりのお宝にありつけるかもな」
ベルハザード一行は順調に迷宮掃除を進めていた。
ザインバッハ辺境伯一家は猛者揃いであり、全員が中層突破済みのため、表層の敵など取るに足らない相手なのだ。
それでも、彼らは決して油断をしない。
確実性を重視しながら、魔物を始末していく。
向かうところ敵無しの様子で進む一行は、4階への階段を前にして歩みを止めた。
「ベル。この先は、いや、この先こそ聖女の本領が発揮できる場所なんだから、全部無視して突っ切っていいんじゃないか?」
「いやいや、親父、そりゃダメだろ」
迷宮内に出現する敵は、基本的にその階ごとの特色がある。
その中でもとりわけ面倒で危険地帯なのが、4の倍数ごとのアンデットゾーンだ。
普通の敵と違って、通常の物理が効かなかったり、特定の手段じゃないと復活したりするだけでなく、生者の気配に敏感で同じフロアに留まっていると、どこからともなく群がってくるのだから、厄介極まりない。
そして、とにかく臭いし汚い。
「バニッシュとか特効系が無いんじゃ、祝福・浄化系エンチャント、もしくは死体を灰にするってなると、消耗は避けられんぞ?」
「それもそうだが、この遠征は掃除の他に、不用意な連中を救護する目的も兼ねてる。多少の消耗は仕方ない」
「じゃあ、効率重視でエンチャントだな。やれやれだ」
ベルハザードとルルティアナが手分けしてメンバーの武器に浄化エンチャントを施していく。これは不浄な存在を傷口から浄化の炎で焼き尽くすものだ。
アンデット系には絶大な効果が見込める上に、こちらの頑丈さが増す効果もある。
まあ、特効が見込める対象以外だと、攻撃面の恩恵は雀の涙程度しかないのだが。
「……いつ来ても臭いです」
フロア一帯に漂う腐臭に、思わずルルティアナが顔を顰めて鼻をつまむ。
実のところ救援要請が持ち込まれる頻度が、最も高いのがこのアンデットゾーンなのだ。
さすがに4階はそうでもないが、16階や20階の依頼をベルハザードは度々受けている。
何度も足を運んでいる彼でも、ここの不快さは慣れるものではない。
「……魔法で臭いを和らげるから、迅速に済ませよう」
一行はとにかくスピードを重視して手当たり次第に敵を薙ぎ払いながら進み、最速記録を叩き出したのは無いかという速さで4階を踏破した。
そのままの勢いで5階も突破し、最初の休息所に到着する。
迷宮内には特定の場所に敵が侵入してこない区画が存在している。
具体的には5の倍数の階から次の階へと続く階段が長くなっており、その途中にあるのだ。
休息所は定期的にギルド職員が整備しており、簡易的なベッドや治療薬、保存食糧が置かれている。また、転送陣という離れた場所に一瞬で移動できるものも設置されているのだが、迷宮内に飛ぶ時はギルド職員の魔力で飛べるのだが、帰る時は自分たちの魔力を使用しなければならず、この消費量が大きいため、一度脱出してすぐ戻るというのは現実的ではない。
そんな欠点もある転送陣だが、休憩所の整備と併せて設置したことで、冒険者の生還率が大きく向上したのだ。
予想外の被害を負っても、何とか休息所に辿り着ければ、転送陣で帰れなくても救援を待つことができることは、絶望の中に差す一筋の希望となり、窮地に立たされた冒険者たちに力を与えることだろう。
その冒険者の希望とも言える休憩所で嘆息を漏らす者たちの姿があった。
「期待はしていなかったが、想像以上にしょっぱいな」
「ああ、まったくだ。ここまで酷いとは思わなかった」
道中のチェストから得た戦利品を確認するベルハザードとウォーレンがうなだれる。
そんな二人をルルティアナが冷たく突き放す。
「表層で何を期待しているのですか」
「そりゃ、そうだけどよ。期待はするもんだろ?」
「いえ、まったく」
その言葉にベルハザードとウォーレンが真顔になる。
気付けば、彼女以外のウォーレンの息子・娘はさっさと仮眠の体勢に入っていた。
「……はぁー。親父、先に休んでくれ。俺が先番する」
「そうか? では、頼むぞ」
「ルルも休め。先は長い」
「では、お言葉に甘えて遠慮なく」
自分以外の遠征隊メンバーが寝具にくるまった後、ベルハザードは一人、照明の灯を見ながら干し肉を噛み千切った。
それから数日をかけて目標にしていた20階に到達した。
道中で発見したチェストに心躍らせたが、めぼしい物は何も得られなかった。
ただ、行き詰った冒険者を救援できたのは、苦労に見合う成果だろう。
「それじゃ帰るか」
目的を果たしたベルハザードたちは、休憩所の転送陣から地上へと帰還を果たす。
戦力としては充実していたため、苦戦らしい苦戦は無かったが、どうしても疲労は溜まるもので、その日、ベルハザードは泥のような眠りに押し流された。
翌日、街中が騒がしいことに気付いて表に出ると、中央通りに多くの人だかりができていた。
どうやら、予想していたよりも早く、旅芸人一座が到着したらしい。
もう少し準備をしておきたかったが、こうなっては仕方ないので、ベルハザードは今後の方針をウォーレンたちと相談しようと考え、一座の中に懐かしい面影を残す人物を見かけた気はしたが、それを確認することなく、邸へと踵を返したのだった。