05 魔族は人間だ
ミスティス編のラストになります。
ベルハザードは無法者たちを連行して地上へと戻る。
その傍らには、アウラとルルティアナに付き添われたミスティスの姿もあった。
ルルティアナとともにギルドを訪れたベルハザードは依頼に関する顛末の報告と併せ、狼藉者どもを引き渡す。
勿論、この後彼らには尋問が待っている。
彼らはまずい相手に手を出した。
この迷宮都市を治める辺境伯の身内にして、次期辺境伯であるベルハザードにケンカを売ったのだ。この都市に住まう者たちはザインバッハ辺境伯家、特にベルハザードには大きな恩義を感じている。それはギルドも例外ではない。
狼藉者たちに待つのは尋問と称した処罰であり、それが終われば今度は特別矯正プログラムが待っている。
無論、彼らは無法者だ。
そんなのを真正直に受ける気は無いのだが、それを見越してベルハザードは――
――『本当なら迷宮の中に縛り上げたまま放置しても良かったんだぞ? 折角、拾った命だ。みずみす捨てることなんて無いようにな』
そんな悪党も真っ青なセリフを彼らに言い残して邸へと戻って行った。酷薄な微笑を浮かべるベルハザードに彼らが震えあがったのは言うまでもない。
彼らは逃げるのを諦め、ここで大人しく従う道を選んだ。そうしなければ、悲惨な末路が待っていると察したから。
さて、ベルハザードがギルドで引継ぎを行っている頃、辺境伯邸では先に戻っていたアウラが使用人と一緒に、ミスティスをあれやこれやと着飾っては感嘆の息を漏らしていた。
ミスティスもギルドへの報告に同行する予定だったが、彼女に向けられる奇異の目を感じ取ったベルハザードが往来のど真ん中で叫んだ。
――『こいつは人だ! 変な目で見るんじゃねぇ!』
ベルハザードの叫び声に道行く人はバツの悪い顔をして俯きながら、そそくさと足早に去って行った。
だが、さすがに彼女をこれ以上、衆目に晒すのは憚られたので、ベルハザードはアウラに頼んで先に邸に戻らせたのだ。
そして、一足先に邸へと戻ると、アウラは使用人にミスティスの湯浴みを頼んだ。
敏腕使用人の手により、磨かれたミスティスを見たアウラは大興奮、そのまま彼女にされるがまま、ミスティスは着せ替え人形と化していた。
「……何をしているんだ?」
ギルドから戻ってきたベルハザードとルルティアナは、ミスティスを着飾っては身悶えるアウラたちを見て目を丸くした。
ベルハザードは気を取り直してアウラを窘めると、ミスティスに部屋をあてがい、体を休めるように言った。
「遠慮しなくていいぞ。今はゆっくり休んで後で少し話を聞かせてくれ」
ベルハザードは目を瞬かせて自分を見上げるミスティスの頭を優しく撫でた後、アウラたちとともに部屋から出て行こうとすると、不意に腕を掴まれた。
振り返ると、俯いたまま自分の腕を掴むミスティスは何かを伝えたいけど踏ん切りがつかないのか、切れ切れに声を漏らしている。
ベルハザードたちは急かすことなく、彼女の言葉を待った。
やや間を置いてミスティスは顔を上げた。
「私の話を聞いてください」
ミスティスの話によると、彼女は魔族の集落で暮らしていた。
ある時、魔物の襲撃に遭い、逃げている内に家族とは離れ離れになってしまい、彷徨っているところを、ならず者に攫われて人買いに売られてしまった。
そして、何とか隙を見て逃亡し、今に至る。
「助けてくれてありがとうございました。しかし、これ以上、私がいては迷惑になりますので、ここから出て――」
「何を言っているんだ? 別に迷惑でも何でもないぞ」
「えっ?」
「仲間に伝えるから両親の特徴を教えてくれ。いつ見つかるかわからないが、俺も仲間も各地に傭兵として出向くからな。仕事の傍ら捜してみるよ」
思ってもみない提案にミスティスは呆気に取られて言葉を失ったが、すぐに我に返って彼の提案を辞退する。
「いえ、嬉しいですが、そこまでして頂くわけには参りません」
「どうして?」
「私は魔族です。人ではありません」
「そんなことない。魔族も人だ」
「ですが、この角が――」
「関係ない。それが何だというのだ」
はっきりと断言するベルハザードの言葉は力強いものだったが、同時に優しさを感じさせるものだった。彼だけでなく、アウラとルルティアナも彼女に優しく微笑みかける。
ミスティスの目に涙が浮かぶ。
「今まで辛かったな」
自分を労わる彼の言葉に耐えられなくなったミスティスの目から、堰を切ったように涙が溢れては落ちていく。
アウラは優しく彼女を抱擁し、ベルハザードとルルティアナも穏やかな表情をミスティスに向けていた。
ミスティスは戸惑っていた。
これまで普通とは違う自分の姿を見た人たちからは忌避され、物珍しさに欲の皮が張った無頼漢に追い回される日々だったから。
ところが、アウラたちはそんな自分を助けてくれただけでなく、とても良くしてくれる。
そして、ミスティスの中で最も衝撃的で印象に残ったのはベルハザードだった。
彼はことあるごとに魔族である自分を『人』だと言ってくれた。
ミスティス自身、見た目からして周りとは違っていることを理解している。
だからこそ相容れないと、どこかで諦めに近い感情を抱いていたが、それを彼は真っ向から吹き飛ばしてくれた。
自分のことを『人』だと、声を張り上げるその姿に胸が熱くなり、心臓が激しく鼓動する感覚を覚える。
しかも、自分の家族を捜してくれるという。彼には全く利点など無いというのに。
喜びとも、嬉しさとも、そのどれもが確かにあるけれど、胸の内に湧いたこの温かい感情を表現するには、それだけでは何か足りない気がする。
ミスティスがこの感情の答えに行き着くのは、もう少し先のことである。
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