射程距離外からの攻撃
修羅刹が深淵落花と別れ南門に向かっていた頃、タクトは東門にいた。
巨石がプレイヤーふたりを潰して以降、再び投石される事もなくそれどころか魔物の影すらない。
ここにはもう魔物が来ないと踏んだプレイヤー達は、じゃんけんで負けたプレイヤーを見張りとして数人残して、周辺を見回りつつ援護に向かう事にした。
そんな事など露知らず、ママを連れて噴水広場に無事戻って来たサンはふたりがいない事に戸惑っていた。
「修羅刹だけならともかくタクトまでいなくなってるとは、俺様の見立てでは復活するのにもう少し時間がかかると思ってたが……」
サンが辺りを見渡していると、プレイヤーがひとりガシャンガシャンと音を出しながら近寄って来た。
「よぉそこの騎士。てめぇ~、タクトんとこのメンバーだよな?」
「あぁ……そうだが?」
「タクトからの伝言だ」
サンはその横柄な話し方に少々苛立ちを感じつつも話の続きを聞く事にした。
「アイツは東門に行くって言ってたぜ。まぁアイツの事だからよぉ、そこまで心配する必要なんてねぇだろうよ。あとアレだ?助けたNPCは北西エリアに避難させてるからよぉ、ソイツも連れて行ってやりな。せっかく生き残ったのにここで死なれちゃ、うっとうしいからなぁ」
「おぅ、わざわざありがとうな」
「礼なんていいからよぉ、さっさと行けよ、てめぇ!ここだってまたいつ襲われるか分からねぇんだぜ?」
「確かにそうだな、まだイベントは終わっていないもんな!」
サンはそう返すとママを手を引いて北西エリアに向かった。
無事ママを送り届けたサンはあの伝言してくれたプレイヤーの事を考えていた。
「あのバケツヘルムにタイタタンって名前……タクトの事も知ってたし、それにあのしゃべり方……あっ!思い出したわ!予選でタクトと戦ったプレイヤーか!」
タクトと会話していた時にちょくちょく話に出てきていたプレイヤー。言動は暴君かと言いたくなるほど横柄だけど、根はマジでいいヤツというタクトからのお墨付き。
「なるほどな、確かに態度はなかなかアレだったがいいヤツってのは間違ってなさそうだ。タクトが気に入るのは分かるな」
サンがタクトを追いかけ東門に向かっていた時、東門で戦っていたプレイヤー達は空を見上げ困っていた。
「……アレどうやって倒せばいいんだよ」
「あんだけ高いと攻撃も当たんねぇし、スキルで攻撃したところでダメージなんてたかが知れてるだろ」
「やっと魔物全部倒してこれで休憩出来ると思ったのに……最後にあんなのが残ってるなんて」
「俺の弓の腕ではあそこまで届かねぇ」
「あっちはボコスカ上から雷落としてくれるし……」
東門にいた魔物はタクトが援護に行った時には残り20体ほどだった。先に東門に到着していたプレイヤーの協力もあって、全滅させるまでさほど時間はかからないと思っていた。
実際に地面を踏みしめ攻め込んできた魔物は問題なく倒せた。だが、東門にもムスペルやフォモールのようなボスがいた。
そいつの名は鵺、猿の顔に狸の胴体、虎の手足、蛇の尾を持つ合成怪獣に分類される、それは羽根が無いにもかからわず空を飛んでいた。
それがムスペルの身長5、6m程度の高さなら、修羅刹のように身軽なプレイヤーであれば、難なく叩き落とすことが出来るかもしれないが、この鵺はざっと見てもその10倍、地上から50m以上離れた上空にいた。
そこから優雅に浮遊しながらプレイヤーに雷を落とし続けていた。フォモールの投石のように当たれば即死という訳ではないが、ただこの雷に当たると高確率で麻痺してしまう。こちらは攻撃出来ないのにあちらは攻撃出来て、なおかつ状態異常も付与してくる事でプレイヤー達の不満は溜まる一方だった。
