幕間その1
「今日からお世話になります。アウラと申します。こちらは妹のソフィアです。至らぬ点も多いですが、よろしくお願いします」
「お願いします」
アウラとソフィアは正式にザインバッハ辺境伯本邸へ居を移すことになった。
ザインバッハ辺境伯のウォーレンは三人の妻と七人の子供たちと別邸に住んでいる。
そのため、本邸には通常、ベルハザードとルルティアナの二人と、その身の周りの世話をする使用人がいるのみであり、本邸には使われていない部屋が多くあるので、アウラとソフィアが同居することになっても、差し当たって何も問題は無い。ベルハザードの理性が保てるかは別問題だが。
ちなみに別邸の規模も本邸に負けず劣らず大きいので、人数は別邸の方が多いが、手狭ということは無い。
迷宮都市リンドリオルを治めることの難しさを、国が十分に配慮してくれた結果だ。
使用人たちへの顔見せも終わり、アウラたちは部屋へと通された。
今までに見た事も無いような広い部屋と質の良い家具の数々に、気圧されたアウラが思わず息を呑む。
「あのぅ……ベル?」
「どうした?」
「すごく落ち着かないんだけど……」
アウラがそう言うのも無理は無い。
村で過ごしてきた時も、一座で生活していた時もこんな目も眩むような物の中にいたことが無いし、短い期間とはいえ奴隷として劣悪な環境に身を置いていた彼女には、目の前の光景が現実離れしすぎていた。
少し顔色の悪いアウラの背中を優しくベルハザードが撫でる。
「すぐに慣れろとは言わない。けれど、これまで辛い境遇にいたんだから、これぐらいは面倒を見させてくれ」
「ベル……」
自然とお互いの視線が絡み合う。
二人の間に甘い空気が流れ出した時、それに割って入ってきたのは、はしゃぐソフィアの声だった。
「うわぁ、お布団ふかふか! 天井たかーい! ソファも柔らかぁい!」
色々な物に目を輝かせて忙しなく動き回るソフィアに、ベルハザードとアウラはどちらともなく小さく笑った。
そこへ、ノック音が聞こえたので振り返れば、開いたままのドアの先にルルティアナの姿がある。
「若様、アウラ様とソフィア様付の侍女をお連れしました。併せてお二人の荷物も運び入れたく思うのですが、よろしいですか?」
「わかった、ありがとう。始めてくれ」
「承知しました」
ルルティアナが丁寧に頭を下げてから部屋の外に出ると、代わりに侍女と荷物を運んできた男性使用人たちが入ってきた。
ベルハザードは部屋の整理の邪魔になっては悪いと思い、部屋を後にした。
その足で事務室に向かうと、既にルルティアナがいて仕事に取り掛かっている。
ベルハザードは簡単な言葉を彼女にかけると、自身も椅子に座り机の上の書類に手を伸ばす。
しばらく、黙々と作業を進めていたが、ベルハザードは思い立ったように顔を上げた。
「ルル、いつもありがとな」
ベルハザードの突然の労いの言葉に、ルルティアナは仕事の手を止め、目を丸くして彼の方を見る。
「突然、どうしたんですか?」
「いつも大変な役ばかり任せて申し訳ないなと。本当に助かってるよ」
「いえ……当然の事ですから」
「それでも、礼を言わせてくれ。ありがとう」
「っ! と、とりあえず、仕事を進めましょう」
ベルハザードが自分に向ける穏やかな顔を直視できず、ルルティアナは顔を真っ赤にしながら仕事を再開する。
それに倣ってベルハザードも自分の仕事を進める。
ルルティアナは自分の顔色が彼にバレていないか気になった。
そして同時に、彼からかけられた労いと感謝の言葉で、これまでの苦労が報われたように感じ、何だか心がぽかぽかと温かくなるのだった。
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