2階層突破そして3階層へ
僕達は自然とシノマツリの事をマツリと略して呼ぶようになっていた。シノマツリ本人もリアル同様に自分の事をマツリと呼んでいる。
山河『まつり』、シノ『マツリ』、ひらがな表記とカタカナ表記とで一応違いはある。ただその違いに気づけるのはメッセージなど文字を使った時のみ。
イベントダンジョンの探索は順調に進み、僕が担当した2階層はもうクリア目前のところまで来ていた。
あとは目の前の階段を上れば2階層突破。
魔物は1階層と同じでケンタウロス、サイクロプス、オーガのみだった。ただ数は前よりも増えているのか合計で200体ほど出現した。
ひとりで全部倒しても良かったのだが、ずっと背後から「いいなぁ~、いいなぁ~」という呪詛のような言葉が常に聞こえてくるので、その声の持ち主に半分ほど譲っておいた。
僕は階段を指差しシノマツリに声をかける。
「さて……次はマツリが先頭になるけど、準備はいいか?」
「はい、問題ないです」
「分かった。じゃ、3階層はマツリに任せたよ」
僕は膝を曲げシノマツリの目線を合わせると、ハイタッチするため左手を上げる。
シノマツリは僕の手をジーっと見つめたまま微動だにしない。
幼馴染A、Bから感じる憐れみを含んだ視線が突き刺さる。僕はその視線に耐え切れずシノマツリに話しかけた。
「えっと~、そろそろハイタッチして貰えると嬉しんだけど……」
「……はいです」
シノマツリは右手を上げると、放置され宙ぶらりんだった僕の左手に触れた。
その後、シノマツリは自分の右手をジッと見つめまた動かなくなった。
謎の停止から数秒が経過した頃、今度はサンに引けを取らないほどの大声を上げ、真っすぐ階段を目指し走り出した。
「マ、マツリが全部倒します!行くです!!」
シノマツリはフリルドレスがめくれる事など一切気にせず、全力で階段を駆け上がる。
すぐにシノマツリの後を追おうとしたのだが、修羅刹によって阻止された。
「はい、タクト。ちょっとそこで大人しく待ちましょうね?」
「マツリひとりだけで行かせる気か、修羅刹」
「はぁ~、別にひとりぼっちにさせようなんて思ってないわよ。ただちょっとマツリが階段を上り切るまで待てって言ってんの!」
「いやでもさ!サンからも何か言ってやれ…………サン?」
隣を見ると呆れた顔でこちらを凝視するサンと目が合った。
「あのな……タクト。一応、マツリも女の子なんだわ」
「何を当たり前の事を?」
「お前やっぱ分かってねぇな。質問を変えるわ。リアルの修羅刹があの状態だったら、お前はどうする?」
「そんなの…………あっ!?」
「まぁそういう事だ。あとな、焦って記憶から抜け落ちてそうだから言うけど、ダンジョンの出入口にはセーフティエリアがあるだろ……」
膝丈のドレスを着ているシノマツリを階段下から見上げるのは、よろしくないと二人は伝えたかったようだ。
そうこうしているうちにシノマツリは階段を上り切ったのか、僕達の視界から完全に消えていた。
「さてさて、マツリも上り切ったようだし、拙僧達も3階層に向かうとしましょう。セーフティエリアがあるとはいえ、ひとりで待たせるのは可哀そうだからね」
「「りょうかい」」
階段を上りながら僕達は3階層に上がってすぐの場所、セーフティエリアでシノマツリが待っていると踏んでいた。
しかし、3階層の入口付近にはシノマツリはいなかった。彼女と離れて30秒も経っていない、それなのにもうこの周辺にいないとなると、3階層に上がってからもあの調子で先に進んで行ったのかもしれない。
僕はゆっくりと口を開き、ふたりに尋ねる。
「なぁ……サン、修羅刹。これってもしかしてマズイ?」
「ちょっとマズイかもしれないな」
「そうねぇ~、とりあえずまずはマツリを見つける事を優先しましょう」
見た目の変化がほとんどない全面石造りのイベントダンジョン。そんな場所でシノマツリを探すとなると、効率を考えても別行動を取った方がいい。通常ならパーティーを分断するなど、愚の骨頂かもしれないが、ここに来るまで倒してきた魔物を見る限り、別行動を取ったところで僕達は遅れを取る事はない。
「タクト、修羅刹。それじゃすまねぇがよろしく頼む!」
サンの号令に合わせ僕達はシノマツリを探すため散開した。
別行動を取りはじめてから数分が経過した頃、曲がり角だらけで先が見えない迷宮で、明らかに不自然な閃光が煌めいた瞬間、それは起こった。
ドッゴオォォォーーーーーーーンッ!!!!
骨にまで振動が伝わるほどの爆音、肌身に感じる熱風。
「な、なんだ!?」
僕は急ぎ原因を突き止めるため発生源に向かった。近づくにつれてドンドン温度は上がり、壁も床も天井、その全てが温度に比例するように赤くなっていく。
ふと、足元に目をやると魔石が転がっているのに気づいた。
「こ……あ…………ろう……」
何て言っているのか聞き取れないが、曲がり角の向こう側から声が聞こえる。
僕は熱せられ赤くなった壁に手が触れないように気を付けながら、声の主に気づかれないようにゆっくりと覗き込む。
そこで目のしたものは床に放置された大量の魔石とグリモワール片手に立ち尽くすシノマツリの姿だった。