ある疑念を抱くシノマツリ
キマイラを倒した僕達はその後も順調にダンジョンを進み、気づけば8階層まで来ていた。
ここまで来ると4人の中でソロダンジョンを一番進んでいるはずの僕ですら、一度も見た事がない魔物が出現するようになっていた。
石が積み重なり人の形をしたゴーレム、ぱっと見はただの大きなトカゲだが睨まれると石化するバジリスク、石像だと思わせ油断したところを奇襲してくるガーゴイル。前回の防衛戦にて4大ボスとして街を襲撃してきた巨人ムスペルとフォモール。
階層を上がるにつれて魔物の出現数が増えるのは変わっておらず、8階層の中盤あたりでもうすでに300体以上は倒していた。
ただ4階層まで続けていた階層ごとに先頭を変えて戦う作戦は廃止となった。キマイラ戦前に決めた作戦、二人でフォローし合おう作戦はまだ継続中。
その作戦もただ二人一組で散歩しようぐらいの軽いものとなっていた。
普通に戦闘すれば手こずるような魔物ばかりなのだが、シノマツリの操る強力な魔法のおかげで、苦戦するような戦いはほとんど起こらなかった。
それもそのはずシノマツリの広範囲魔法により反撃も許されず一方的に蹂躙される。例え生き残ったとしても魔物はもうボロボロ、僕達と戦えるほどの力はもう残されていない。
シノマツリの魔法は魔物にとっては脅威そのものだった。だが、魔法は今まで実装されていた武器とは違い、仲間にもダメージを与える諸刃の剣。
使い方を間違えればシノマツリを残してパーティは全滅する。
その危険性を知っているからこそ、魔法を使用する時に二つほどルールを定めた。まず一つがセーフティエリアにすぐ駆け込める距離で発動する事、もう一つは魔法発動時には絶対にシノマツリよりも後ろで待機する事。
それにしても入口付近から発動したのにも関わらず、この階層にいるほぼ全ての魔物を瀕死に追いやるほどの魔法。
もう……シノマツリひとりでいいんじゃないか。
そんな感想すら零れてしまうほどの無双っぷりだった。
8階層も残りあと少しで終わろうかとしていた頃……シノマツリは楽しそうに談笑するタクトと修羅刹の背中を見ながら、二人の距離が異様に近い事に違和感を感じていた。
仲が良いのは昔から知っている。でも、肩が擦れ合う距離まで近づくのはおかしくないかと、そしてタクトに対してスキンシップが異様に多くないかと。
シノマツリは修羅刹についてある疑念を抱く。その疑念を確かめるためシノマツリは行動を開始した。
だが、それはある意味シノマツリにとっても致命傷になりかねない行動。
シノマツリは前を歩くタクトに近づくと、そのまま勢いよく左腕に抱き着いた。
身体を預けるように全力でくっ付いた事で、自分の胸をタクトの腕に押し付ける感じになってしまっている。シノマツリは自分から取った行動とはいえ、恥ずかしさのあまり消えてしまいたい気持ちを必至に抑え、ギュッと全力でハグを続行する。
急に抱き着かれたタクトはしどろもどろになりながら、シノマツリに問いかける。
「ど、どうしたの?マツリ……えっとぉ~、あの~」
シノマツリはタクトの言葉をあえて無視する。それよりも修羅刹がどういった反応を示すのか様子を窺う。
「ちょ、ちょっと何やってるのマツリ!まだ魔物が残っているかもしれないんだから、油断しちゃダメでしょ!それにちょっとマツリ、くっ付き過ぎよ!」
修羅刹の口をとがらせ、ガミガミとシノマツリに注意し始める。注意されたシノマツリだったが、それでもまだ手を離さずに修羅刹の言動を監視する。
すると、今度はシノマツリだけではなく、その矛先は抱き着かれているタクトにも向けられる。
「は~や~く離れなさい、マツリ!!タクトもそれだと動きずらいわよね!ね、そうよね!タクト!!!」
「あっ、いや!案外これはこれで……」
「あん?」
修羅刹の鋭い眼光がタクトに突き刺さる。
「いえ……何でもないです。マツリ、修羅刹の言うようにまだ魔物がいるかもしれないから、すぐに動けるようにしておこう」
ここが引き際だと悟ったシノマツリはそっと左腕から手を離した。
そしてシノマツリは何事もなかったかのようにスッと後ろに下がるだった。
ただ内心ではそれはもう大変な事になっていた。
あ~、抱き着いちゃったぁぁぁぁぁ!!!!それにあのタクトの反応、やっぱり胸当たってたの気づいちゃってるよね!?ちょっと大胆過ぎたかな!!でもぉ~、試して良かった!マツリの勘が外れてなかったのが分かったし、でもマツリは負けないよ!!
シノマツリは今回の行動によって修羅刹がタクトの事を好きなのだと確信した。
それはつまり蘇芳院六華が紫乃月拓斗に好意を抱いている事に他ならない。
これ以降、シノマツリは事あるごとにタクトと修羅刹の仲が進展しないように阻止するようになる。この妨害はゲーム内で止まるわけもなく、もちろんリアルでも同様の事が行われるのであった。
しかし、それは恋敵である蘇芳院六華に塩を送る行為でもあった。
度重なる妨害によって、この胸のざわめきがただの幼馴染に対しての嫉妬ではなく、また別のものだ気づく手助けをしてしまう。
ただこの事に気づくのはもう少し後になってからである。




