04 万事予定通り
「っで? 言いたいことがあるなら聞くぞ。聞くだけだがな」
五階を踏破し到着した最初の休憩所で、微塵の慈悲も感じさせない冷酷な言葉を吐くベルハザードの前には、後ろ手に縛られて跪かされた依頼者たちがいた。
全員が顔をパンパンに腫らしている。これはベルハザードが実力行使をしたためだ。
尋問をする彼の後ろには、二本の弧を描く角が特徴的な魔族の女性『ミスティス』が、アウラとルルティアナに世話を焼かれている。
件の魔族の女性ミスティスには、四階のアンデットゾーンで追いつくことができた。
ベルハザードは当初からそうなるだろうことを予測していた。
どんなに手練れでもしっかりと対応策を取っていないと、苦労するのがこのエリアだからだ。
リンドリオルの迷宮は厄介なことこの上ない。仮に前々から情報を得ていたとしても、追手から逃れるために逃げ込んだというのなら、ほぼ間違いなく十分な準備はできていないことは想像に難くなかった。表層でも広大な面積があり、闇雲に進んでも次の階へ進む道を見つけるのに苦労する。探索の為に移動する距離が増えれば、結果として敵との遭遇リスクが増し、何度も戦闘を行うことになる。
そうなれば、疲労が溜まってどうしても敵の対処に手間取り、進む足が鈍る。
ベルハザードの目算通り、四階の道中で彼女を発見することができ、救助が間に合って良かったと、アウラとルルティアナが駆け寄る中、ベルハザードは警戒を緩めなかった。
案の定、本性を現した依頼者たちがこちらに刃を向けてくるが、すでにベルハザードによって対策済みであり、ミスティスに近づこうとした彼らは、体が痺れる程度に調整された設置型の雷魔法を受け、体の自由が利かなくなったところを捕縛された。
そして、今に至るというわけだ。
「わ、私たちも依頼を受けただけです。その女を連れ戻すようにと。依頼主の大切な物を盗んだとかで」
ベルハザードに対して必死に言い繕っている彼は一党の頭なのだろう。
これまでも基本的に彼以外が、ベルハザードに話しかけることは無かった。
他の面々は一様に口を噤み、視線を合わせないように伏せている。
自分たちが口を開けば墓穴を掘ると思っているのか、それとも、誤魔化さそうとしても無駄だと悟っているのか。
「『連れ戻す』ねぇ……それにしては随分と血気盛んだったようだが?」
「それは……やっと、見つけたので気が逸ってしまって」
それでも、他よりも前にいるこの男は諦めていない。
会話を続けて何とか綻びを見つけ、突破口としたいのだろう。
だが、ベルハザードはそろそろこの茶番にも飽きてきた。
いい加減、帰還して保護した彼女だけでなく、アウラたちも休ませてやりたい。
――ここらで決めるか。
男の言動から頭を張っていてもオツムはよろしくないのが、手に取るようにわかる。
それなら、少し揺さぶればすぐにボロを出すだろう。
「なるほど。気が急いてしまったか。まあ、迷宮内であれだけ魔物を相手にしてきたのだから、わからなくもないな」
「! はい! はい、そのとおりです! 私たちも何故――」
「では、俺たちに剣を向けようとしたのは、どう説明するのだ?」
あたかも自分の言葉を肯定してくれたかのようなベルハザードの態度に、明るくなった男の表情が一転して凍り付き、二の句も継げず冷汗が滝のように流れる。
冷酷な眼差しの笑顔を浮かべたベルハザードが追い打ちをかける。
「お前、舐めてんのか? 第一、対象が“人”なのに『討伐』とか裏を取るのは当たり前だろ」
「しかし、相手は魔族――」
「魔族は人だ」
実際、この依頼が受理された時に、ギルドは裏を取るために動いた。
予想外にあっさりと依頼に正当性が無い事がわかり、拍子抜けしてしまったようだが。
ともかく、そんな簡単にわかることを知らぬ存ぜぬで通させる気は無いし、彼らが繋がっている人物についても見当は付いている。
残念なことに確証を掴むことはできなかったので、深く追求することはできないが。
ベルハザードは彼らにあの奴隷商の人相を伝える。
それを聞いた瞬間、それまで目を逸らしていた者たちもベルハザードに対し、信じられないものでも見るかのような視線を向ける。
「まあ、お前たちは捨て駒だ。確たる繋がりは見つけられなかったからな」
ベルハザードの言葉に彼らの顔ははっきりとわかるほどに蒼褪めていた。
元から成功するなんて思われていなかった。
そうなると、仮に成功してミスティスを連れて行ったとして、自分たちはどうなっていたのか。
その事に気付いた彼らの体が小刻みに震える。
「安心しろ。殺しはしない。真人間になれるよう徹底的に教育してやるだけだ。いいもんだぞ? 真っ当に働いて手に入れた金はな」
未だに蒼い顔で体の震えが治まらない彼らに、ベルハザードは薄い笑みを浮かべて冷たい声で言い放った。
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