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傭兵貴族は気ままに過ごしたい  作者: 夏風
迷宮都市の傭兵貴族
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02 傭兵貴族のお仕事

「ルル、あっちからの依頼の進捗はどうなってる?」

「八割方終わっているそうです。うちから派遣した者たちの損害はありません」

「そうか。上々だな」


 本邸の事務室でベルハザードはルルティアナとともに仕事を片付けていた。

 ルルティアナは事務に差配に戦闘にと多忙なベルハザードを支えるグラマラスで有能な美人秘書だ。

 彼女から渡される各地方に派遣した傭兵たちの報告書に目を通して進捗具合や損害状況などを確認し、必要な対応を書類に記入してから、最後に自分の署名をして処理が終わる。

 報告書の内容から現場の状況をイメージして判断しなければならないので、思いっきり頭は使うし、必要事項の記入と何度も自分の署名をするため、手も疲れて仕方が無い。

 それでも、有能なルルティアナが地方ごとかつ優先順序を仕分けてくれてあるので、幾分もマシなのだが、あまりの手が足りていないことを思い知らされる。


「それと、若様。先ほど、旦那様からの言伝がありました。すぐに訪ねてくるようにと」

「なに? ……はぁー、めんどくさい予感しかしないんだが」


 親父に呼び出されると、大抵、ロクなことが無い。

 いつも小言を延々と聞かされる。小言とは言っても、常人の何倍もの声量なのだが。

 小言じゃなければさっさと嫁を迎えろだとか、大きなお世話だ。


「仕方ない。行くか」


 ベルハザードは何とか片付いた書類に一息つく間もなく、重い腰を上げたのだった。


「ベル、やっと来たか! 全くわしを待たせるとは、偉くなったのぅ?」


 ベルハザードは敷地内にある離れで暮らす当主のウォーレンの前に座っていた。

 彼は上機嫌に豪快な笑い声を上げる。


「それで仕事の方はどうだ?」

「ああ、前に一組助けたばかりだが、迷宮は今のところ落ち着いてる」

「そうか、そうか。お前のおかげで我が家は安泰だ! わしも息子たちも感謝しているぞ」

「ああ、そうだろうな。めんどくさい事は全部、俺に丸投げだもんな」


 迷宮都市――その名の通り、迷宮の上に作られた都市だ。

 その目的は、迷宮の入出管理、定期的な迷宮探索、迷宮内の魔物討伐に研究、そして、迷宮にいる魔物の大流出時の盾となることである。


 迷宮都市の管理を王家から任されているザインバッハ辺境伯家は、死を撒き散らす危険地帯を抱える特殊性から、後継者に養子を取ることが許されている。

 魔物との戦闘が日常茶飯事のここでは、力が無ければ飲み込まれるだけであったため、いわゆる実力至上主義が認められていた。

 現辺境伯も先代の実子ではなく、実力を認められて辺境伯の地位に就いたのだ。


 その辺境伯には三人の妻がおり、五人の息子と三人の娘がいるが、みんながみんな、こんな面倒な場所の当主は嫌だと拒否していることもあって、外から家に入ったベルハザードが家督を継ぐことに抵抗するどころか、歓迎さえしている。

 ただ、こんな魔物の湧き出る場所で生まれ育ったためか、しっかりとした実力は備えており、彼の要請に応じて戦闘に加わってくれることもある。


「して、傭兵団の方はどうだ?」

「報告書を見る限りは順調だな」


 ザインバッハ辺境伯家には、迷宮管理・監視の他にもう一つ重要な役割があった。

 それは国家傭兵団の育成及び管理並びに差配である。

 ザインバッハ辺境伯家が属するステイクホルム王国は、国が傭兵団を所有している。

 そして、その管理を辺境伯家は王家から任されているのだ。


 ただでさえ、厄介この上ない迷宮の管理だけでも苦労が絶えないと言うのに、国家傭兵団まで何とかしろと、国から言われれば、投げ出したくなる気持ちもわからなくはない。

 代わりに厚遇されている面があるのも事実だ。

 納税義務の免除に自由判断権、迷宮内拾得物の独占権となかなかに破格の内容なのだが、それを差し引いても割に合わないと感じるのは、その煩雑さのせいだろう。


「順調なのは良い事だ。今日はお前にこれを渡したくてな」

「これは?」


 ウォーレンは一枚の便箋をベルハザードに渡した。裏を見ると、開封済みではあるが、王家の封蝋が目に入る。

 これを見ただけで確実に厄介事だと察したベルハザードは、やはりかというような視線をウォーレンに向けた。


「ははは! そんな顔をするな。1ヶ月後に聖女が来るだけだ」

「だから面倒なんだろう」


 聖女来訪は他の領地などを見ても、別に珍しいことじゃない。

 ただ、ここは迷宮都市という特別な地ということがあって、彼女の風当たりが厳しいのだ。

 しかも、必ず迷宮内に潜るので、その護衛もしなければならない上に、聖女はいつもベルハザードを護衛の一人に指名していた。

 王家からの手紙に目を通したベルハザードが眉根を寄せる。


「まあ、いつも通り、事前掃除しとけば、問題無かろう」

「……当然、手伝ってくれるんだよな? 親父殿」

「ああ、もちろんだ! 息子たちも協力させるぞ」


 聖女の護衛にその事前準備と彼にとっては、面倒極まりないことだが、ウォーレンたちが手伝ってくれるのは心強い。彼らはそこらの冒険者よりよっぽど強く、国家傭兵団の中でも上位に位置する実力者だからだ。


「それじゃ、明日、早速狩りに出かけるとしよう」


 そう言ってベルハザードが立ち上がろうとすると、ウォーレンに止められた。


「ベル」


 ウォーレンのそれまでとはまるで違う声音と表情に、ベルハザードも只事ではないことを察して腰を下ろす。


「わかったと思うが、数日以内に、ここリンドリオルに旅芸人の一座が訪れる予定だ」

「ああ、そう書いてあったな。そいつらがきな臭いってのも」

「旅芸人で臭うなんて言うのは、だいたい何してるか予想はつくが、用心に越したことは無い。掃除はさっさと終わらせるぞ」

「そうだな」


 ベルハザードはウォーレンの言葉に真剣な表情で頷く。


「それはそうと、嫁はどうなんだ?」

「また、その話か。興味ないって言ってるだろ」

「興味ないわけがないだろ。お前も健全な男なんだから」


 真剣な表情はどこへやら、おどけた口調でウォーレンは彼に言った後、少し困ったような顔をする。


辺境伯家(うち)は他んところと比べれば、結婚は義務って義務じゃないが、好いた女と一緒になるのはそれとは別ものだ。だから、俺の()を近くに置いてるってのに……あいつはあれで意外と満更でも無いんだぞ。俺がお前を気に入っているように、ル――」

「ウォーレン」


 ベルハザードから発せられた低く重たい声音にウォーレンの言葉が止まる。


「何度も言ってるが、俺は諦めたわけじゃない。変わらず、辺境伯当主代行としての責務は果たす。だから、これに関しては踏み込むな」


 ベルハザードは強い口調で言い切って立ち上がると、強い足取りで部屋を後にした。

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