01 不穏な依頼
「魔族の討伐依頼?」
そりゃまた物騒だな――と、ベルハザードは鍛錬をアウラに付けながら、ルルティアナの報告を聞いて呟いた。
先日、アウラに迷宮都市とザインバッハ辺境伯家の立場を教えたところ、自身にも戦う術を教えてほしいと乞われ、只今絶賛レッスン中なのである。元々、一座で曲芸や剣舞を担当していたこともあって、左右に持つ曲刀の扱いや身のこなしは様になっている。
そのまま、鍛錬を中断することなくベルハザードは右手に持つ直剣でアウラの攻撃を受け流しながら、ルルティアナの報告を聞く。
「はい。ギルド長本人がわざわざ報告に来てくれました。討伐依頼であるのにも関わらず、依頼者たちが同行すること、相手が魔族ということ、そしてなにより、依頼者たちが臭うとのことです」
「そうか……」
ベルハザードは報告を聞き終わると同時にアウラの双刀を払い落し、彼女に剣を突きつける。抵抗する余地なしと判断したアウラが両手を上げ、降参の形を取れば、ベルハザードは剣を鞘に納めた後、二振りの曲刀を拾い穏やかな笑顔で彼女に渡した。
「攻撃のリズムが一定で読みやすい。緩急を付けたり、連撃の幅を増やすことが必要だな。それでも、体幹バランスは安定しているし、連携の移行もスムーズだ。それなりに戦えるレベルにはあるよ」
「本当! ありがとう! ベルのおかげだよ」
ベルハザードの言葉にアウラが喜びの声を上げる。
ちなみにアウラがザインバッハ辺境伯家の実質的な当主を担うベルハザードに対し、口調や態度が馴れ馴れしいのは、彼自身からの要望だ。
幼馴染であり、幼い頃の約束とはいえ結婚まで考えた相手に、ベルハザードはそんな態度を取ってほしくなかった。
最初は尻込みしていたアウラだったが、離れている間も思い続けてきた彼から切実に頼み込まれれば嫌とは言えず、今のような、言うなれば幼い頃に村で一緒に過ごしていた時期と同じような態度で接している。
鍛錬でかいた汗を流してくるようにアウラに促したベルハザードは、本邸の事務室へと向かいながら、ルルティアナと今後の方針について話し合う。
「ルルとしてはどう思う」
「私もギルド長の意見と同じです。魔族に“討伐”依頼というのが解せません。魔物ではない彼らは討伐対象では無い。諍いが原因なら“仲裁”が、被害を受けたのなら“捕縛”が適切かと考えます」
そう。『魔族』は『魔物』ではない。
魔族は他の種族よりも、魔法適正に優れた種族であるがゆえに魔族と呼称されているだけだ。確かに角や翼、尻尾を持つ者も存在するが、それでも外見は我々と酷似しているし、魔物とは敵対している。
魔物ではない相手を対象にした“討伐”依頼――じつにきな臭い事案なのだ。
「俺も同意見だ。今回の件、確実に裏がある。俺たちが引き受け、表向きは協力しながら真意を探り、必要なら――叩き潰す」
ベルハザードの答えにルルティアナも同意し、静かに頷いた。
この依頼は一筋縄でいかないことを予感したベルハザードは、当面の間ここを空けてもいいように、可能な限りの書類を片付けるため、椅子に座って机上のそれらと向き合うのだった。
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