04 愚かな行いをしても、真実愚か者とは限らない
王族が頭を下げるというあってはならない行為を前に、二人の護衛騎士は息を呑んだ。これにはベルハザードも目を丸くし、裏切り者を拘束するルルティアナも彼と同様に目を大きく見開いた。
「殿下、頭を上げてください」
「いや、これはケジメとして必要なことだ」
「それなら、私も殿下に謝罪しなければなりません」
ベルハザードの告白に驚き、レイノルドが顔を上げた。
それからベルハザードが室内の誰もいない空間に視線を向け、頷くと空間が歪んだ後に二人の女性――ミスティスとシェリルが姿を現した。彼女たちはもしもの時に備え、事前にベルハザードの指示により、ミスティスの魔法で姿を消して室内に潜伏していた。
本来であれば、王族にこのような対応は不敬極まりないのだが、自分への謝罪と言って頭を下げたままでいるレイノルドに、自身の非をベルハザードはあえて彼に晒すことでお互い水に流そうと言外に伝える。聡いレイノルドは言葉は無くとも、ベルハザードの意を齟齬なく受け取り、彼の申し出を受け入れた。
「そういうことであるなら……礼を言う」
「恐れ入ります」
「それと貴殿のことだ。アリ……マスティア侯爵令嬢も手を回してあるのだろう?」
「はい」
ベルハザードはこの邸にアリシアがやってきた経緯から、彼女がどこにいるかを包み隠さず、レイノルドに説明した。エゼルバルドからも聞いていたが、この場での会話で彼が衆目の中で無計画に婚約破棄騒動を起こすようには、到底思えないとの結論に至った。
そうであるなら、何かしらの考えがあっての行動だということであり、それについても見当がついている。そうであるならば、隠し事をしても無意味であるし、何より彼の行動に対して失礼だから。
ベルハザードから語られる経緯を静かに聞いていたレイノルドは、彼の説明が終わってから深く溜息をこぼした。
「そこまで考えていてくれていたとは……本当にいくら礼を言っても足りないな」
「色々と思うところもあるとは思いますが、今はマスティア侯爵令嬢を迎えに行きましょう」
「ああ、そうだな」
その頃、アリシアは話にあったように迷宮の中にいた。ただし、それはベルハザードの指示であり、5階の先にある休息所で待機していた。
もちろん一人ではない。彼女を道中で保護したゲーニッツとウルスラが、進んで彼女の護衛を引き受けた。
基本的に休息所に魔物が侵入してくることは無いが、他の冒険者と鉢合わせる可能性はある。
アリシアの実力については、迷宮に送り出す前に確認していたので、ベルハザードも彼女が相当の実力者であることはわかっていたが、そこは念には念を入れたわけだ。彼女自身の実力に加え、二人の力があれば、まずアリシアに不埒な真似をできる者はいない。
ベルハザードたちは当然の如く無事だったアリシアと合流した。
言葉を発さず静かに視線を向けるアリシアに対し、それを一身に受けるレイノルドはか細い声で彼女の名前を呼び、出しかけた手を引っ込めようとする。自分に彼女の手を取る資格は無い――と。
しかし、その手は引き戻される前に止まった。
アリシアの手が躊躇いがちに出され、そのまま自分に触れることなく戻ろうとするレイノルドの手を掴んでいた。彼女に酷い仕打ちをした自覚のあるレイノルドは、思いもしなかったアリシアの行動に驚愕して顔を向ける。
そして、その時に初めてアリシアの顔をしっかりと見た。
アリシアの顔にはレイノルドを憎んだり、恨んだりするような色は無かった。それどころか非難さえもしていない。
「このたびは守ってくださり、ありがとうございました」
アリシアは感謝を伝えた後、ベルハザードたちには見せたことも無い少し茶目っ気のある仕草と声で「ちょっと詰めが甘いですけど」と、付け加えた。
そう……彼女は知っていたのだ。正確には察したのだ。
長い時間を婚約者としてともに過ごしてきた彼が、そんな不誠実なことをするわけが無い――と。
彼女自身もわかっていたのだ。良からぬことを企む輩がいることに。
だからこそ何も言わず、レイノルドの演技に乗ったのだ。
「まったく……本当に君には敵わないよ」
レイノルドは眉尻を下げ、今は元婚約者となったアリシアに苦笑した。
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