03 迷宮で目標と接触
ベルハザードは迷宮前で目撃情報を集めた。
迷宮へと入っていった者たちの中に、今回の依頼対象とよく似た外見の女性がいた。
どうやら、単独で迷宮内へと足を踏み入れようとしており、冒険者認定証も持ち合わせていなかったので、当然、入口の管理を預かる彼らは彼女を止めたのだが、忠告を無視して迷宮内へと姿を消したらしい。
認定証を持ち合わせていないのなら、迷宮内へ飛ぶための転送陣も使えないので、一階から順当に進むしかない。
――手遅れにならなければいいが……
今回の依頼主である彼らがどれだけ迷宮に精通しているかは不明であるが、アウラはともかく、管理者でもあるベルハザードとルルティアナはここの迷宮は慣れている。
その日毎に構造が変化こそするが、少なからず傾向があるため、それを元に進めば、他の冒険者とは段違いの効率で進めるのだ。
しかも、対象に近くなればなるほど、迷宮に吸収される前の倒した魔物の残骸があるので、おおよその位置を特定するのは難しくない。
つまり、ベルハザードは先に出た対象に追いつけないだとか、探索の過程で見逃すだとか、そういうことはまずあり得ないと考えている。
一番の懸念は、間に合わないことだ。
追われる身とはいえ、単独で迷宮に潜る様な相手だ。
腕にはそれなりの自信があるのだろう。
だが、そういった腕に覚えのある者たちを喰らい飲み込んできたのが、迷宮という存在だ。
どれだけ名を馳せた者たちであっても、慢心すれば、引き際の判断を誤れば、不運が重なれば、呆気なく散っていく。実力と照らし合わせれば、決して遅れを取る様なことなど無い表層であっても。
そのため、今回はとにかく効率を重視することにした。
それに初めて迷宮に潜るアウラの存在もあるので、可能な限り装備を充実させている。
しかし、この依頼の真の狙いが不明確な以上、上にも戦力を残す必要があり、執務も疎かにできないため、ウォーレンたちに留守を頼んでいた。
武装面で戦力に不安は無いが、人員面で戦力に不安が残る。
同行者たちは信用に値しないことも大きな負担となるが、それでも、ベルハザードは今回の依頼をこなせるだけの自信があった。
――いざとなれば、俺が守ればいいんだからな。
その自信の根底は、彼自身が持つ圧倒的なまでの実力にあった。
迷宮内を軽やかに舞う女性の姿がある。
彼女は両手に曲刀をもち、目の前の敵を次々に斬り伏せていく。
「思っていたよりも簡単だね」
アウラは曲刀を振るって魔物をスライスすると、息を吐いた後に感想を口にする。
ここ最近、ずっとベルハザードに手ほどきを受けていた彼女は、ぐんぐん実力をつけていた。アウラには剣舞で培った体幹バランスだけでなく、曲刀を使った戦いの才能があったのだろう。
それをベルハザードが指南することにより、彼女の才が花開いた。
それでも、武芸の才はあっても、経験の差は歴然だ。
こういうちょっとした油断が、迷宮では常に命取りになる。
「油断は禁物です」
アウラの背後に迫っていたゾンビの頭部を、祝福された手甲を付けたルルティアナの拳が吹き飛ばした。
頭部を失ったゾンビの体が活動を停止し、仰向けに倒れる。
「あ、あはは……ごめんなさい」
「笑って誤魔化してもダメですよ。しっかりしてください」
迷宮の中とは思えない程、二人の暢気なやりとりを同行者たちは唖然とした表情で見ている。
確実に実力をつけていくアウラと、彼女の足りない部分をカバーし、問題点を指摘しつつも、嫌な顔一つせずにフォローするルルティアナを誇らしく見守るベルハザードの姿がある。
まだ表層から抜け出していない四階を探索中だが、ここに至るまでベルハザードは戦線に立っていない。
少し引いた場所から二人に主戦力を任せていた。
効率を重視するのなら、ベルハザードが先頭に立った方が早いし、確実だ。
しかし、何度も言うように同行者は信用ならない。
それゆえにベルハザードだけでなく、二人も戦えるということを見せて牽制する意味がある。安易に手を出そうものなら、余裕で返り討ちにするだけの力があるということを。
そして、彼が後ろから目を光らせていれば、彼らも下手に動くことはできない。そういった意味での牽制も兼ねていた。
ただ、思っていた以上にアウラが戦えるように仕上がっていたのは、嬉しい誤算だ。
まあ、戦いなど関係の無い場所で、安らかに過ごしてほしい気持ちの方が強いのだが。
ともかく、一行は探索を進めていく。
その過程で魔物残骸が目立つようになってきた。
これは直前に戦闘が行われていたことを意味する。
更に進むと、奥の方から戦闘音が聞こえてきた。
ベルハザードたちは進む足を速める。
そして、遂に依頼にあった人物の姿を見つけた。
討伐対象である魔族の女性の姿を。
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