Ⅲ
最終話です!よろしくお願いします!
運命は残酷だった。
目を開けた先にあったのは地獄でも天国でもなく、現実世界だった。
この行動に私を知る人たちは驚いたようだ。いい子ぶっていた私のみを見てきたのだから当たり前だけれど。
私の身体はより貧弱なものになってしまったようだ。現に今も口元には酸素吸入器が取り付けられているし、いくつも管に繋がれている。両足は捻挫や骨折をして上手く動くことができない。正直植物人間になる可能性が高かったらしい。
私の世話をしてくださる方々は皆当たり障りのない会話をしてくれるが、それがより、私の願いが叶わなかった現実を突きつけてくるようで胸が痛んだ。前に比べてより感情を表すことが出来なくなった私は、病室のベッドの上で一人、生きていかなければならない現実を受け入れようと虚空を見つめていた。
あのいつもの看護師さんに言われた。「生命が生きていてもあなたが生きていなくては意味がない」と。その言葉に頷きはしたが、もう私にはその意味で生きることが出来ないだろうと勘付いていた。
あまり関わりのなかった担任の先生も訪ねてきた。大丈夫ですか?などと言うが私からしてみては体裁を整えるために出た嘘だということが表情で伺えた。
クラスメイトも来た。彼らも先生と同じだ。
両親は私の命より私の頭や才能、手などのことを心配した。子供の気持ちを考えないところは前と一切変わらなかった。
彼らの言葉は一切私の心に響かなかった。誰も信じられなかった。自分すら、もう。
そして―――彼女は来なかった。ただ代わりに、届け物を持った彼女の友人が来た。
正直これまで話したことがなかったため無表情のまま身構えてしまったがその子は申し訳無さそうな表情をして言った。
「――――これはお届け物。できれば今読んでほしいな。それで私の話を聞いてほしい」
宛先の書かれていない封筒を手渡される。そんなことを言われたって、と思いはしたが言い留まり無言で封を開けた。目に飛び込んできたのは彼女の筆跡。次に目に入ったその内容に私は目を見開く。「ありえない」という言葉が口から滑り出す。そこに書かれていたのは彼女の訃報と真実についてだった。読み終わる頃にはもう、私の目から涙が溢れ出していた。
発作が起きた時と同じように。
久しぶりに感情がこみ上げてきた。
「こんなことが、あったんだ」
私の呟きに、読み終わるまで待っていた彼女は俯いて同意した。
「私は、彼女のことを親友だと思っていたんだ。なんでも話してくれるって勝手に思い込んでいた。でもね、彼女は最後の最後まで溜め込む、タイプだったんだよ。その前に助けられなかったのは私のせい。だけどもう、過去は変えられないんだ。」
だから、と私と目を合わせて言葉を続けた。私にお願いしたいことがあるのだと言った。
彼女の目は綺麗だった。まっすぐとした、未来を見据えている目。今彼女は前を向こうと、必死に私に訴えていた。
その話を聞いて私の中では「自分に出来るのだろうか」という不安があった。それでも、彼女のためにやってみたいと思う気持ちが勝ち、頷いた。
看護師さんに許可をもらってベッドの上に机を用意してもらった。生前の彼女が絵画コンクールに出すために制作していた絵を切り取ってみるなどして加工する。自らの手で作った透明な長方形の型に嵌め込んでみると確かに様には、なった。だが何かが足りない。必死に病室で考えること数時間、やっと納得する案が出来たことに喜びを感じながら教えてもらった連絡先を開いた。
次の日彼女がやってきて私の手に載るものを見ると、満面の笑みを浮かべた。「凄い、きれいだね」と涙目でつぶやく彼女に頷く。だがこれはまだ完成していない。ここからが本番だ。
「ねえ、教えてほしいんだ」
私の声が震えている。これは私の恥なのだから。
「この依頼されたフォトキーホルダーは、まだ片面が完成していないんだ。それで――――――」
なんとか顔を上げる。彼女なら否定しないと信じて。
「彼女の、名前を教えて」
それを刻むのだ、と言うと彼女は微笑んだ。
私も名字はわからないのだと目を伏せてつつ答えた。
「麗華」と。
なんて綺麗な名前なのだろうと、私は思った。仮の名前であったとしても彼女にピッタリだった。
私は礼を言うと早速その名前をアルファベットで刻み込んだ。ほんの数分でその作業は終わり、そのモノを彼女に手渡した。
「ありがとう」
その笑顔に、私はかつての彼女の気持ちが少しわかった気がした。
彼女を数少ないだろう友人の一人にした理由が。
時は私のために止まってくれるわけがなく。
季節は巡っていく。
その時と共に私の身体は少しずつ崩壊していった。それに反比例するように私の心は平常を取り戻していった。
なぜなら、彼女が毎日お見舞いに来てくれたから。
来る日も来る日も重要な行事がない限り私の元にきては学校のことを教えてくれた。彼女自身友人が亡くなってしまったことで精神的にに負担がかかっているはずなのに、私に笑いかけてくれた。それも辛そうにではなく、楽しそうに。
それから一年が経った。その頃の私はもう立ち上がることすら出来なくなっていた。ベッドの上で一人絵を描くのは苦ではなかったが彼女と遊びに行けないことが残念で仕方がなかった。
いつも通り病室に来た彼女に、「夢でも遊びに行けたらどれだけ楽しいだろうね」と言った。
そんな私に彼女は言った。
「私も行けたらいいなって思うよ。でもね、夢の中で行けたとしてもそれは現実じゃない。私は、今を大切にしたい。夢の世界で叶ったところで夢から覚めたらほとんど忘れちゃうの、私は嫌だな。」
そうだったね、と私は思う。
夢は現実じゃなかった。あの理不尽な両親も「彼女」の死も私の自殺未遂も夢なら起こらなかったかもしれない。でも私たちは現実に生きているから止められなかったのだ。
同じような一日を繰り返しているとどうしても思い出してしまう。
あの屋上での出来事を。
才能という枷の存在を。
私が、私を殺す能力を。
呼吸を落ち着かせようと胸を押さえる。額から滴る汗がベッドの上に零れる。
手に持っていた筆が赤色の絵の具をつけたまま地面と衝突する。
床に飛び散った色彩が綺麗だな、と手を伸ばしたところで私は倒れた。
すぐ近くあるパレットが、お気に入りのパズルが、友人の名を映して主を呼ぶ携帯電話が、やけに遠くにあるように見えた。
一瞬、私の中の時が止まる。
オンボロテレビの砂嵐が眼の前で舞った。
消える直前まで、心拍計の危険音だけが耳の中で鳴り響いていた。
最後まで読んでくださりありがとうございました!