03 友の弟だからというのもある
ダイニングルームには当主代理であるベルハザードをはじめ、ルルティアナ、アウラ、ソフィア、ミスティス、シェリルと彼に近しい者が一堂に会し、更に帰還途中にアリシアを助けたゲーニッツとウルスラも同席していた。
この部屋の中でアリシアだけが、ザインバッハと関係が無いこともあって居心地が良くなさそうである。貴族令嬢であり、第二王子の婚約者でもあった彼女は極力、表に出さないように努めてはいるが、やはり所在無いのだろう。
テーブルの上に並べられた様々な料理は、これからの執務を考え、しっかりと栄養を補給できながらも、体の負担とならないよう消化の良い調理方法が取られており、辺境伯家に仕える料理人の質の高さを物語っていた。
そんなしっかりと主たちのことを考えられて作られた料理を食べ終わり、食後のティータイムで一息吐く中
ベルハザードが何の前触れもなく口を開いた。
「マスティア侯爵令嬢。あなたにはこれから迷宮で窮地に陥ってもらう」
「……はい?」
アリシアが迷宮へと向かった後、ベルハザードの元にある人物が訪ねて来た。
この騒動の発端、第二王子レイノルドである。
彼は衆目の中で婚約破棄を宣言するような人間に似つかわしくないほど、礼儀正しく目下にあたるベルハザードに対し、初めに突然の訪問を詫びた。
「ザインバッハ辺境伯代理、この度は先触れも無く訪問した非礼を詫びる。申し訳ない」
「気兼ねして頂く必要はありません。こちらは殿下がいらっしゃることを事前に知っておりました」
「――! ……そうか、兄上か。羨ましい限りだよ。そうであれば、私がこちらに来た理由も知っているということでいいのかな?」
「はい。存じております」
「そうか。それは話が早い。では、早速――」
「殿下」
レイノルドはベルハザードとエゼルバルドの間にある強い信頼を羨ましく思ったが、頭の中からその思いをすぐに霧散させ、彼に確認すれば予想どおり、自分の目的は既に知られていた。
それならば、余計な問答は必要ないと切り出そうとしたところで、レイノルドの言葉はベルハザードによって遮られた。
「マスティア侯爵令嬢はここにはいません」
「なに? どういうことだ?」
「彼女は我々を訪ねることをせず、迷宮へと足を踏み入れました。どうやら王家やご自身の家から追手が差し向けられる可能性と、我々もその手先となっている危険性を考えてのことのようです」
「なっ……そんな……」
ベルハザードがここにアリシアはおらず、彼女は迷宮に向かったことをレイノルドに伝えると、彼の顔は蒼褪め、声が震えていた。彼が動揺しているのが手に取るようにわかる。
このことからも彼がアリシアを害する気が、ベルハザードには無かったことが伝わった。
「ともかく、マスティア侯爵令嬢救出のために迷宮へ向かいましょう――と、言いたいところですが、その前に不穏分子は排除しませんと」
「な、なにをする!?」
王族として心理状態を発露してしまうのはまだまだだな――と、思いつつ、ベルハザードは視線を移してレイノルドの後ろに控える三人の護衛騎士の内の一人を見据えた。それを合図に部屋の隅に控えていたはずのルルティアナが、いつの間にか騎士の背後に移動しており彼を拘束する。
騎士は床に押し付けられた後、ルルティアナの拘束に抵抗していたが、すぐにおとなしくなった。よく見ると、彼女の手には鈍く光る細い針がある。暗器の使い手である彼女の麻痺針だ。
突然の出来事に言葉も無く見ているだけのレイノルドを守るように二人の騎士が、背中に隠してベルハザードとルルティアナを警戒する。腰の剣には手がかけられ、目には強い覚悟を湛えている。例え自分の命を犠牲にしても、主人を守るという覚悟を。
「無理な話でしょうが、そう警戒しないでください。殿下、傍に置く者の身辺はしっかりと洗うことをお勧めします。まあ、言われずともやっていたとは思いますが」
「どういうことだ?」
「その男は殿下の兄君というより、現王家に不満を持つ家の息がかかっています。その者はあの夜、マスティア侯爵令嬢を無理やり馬車に乗せて王都から連れ出し、野に放り出したのです」
「しばらく姿が見えなかったから、理由を問えば『捜索に出ていた』と言っていたが……違和感の正体がわかった。他は動いていないのに、何故一人だけ早く動けたのかと。ベルハザード殿」
レイノルドは護衛の騎士二人を下がらせると、ベルハザードに向き直って深く頭を下げた。
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