幕間その2
幕間の割に少し長くなってしまいました。
この日ベルハザードは、アウラ、ソフィア、ルルティアナの三人と新加入のミスティスを伴い、孤児院を訪ねていた。
ここ迷宮都市リンドリオルには意外なことに浮浪者たちが屯するような貧民街、俗にスラムと呼ばれる区画が無い。これはとても珍しいことで、この国の王都であるメルゲニクでも狭いながらスラムが存在している。
これらはザインバッハ辺境伯を先代から引き継いだウォーレンが行った施策と、更にその問題点を改善しながら継続しているベルハザードたちの努力の賜物だ。
迷宮都市は流れ者が多い。この場所で何世代も続いている家などほんの一握りしかない。
それらは初代ザインバッハ家とともに、迷宮調査の王命を受けてこの地を開拓した家だ。
しかし、その数はこの地に来てから、たった数年で半分以下にまで減らされた。それだけ、リンドリオルの迷宮は手強い存在だったのだ。
迷宮調査のために王命を受けた者たちの数は減れども、それ以上に多くの人々が流入してきた。
理由は勿論、迷宮である。
ここの迷宮調査は遅々として進んでおらず、もし自分が最奥に一番乗りを果たせば、国から褒賞があるかもしれない。そうでなくても、迷宮内に生まれる宝物や魔物の希少素材が得られれば、一攫千金も狙える。
リンドリオルに流れてくる者たちは、事業に失敗して財産を失った者であったり、成り上がりを夢見る者であったり、そういった冒険に繰り出す者たちを相手に商売をする者だったりする。
そして、初めは気休め程度の柵がある拠点だった場所が村に変わり、街へと発展し、今では迷宮都市とまで言われるまでになった。
当然、流れ者の中にはならず者もいるわけで、街へと拡張した頃合いから問題が浮き彫りになるが、それでも何とか抑えられてきた。
ところが都市にまで発展しようかという時に、闇ギルドが台頭し、孤児や異民族が攫われることが頻発するようになり、その他にも被害が多数確認され、住民は裏稼業の者たちの影に怯える日々を過ごすようになる。
それを解決するために特に力を入れたのが、ウォーレンの前、先代辺境伯である。
まず、都市内部を整備するための資金を捻出するため、迷宮内で得た宝物の売買価格の内、一割を税として課した。
次に王家に掛け合い、ザインバッハ辺境伯領の特権を承認させる。
更に雇用にあぶれた者たちで、特に腕に自信のある者の働き口として『国家傭兵団』の設立を提言した。その前段階として領軍傭兵斡旋所を立ち上げ、働き口を確保しながら戦闘技術教育を施すのと併せ、礼節や立ち振る舞いの洗練も行ったことで、領内の戦力強化と国の利益に貢献する。
また、戦力の振り分けを行い、即戦力として傭兵団に参加できる者と、それなりに実力はあるが傭兵団への参加は難しい者、まだ力不足で教育が必要という三つの区分にし、傭兵団に参加できないまでもそれなりの実力者は、街道の警備にあたらせて実戦経験を積ませつつ、安全確保ができたことで、迷宮都市への出入りする商人や冒険者などの数が増えることとなった。
他にも挙げればキリがない画期的な政策の数々だが、それでも何らかの理由で孤児が生まれてしまうのは防ぎようがない。特に家族で移住してきて、生計を立てる為に冒険者になった親が命を落とし、その子供が孤児になることは決して珍しい話ではない。
先代の辺境伯は有能だったが、孤児の問題については領主直轄で院を建設するも、それ以上の成果を挙げることができず、窮地に陥った一党を救出するために迷宮へと赴いた際に致命傷を負い、ウォーレンに後事を託してこの世を去った。
この事件を重く見たウォーレンは、迷宮内の休息所に支援物資や緊急脱出用の転移陣を設置する。
ただ、ウォーレンの孤児に対する施策は先代の偉業と比較するとお粗末で、衣食住の充実を図っただけだった。まあ、それでも日々を生きる上で欠かせないもののため、大変重要ではあったが。
それを改善したのが、現在、領内政策の実質的な舵取りをしているベルハザードだ。
子供はいずれ大人になる。
個人の特徴を見て、これから先に活かせる知識や技術を習得できる教育の場を用意した。
ベルハザードとしては、子供たちに危険や血生臭さとは無縁の生活を送ってほしいと願っているが、そこはやはり迷宮都市にいる子供だけあって、騎士や冒険者を志す子が大半だ。自分の願いなどお構いなしな子供たちに苦笑いを浮かべながらも、ベルハザードが邪険にすることは無い。
ベルハザードたちは個別に分かれ、自分が担当する分野に集まった子供たちの相手をする。
アウラは裁縫、ソフィアは意外にも料理、ルルティアナは読み書き計算、ベルハザードは勿論戦闘教練だ。ちなみにミスティスは持ち前の魔力操作を見込まれ、魔法に関する分野を担当している。
「ベル兄ちゃん。あの人……角があるけど?」
「ああ。ミスティスは魔族だからな」
不意に男の子からミスティスについて問いかけられた。
そこでベルハザードは子供たちに、名前と担当する分野以外を教えていないことに気が付いた。
「そっかぁ~。角があるのはびっくりだけど、角だけだもんな。他は俺たちと変わらないし。それよかミスティス姉ちゃんの魔法、すっげぇ!」
ここの子供たちは純粋だ。
偏見は無く、穢れの無い瞳であるがままを受け入れる。
きっと、彼らにはわかるのだろう。その見た目とは関係のない、ミスティスの人柄が。
「そうだろう? あいつはすごいのさ」
人に、世の中に、恨みを抱いてもおかしくない経験をしながらも、それをすることなく、こうして人の力になることができる。
ベルハザードは子供たちに笑顔で接するミスティスの姿が眩しく思えたのだった。
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