02 まずは指揮系統をはっきりと
今回は傭兵の仕事ということでルルティアナとアウラに留守を頼み、動員する人数の多さから部隊指揮能力が必要になるので、ウォーレンと彼の三人の息子が同行することとなった。ベルハザード自身の戦術戦局眼は高く、その用兵術には目を見張るものがあるが、戦局の変化に柔軟に対応する必要があるため、局面指揮を任せられる人材は多いに越したことは無い。
勿論、エルフ側にも有能な人材はいるだろうし、傭兵団の中にも十分な能力な持ち主はいる。ただ、彼らを纏め上げる立場の人間は必要だ。命令系統の明確化は戦闘の規模が大きくなればなるほど重要になる。
その点、ベルハザードたちの実力を傭兵たちはよく知っているので、安心して命を預けられるし、立場的にも国家傭兵団のトップとその家族なので、名実ともにベルハザードたちの命令で動くのに何も不満は無い。
では、エルフ側はどうだろう。
今回、要請交渉に出てきたシェリルはダークエルフだ。しかも、族長の娘なのでダークエルフ側は承知の上ということだろう。
種族の危機とはいえ、シェリルたちが王族の了解を得ずに単独で動いたとは考えにくい。順番が逆になったとしても、報告は済ませているはずだ。それに他種族に助力を請うほどの危機的状況下であれば、国の損益を優先する王族がベルハザードたちを邪険にするとは思えないので、こちらも問題無いだろう。
だが、ライトエルフ側の出方は予測できない。
シェリルから聞いた限りでは、蛮族による攻撃はかなり苛烈なようだ。
森林の外縁地域にあるいくつもの集落が壊滅させられている。
当然、エルフ側も黙ってやられているわけでは無い。自分の家族を守るため、懸命に戦っている。
問題なのが、奴らは激しい抵抗を受けると平気で森に火を放つのだ。
ドレーブルの多くは魔法を使わない。そっち方面の技術があまり発達していないのだ。
そのため、森に火を放ち消火のために魔法を使わせることで、その脅威を封じ込めている。
――野蛮人の割には知恵が回るな。
魔法を封じるという面においては一定以上の効果が見込めるが、代わりに森の恵みも等しく灰にしてしまうという欠点もある。まあ、戦をする以上は何は無くとも勝つことが優先されるものだ。
「親父、俺たちは歓迎されるかね?」
「どうだろうな。まあ、少なくとも黒エルフたちは大丈夫だろ」
「白エルフがどう出てくるか、か」
グレイスフォレストに到着したベルハザードたちを王族自らが歓待してくれた。
とはいえ、部外者である彼らに向けられる視線は決して好意的なものばかりではない。
シェリルと同じダークエルフは全員とはいかないまでも、多くが好意的に接してくれる。そうでない者たちもベルハザードたちを探るような様子はあるが、敵意を感じさせることは無い。
しかし、ライトエルフはまさしく正反対だった。
好意的な者たちなど皆無なのではないかと思わせるほどであり、今回の救援について本当に王族から許可をもらっているのか疑問に思えてくる。
そんなベルハザードの心中を察したシェリルが彼に弁明する。
「申し訳ない。王の裁可はもらっているのだが」
「危急を要するとはいえ、勝手に動いたのが面白くないってところか」
「おそらく」
シェリルは言葉を濁しながら、厳しい表情で俯いた。
ドレ―ブルとの戦力差はさておき、躊躇なく森に火を放つような奴らが相手だ。長引けば勝利したとしても、損害は計り知れないものになる。森の中では無類の強さを誇るエルフたちでも、それが封じられれば正面からぶつかるしかない。
早期決着――それが求められる中、不慣れな平野での戦いを強いられるのであれば、不利を覆せる一手が必要だ。その一手がベルハザードたちステイクホルム傭兵団なわけだが。
――見かけどおりに狭量ってわけか。
ダークエルフはシェリルが良い例で、褐色の肌に濃い髪色と瞳を持ち、男性は引き締まった筋肉質な体をしており、女性は凹凸のはっきりした蠱惑的な体をしている。
ライトエルフは白い肌に薄い髪色と瞳を持ち、男性でも細い体付きで逞しさからは離れており、女性も全体的に細くすらっとしたスレンダーな体をしている。
ベルハザードはそんなライトエルフの体型を見て、細いから狭量と言ったわけだ。
彼らしいと言えば、彼らしい考え方だ。
そんな彼の感想は置いといて、戦に臨むにあたって完全な一枚岩になれずとも、対立するのは避けたいのが実情だ。
後ろが信頼できなくては敵に集中できない。それはお互い様だろう。
――彼らは森の中では敵無しだが、平地戦闘では力不足だ。戦術面で弱いと言った方が正しいか。可能ならこちらの指揮下に入ってほしいが、できなくてもシェリルたちが主導権を握ってくれれば。
と、色々と考えを巡らせていたベルハザード。彼の横ではウォーレンも同じく戦闘に向け、戦術を考えていた。交渉役をベルハザードに丸投げして。
ところが、ベルハザードの心配は杞憂に終わる。双方の部族が一堂に会した場で、今代のエルフ王がベルハザードたちに指揮権を一任したからだ。
これにベルハザード側は驚愕を禁じ得なかったが、ダークエルフ側は静かに立ち上がると、彼らに頭を下げた。
対するライトエルフ側は質問を投げかける。
「貴殿に問いたい。此度の救援による見返りは何か?」
「傭兵団は国のものであり、私は預かっているに過ぎない。それ故に国に相当な報酬が払われれば、それ以上を求める意思は無い」
「今後、貴殿の所領で得た物の所有権については?」
「それもこれまでどおりであり、今回の件が影響を及ぼすことは無い」
「相分かった。まずはこれまでの態度を謝罪させてほしい。申し訳なかった。我らの命運、貴殿に託すことに異存は無い」
ライトエルフの態度が芳しく無かったのは、救援の見返りに自分たちの土地への介入や法外な見返りの要求、更にはリンドリオルでの活動している同族への影響を懸念してのことだった。
それをきっぱりと『無い』と断言したベルハザードの姿に、ライトエルフ側も彼らに従う意思を示した。
これによってドレーブルと戦うための最も重要な準備が整った。
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