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スカイブレイク・ナイト  作者: 咲咲
第2章「少女たちとの出会い」
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第5話「仲間たち」

「ごっほん、と気を取り直して、自己紹介を始めましょうか」


 少女が、楽しそうに満面の笑みを浮かべていた。


 この手のイベントが好きなのかもしれない。


 職員室──ではなく。司令室に入ると、あれよあれよと言う間に、整列した5名の前に立たされる。


 小地球に入る時に調べた人数と一致しているし、小地球に暮らす人は目の前にいる5人で全員なのだろう。


 周りに目を走らせる。


 鉛色のコンクリート床に、部屋一帯を照らす蛍光灯が眩しい。


 司令室なんて大層な響きからは考えられないほど、簡素な作りだ。


 部屋の作りは横長の長方形で、横側に面して入口がある。反対側は入口から1段ほど下がっていて、その壁際には幾つもの用途不明の機械が壁にめり込んで設置されていた。


 しかし、もっとも目を引くのは入口から見て正面のところに設置されている、優に人の大きさを超える圧巻の巨大モニターだろう。あれでスカイナイトの戦闘状況を確認しているのだろうか?


 視線を戻すと、ちょうど自己紹介が始まろうとしていた。少女が手を前後に動かして、俺に前へ進めと示す。


 それに従うと、左端にいた女の子は頷き、微笑みながら前に歩み出た。俺が言うところの包帯の女の子だ。


「私の名前は、青見(あおみ) (そら)。17歳だよ。知ってるだろうけど、スカイナイトのパイロットで……好きなことは、空を見ることかな。よろしくね!」


「同い年だったのか、よろしく」


「ん、そうだったの? 同い年の人と会えて嬉しいよ!」


 いまの世界では、人と新しく出会うことすら難しい。小地球から、わざわざ危険な外に出ようとする物好きは殆どいないのだ。


 そんな世界で同じ年の人間と出会うことは、小地球の外で草木を見るほどに珍しいことだった。


「俺も会えて嬉しい。仲良くしよう、青見」


「任せて! それと私のことは空でいいよ」


「わかった。じゃあ、空。そう呼ばせてもらう」


「そうしてそうして」


 最後に握手を交わしてから、空がまた列に加わる。


 1人ずつ挨拶するのって時間かかるかもしれない。


「はい、次のひーとー。じゃあ小波ちゃん」


 空が戻ったのを確認してから、少女が空とは反対の位置にいる女性に声をかけた。


 その女性は昔にはよく居たらしい、なんと言ったか。ノースリーブに、タイトなミニスカートの服装で……そうだ。これぞOLのような服を着ていた。


 この知識の出所は、とある小地球で見た雑誌、OL最前線という本からだ。


 得てしてどうでもいいようなものは、よく残っているものである。


「えっ、私ですか!?」


「はい、頼みますよ。第一印象が大事です」


「面接じゃないんですから……」


 ふと、文学少女的清楚さのある顔に、陰りのある表情を浮かべる女性。


 確か面接とは、圧迫される事と同意義だってOL最前線に書いてあったような。人によっては、死にも等しいらしいのに……そんなことを聞いていいことなのだろうか、凄惨な事があったのかもしれないのに。


「ふむん、このご時世に面接をやったことあるんですか? 珍しい」


「ありません、知識だけで言いましたとも」


 面接経験ないんかい。


「私の関心を返してください」


 こっちの心配も返して欲しい。


 大人しく、清楚さを感じる真面目な人だと思ったが、見た目より茶目っ気のある女性のようだ。

 女性は何食わぬ顔で俺の前まで歩を進めた。


「司令室でオペレーターを担当しています、大波(おおなみ) 小波(こなみ)です、年は……言えません! よろしくお願いします」


「よ、よろしくお願いします」


 まくしたてるように言って、大波さんが下がる。


 年は言えませんってなんだろう。20代前半ぐらいの見た目に思えるから、まったく問題ないと思うのだが。


 もしかして、あの少女みたいに年齢不明とか?!