そしてあるプレイヤーが街に戻った事を皮切りに、同じ行動を取るプレイヤーが徐々に増えていった。
街に入り込んでいた魔物はほぼ殲滅したと言っても過言ではない。だが、まだどこかに潜伏しているかもしれない、それに南門に侵攻してきた魔物もまだ倒せていないかもしれない。
そうした不安材料がまだある以上、ここで油を売る訳にはいかないと判断したプレイヤー達は、続々この場を立ち去っていった。
この判断は間違っていない。
だって今ここにいる誰一人、鵺に攻撃する事が出来ないのだから……でもだからこそ、僕はここに残った。
別に僕が残ったところで特に出来る事はないかもしれない。でも、ここに誰もいなくなったら鵺は十中八九街を襲う。そのため最低でもひとりはここで鵺を足止めするために残る必要がある。
幸い鵺が放つ雷はパリィする事が出来たので、僕の体力が続く限りはここに足止めする事が可能。
保険として門の内側で鵺の視界に入らないように、数名のプレイヤーが待機してくれている。この人達は僕が麻痺した時に気付け薬を使用してくれたり、または僕が鵺にやられてしまった時の第2、第3の案山子としての役目がある。
「こいつが石を投げてきたボスみたいに無視して移動するタイプじゃなくて良かった。こいつまで同じタイプだったらと考えたら……マジでゾッとする」
東門にいたプレイヤーの話を聞いた限りだと、魔物は門が開いても通り抜けるまでは、絶対に街を襲う事はなかったそうだ。
「街の外から投石とかされたらたまったもんじゃない。僕達はゲームの仕様に救われたって事か、じゃなかったら…………今は思い出すな、何も考えるな」
僕はそう自分に言い聞かせ、落ちてくる雷をパリィし続ける。
ターゲットが僕ひとりとなった事もあって、雷が落ちてくる頻度は段違いだった。
ゴロローーーーン!ズバーン!
「瞬きするのさえタイミングを見計らってやらないと……マジで気が抜けない」
鵺の周辺がピカッと光った瞬間に剣を振らないと間に合わない。これがほんの一瞬でも遅れると即アウト。
そんなスリリングな状況の僕に背後から近づいて来る足音。
ザッザッザッザ、タッタッタッタ……。
耳をすませよくよく聞いてみると、重複するようにふたつの足音が混ざっていた。
いまの僕には振り向く余裕など一切ない、少しでも目をそらせばあの雷の餌食になる。
そしてその足音は僕の真後ろまで来るとそこでピタリと止まった。
「兄ちゃん!なんか面白い事してるなぁ~!ナギもそれやりたい!!」
「ナギ!タクトくんの邪魔しちゃダメでしょ!!」
その足音の正体は凪太郎と楓御前だった。
「カエデ、ナギ……ふたりともどうしてここに?」
「ナギのとこの魔物全部倒して、それで街をウロウロしてたらサンに会ってさ」
「それでね、タクトくんが困ってるから助けに行ってあげてって言われたの」
「……なるほど、それで助けに行ってくれと言った本人はどこ行った?」
「えっとぉ~、ママと一緒にいるよ」
「あ~、そうなのか。まぁアイツがいればママも安心だな」
この姉弟がいれば鵺を倒せる。
僕は早速ふたりにボスを倒すのを手伝って欲しいと頼もうと声に出そうとした時だった。
ヒューーーーーン!!
風切り音が耳元を横切った。
キエェェェェェエーーーーーー!?
続けざまに今度は上空から甲高い鳴き声が聞こえた後、ピタッと落雷が止まった。
「カエデばっか、ずるいぞ!」
「じゃ~、ナギもカエデみたいに弓使えばいいんじゃない?」
「ぐぬぬ……」
「ふふ~ん!」
あの距離をたった一矢、それもヘッドショットとはね……。
楓御前に撃ち落とされた鵺はそのまま地面に落下することもなく消滅した。