 思っていると、当の少女が口をアヒルのようにして不満をあらわにした。


「えー、隠すほどの年齢じゃないでしょう? まだ20──ふごふご」


 大波さんが、瞬時に少女の口を手で蓋していた。


「調さん、や め て く だ さ い」


「ひぃっ」


 少女への囁きは控えめな声量だったが俺にもわかるほど静かな怒気を孕んでいた。


 大波さんは、女の子が大人しくなってしきりに頷くのを見届けてから、機械のような正確さで直角に首をぐるっと回し、俺を射抜くように見据えた。ひぃ。


「あなたも、わかりましたね。不用意に女性の年齢を聞いてはいけないと」


 触れれば斬れる刃を連想させる語気は、心を鷲掴みにするようだった。


 年齢は禁句。


 大人しそうな人だと思っていたけれど、恐ろしい。体が震えないようにするのが精いっぱいだった。


「わ、わかりました」


「よろしい」


 言って大波さんはすべてを包み込む聖母のように微笑むと、列に戻っていった。


 大波さんには、逆らわないようにしよう。元から逆らうようなつもりないけれど。


「トラブルもありましたが、はい。次は樹里ちゃん」


 少女はすぐに自分を取り戻し、自己紹介の進行を続ける。少女は少女で面の皮の厚さは相当なものだ。


 呼ばれた樹里さんは、不満そうに目を細めながら少女に言った。


「その樹里ちゃんって言うの、そろそろやめてもらいたいんですけどね」


「でも樹里ちゃんは、樹里ちゃんですよ?」


「仕方ありませんか」


「仕方ないですね」


「調さんはいつもそうなんですから……」


 少女が折れないとわかっていたのだろう。樹里さんはすぐに切り替えて、1歩前に出る。


「さて、君も私の名前は知っていると思うが、正式に名乗っておこう。私は、土宮(つちみや) 樹里(じゅり)。20歳だ。趣味は──ぬいぐ、忘れてくれ。特にない。一応、司令官という立場になる。改めてよろしくな」


 言い終わると、樹里さんは手を差し出してきたので、こちらも手を差し出して握る。


「よろしくお願いします。えーっと、そのまま樹里さんって呼んでも?」


「構わないよ。見たところ、君は私より年下のようだが、いまの世界に年齢によって変わることなどそうないだろう」


「それもそうですね。じゃあ、そう呼ばせてもらいます」


「言葉遣いも砕けてもらって構わないぞ?」


「それはちょっと……遠慮しておきます」


 樹里さんの、すらっとした武人のように綺麗な目鼻立ち、背筋を棒のようにピンっと伸ばしている姿は総責任者としての役割を果たし、年齢以上に厳格なものを漂わせていた。


 それにスカイナイトを扱っているこの組織……? の総責任者のようだし、砕けていいと言われても、気後れしてしまうなぁ。


 樹里さんは動揺したように視線を泳がせると、フローラルな香りと共に顔を前にだして、耳打した。


「少し聞いてみたいんだが、なぜだ? 私はいいと言っているのに」


 拘るところなのだろうか。いや、答えない理由もないけど。


 聞いてこられたことだし、素直な言葉を口にすることにした


「その、樹里さんって綺麗じゃないですか。20歳なのに落ち着いた雰囲気がありますし、だからこっちが遠慮してしまうというか……」


 樹里さんは言葉を聞いてしばらく立ち尽くしたかと思うと、哀愁を漂わせながら俯いた。言ってはいけないことを口にしてしまっただろうか。


「そうか、落ち着いた雰囲気か……ありがとう」


「ど、どういたしまして……?」


 俯いたまま列に戻ってしまったが、なんだったんだろう。


「あまり気にしなくていいですよ。いつものことなので」


 少女が、そっと口にした。空は苦笑いでこちらを見ているが、こっちもあまり気にすることはないと目が語っていた。


 見た目でわかるぐらいには落ち込んでいたようだけど……。


 少女は気を取り直すように再び笑顔を作った。


「さて、次は軍坊の番ですよ」


「軍坊はいい加減勘弁してくれよ、調さん。俺はもういい年なんだからさ」


 厳つい声で返事をしながら樽のように太い男性が、のそっと一歩踏み出す。


 声と同じく厳つい顔つき。たぷっと飛び出た腹は、体質だろうか。今の世界には珍しい、ビール腹というのだったか。


 これも昔の雑誌、危険な大人たちに載っていた名称だ。意味が合っているのかは、昔の人のみぞ知る。


 山を彷彿とさせる威圧感が、のしっと迫ってくる。


 あまりの迫力に、思わず半歩ほど後ずさると、肩に手をぐわっと掛けられた。


 俺は何かしたか!?


 驚きと緊張に体を強張らせていると、男性は厳つい表情を弾けた笑みに変化させた。


「お前のおかげで空嬢ちゃんが無事だったんだってなぁ、ありがとよ!」


 渋いながらハイテンションな声と共に、肩を連打される。しかも見た目からは考えられないほどソフトタッチで繊細。


 人を寄せ付けない強面だが、見た目と違ってやけにフレンドリーだ。


「じ、自分にできることをしただけですから」


「なぁに言ってんだ、突然降ってきたロボットに乗り込んで戦うところまでやっちまうなんて、そうそうできることじゃあねぇだろ」


「夢中になってただけなので……それに空も怪我してましたし、樹里さんも乗れない理由があったみたいだから」


 あの時、あの場所でスカイナイトに乗れたのは俺だけで、必要なことだと思ったからやっただけで。


 こうも褒められるとむず痒い。悪い気なんて、当然しないんだけどさ。


「だから俺がってか? くっ-! 漢でいいじゃあねぇか! 俺はそういうの大好きなんだよ!」


 肩を叩くのを中断し、彼は手を差し出した。やたらと岩のようにゴワゴワした力強い手を握り返す。


「俺は、(しま) 軍蔵(ぐんぞう)ってんだ。年は54。主にスカイナイトの整備を担当してる。よけりゃ、おやっさんって呼んでくんな!」


「じゃあ、おやっさんで……」


 そっちで読んだほうが、なんだか嬉しそうだし。


「おうよ! よろしくな!」


 最後に背中を豪快にバシッと叩くと、おやっさんは列に戻っていった。


 やたら距離が近くて驚いたが、ここまで近いと清々しい。


「次はいよいよ私ですね!」


 少女が満を持してと言った面持ちで、烈の中央から踏み出した。


 腰まで伸びたツインテールが、少女の歩きに合わせてふりんふりんと柔らかく揺れている。


 こうやって静かに少女を見つめていると、不思議な気持ちになる。


 心の底から信頼していいような、してしまうような。安堵感が1番近いかもしれない。無条件にそう思えてしまう雰囲気があった。


 少女は目の前に立つと、静かに頭を下げて胸に手を当てた。仕草のひとつとっても流麗で短い時間で築き上げた雰囲気は崩れない。


「まず初めに、この小地球を守ってくださり、本当にありがとうございました。あなたがいなければ、ここは潰えていたかもしれません。未来への希望がなくなっていたところでした」


 おやっさんといい、そうも助かったと言われると、心を直接くすぐられているようで、むずむずする。


 俺は、やらなければならないと思っただけで。心から発せられた声に答えただけだ。


「おやっさんにも言ったけどさ、俺はただ夢中になってやっただけだし、守れたのだって偶然さ。ちゃんとスカイナイトを操縦できてたか、怪しいもんだし」


「あなたは立派にやってくれましたよ。初めてにも関わらず、空食を撃退し、私たちを守ってくれた。それで十分でしょう? これ以上、他に望むことはありません」


 少女はそこで言葉を区切り、ぱっと花が咲き誇るような笑顔を見せてくれる。


「さて本命といきましょう! 私は海鳴(うみなる) 調(しらべ)。ここではスカイナイトの開発、整備を担当しています。この小地球の長でもありますね。趣味はー、花を育てることです。何かご質問ありますか!」


 築き上げた淀みのない澄んだ雰囲気はどこに放り投げてしまったのか。なんでも聞いてよいぞ、と言わんばかりに腕を広げて、海鳴 調さんは胸を張った。


 質問、質問かぁ。気になってたことでも聞いてみるか。


「じゃあ年齢──」


「おっとぉ! 女性に年齢を聞いてはいけませんよ! 小波ちゃんに教わらなかったんですかっ!」


 大波さんの件は、君が勝手に年齢をバラそうとしたよね?


「私の年齢、勝手に言い始めたの調さんよね?!」


 大波さんが突っ込んでくれた。


「えー、でも私の年齢よりよっぽど知りたいはずですよね?」


 純粋になんで? とでも言いたげに、海鳴 調は頬に人差し指を当てながら首を傾げる。


 外見年齢と精神年齢が一致しない度なら、現状は圧勝だ。


「いやいや、おやっさんを軍坊って呼んだりしてる海鳴……さんのほうが気になるが」


「私のことは調でいいですよ。フルネームは長いですし、馴染みがないですからね。ところで、呼ぶのに不便ですし、あなたの名前を教えてください」


 口元を緩めて、調が言った。


 話題を逸らされている気がするのだが。年齢には触れてほしくないってことなんだろうなぁ。


「じゃあまあ、自己紹介を兼ねて。俺の名前は空海(くうかい) 大地(だいち)、記憶喪失で、旅をしている」


 調が、ふむっと顎に人差し指当てる。


 先程の楽しさに爆発していたような雰囲気は鳴りを潜め、すっ細めた目から理知的な気配が調から漂う。


 それはまるで頭の中でスイッチを押したかのような切り替え方だった。


「旅をしているのは、記憶喪失の手がかりを探すためですか?」


「そんなところだ。俺は自分の名前以外のことを、ほとんど覚えてないからさ」


「ほとんど? 断片的にもですか?」


「文字の読み書きとかそういう基本的なことは覚えてる。でも、昔なにをしてたかだとか、この世界に起こった出来事とかはまるで覚えてないんだ」


「本当に日常生活に支障のないものは覚えている、と」


「そういうこと、になるかな。荒野に1人倒れていた俺を助けてくれた人がいて、その人のおかげで俺はここにいる」


 恩人の助けがなければ俺は気を失ったまま、荒野の大地で死んでいたかもしれない。


 いまの世界では、人が外に準備もなく放り出されるのは、常に命の危険が付きまとうことに他ならない。


「なるほど。ふふっ、嬉しいですね」


「なにがだ?」


 いまの言葉に、心が弾むほど嬉しがるようなものはあったか。俺が倒れていただけだが。


「まだ、人が人を助けられる世の中がってことがですよ。人は種族として終わる瀬戸際まできてしまっている。それでも誰かを助けて、繋がりを大事にしてくれている。それが私にはとっても嬉しいんです」


 彼女はふわっと、暖かく包み込んでくるような微笑みを浮かべている。


 こういうのは母性と言うのだっけ……。


 俺より年下の見た目をした少女に母性を感じるのは、おかしなことのように思えるけど、相手は軍蔵さん──おやっさんを愛称で呼べるような謎の人物だ。この際、見た目も年齢も考えないようにしたほうがいいかかもしれないな。


 わからないことは延々と考えても無駄だ。いまある事実を受け止めよう。そうしたほうがいい。


 俺は確かに、調から母性かもしれないものを感じている。そしてそれは、なぜかひどく懐かしいものに思えてならなかった。


 調を一目見た時からそうだが、記憶の中にあるという感覚ではない。まるで生まれる前から知っているような。


 いままでの会話内容からして、望み薄だが聞いてみるか。


「調、もうひとつ質問いいか」


「なんでしょう?」


「俺は君と会ったことがないか?」


「大地さんが記憶喪失になる前に私と会わなかったかってことですか?」


「そうだ」


 もし、会ったことがあるなら記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。


 調が俺を知っているなら、俺が誰なのかもわかる。


 俺がなぜ、荒野にひとり倒れていたのかも。


「ちょっと待ってください。いま、思い出してみます」


 調は唸りながらこめかみに親指を当てると、静かに目を閉じた。そんな仕草をされると、かなり悩ましているようで期待より心苦しさが勝る。


 集中していたのだろう。数秒して、静かに目を開けた。


「記憶を参照しましたが、私はあなたと会ったことはないと思います」


「参照って……でも、そうか」


「お役に立てず、すいません」


「いや、わざわざ思い出そうとしてくれてありがとう」


 俺はまだ、世界にとってのはみ出し者か。


 ただ、何も変わることはない。失ったものなどないのだ。気を取り直そう。記憶だけが俺の旅の理由でもない。


 証拠がなくても、俺は思考の直感を信じる。理由があってもなくても、感じたことは事実として心に刻まれている。


 ──絶対に地球を、世界を、人類を、君たちを──君を守る。


 問いかけられて、出した答え。


 自分が何者であろうと、そう言い切れた自分を土台にして築き上げることで、彼らの前に立とう。


「ところで、ここは──」


 半端に口を開けた矢先に、それは起こった。


「なんだ!?」


 樹里さんが、目をさっとモニターに走らせながら反応する。


 喋ろうとした思考を打ち消すほどの、耳をつんざくような警報が緊急事態であることを告げていた。

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