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スカイブレイク・ナイト  作者: 咲咲
第2章「少女たちとの出会い」
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第4話「知らない天井」

「……~♪」


 遠くから聞こえるのは、歌だろうか。


 口ずさむ軽快なリズムで刻まれるそれに安堵感を覚える。


 意識が深海から浮上しながら目覚めていく。


 どうやら、寝ていたらしい。


 ベッドの心地よい暖かさと口ずさまれる心地の良い声で、このまま再び微睡んでしまいそうだ。


 でも意識はそれを許してくれず、しょうがないと、意を決して瞼を上げる。


「……知らない天井だ」


 天井に照明がついて、シミひとつない、純白の天井。


 寝起き特有の曖昧なぼんやりとした意識で考える。


 こんなところで寝たっけか……?


 いや、そんなことより寝る前に俺は何をしていただろう。


 疑問がよぎるものの、靄でもかかったように思い出せなかった。


 確か……そうだ。ひどく疲れて、意識が強制的に落ちてしまったのだけは覚えている。


「ふふーん♪ ……あっ、起きた?」


 口ずさんでいた歌が中断されて、左隣から快活な声が聞こえた。


 寝起きたばかりの独り言に反応したらしい。聞いたことのある声な気がする。


「君は……?」


 首を回して見ると、ベッドの隣につけられたサイドテーブルに花瓶を設置している女の子がいた。


 うなじ辺りで切り揃えられたセミロングの髪に、それに似合う目鼻立ちが整った可愛らしい横顔。


 目は爛々としていて、快活な雰囲気がある。


 よく思い出せないけれど、どこかで会った気がする。


 女の子は唇のあたりに人差し指をあてて、考えるような仕草をした。


「んー、まだねぼすけさんかな? 二日間は寝てたし、仕方ないのかな。覚えてない? ほら」


 女の子はフレアスカートのポケットから取り出した包帯を頭にぐるぐるっと巻く。どうしてそんなところに包帯が……?


 まあいいか、と目を細めながらまじまじと確認してみる。


 包帯、頭を包帯に巻いた女の子──とくれば思い当たるのは1人しかいない。


「あっ、スカイナイトに乗ってた包帯の女の子か!」


「包帯の女の子て……ま、まあいいけど。そう、スカイナイト二号機-レーヴァテイン-に最初に乗ってた包帯の女の子が私だよ」


「無事だったのか。よかった」


 あの時は身体中に包帯を巻いていて痛い有様だったが、いまは大丈夫そうだ。


 俺が心配するような視線を送っていたからか。女の子は元気さをアピールするために、ぴょんぴょんとその場で軽くジャンプしながら。


「だいじょぶ、だいじょぶ! 私は元気だよっ」


 と、女の子の後ろから近づいた人が女の子の背中を、人差し指で優しく撫でるように突いた。


「なーに言ってるか。安静にしていろとは言ってるだろう」


「ひゃんっ」


 女の子は甲高い声を出しながら体を一層飛び上がらせて、背筋をピンっと伸ばした。


「せ、背中は敏感だって言ってるじゃないですか樹里さん!?」


 女の子が抗議の声を上げながら、突っついてきた女性に振り向く。その女性にも、確かに見覚えがあった。


 腰にかかるほど伸びた、流れる川のような黒い髪に、凛々しさのある顔つきが大人の女性と言った雰囲気を出している。その容姿に白衣姿は異様に似合っていた。


 確か樹里と呼ばれていた人だ。女の子もいまそう言ったし、間違いない。


「知っているから突いたんだ。あまり無理をするな。怪我は治りかけが怖いんだから」


「うっ……わかってます」


「ならいいんだが──さて、君は私のことを覚えているかな?」


 女の子との会話を終えて、女性は俺に視線を向ける。


 初めて見た時と同じ涼やかな瞳に、こくりと頷いた。


「ええ、樹里……さんでいいんですよね」


「む、自己紹介をしたつもりはなかったが、そうだ。君はいま自分が置かれた状況は理解できているか?」


 目覚めたばかりの頃は記憶の中に靄があって曖昧だったが、いまなら思い出せそうだ。


 俺は旅をしていて……偶然立ち寄ったS-000の番号を持つ小地球で、天井から落ちてきた巨大な甲虫とスカイナイトに、俺は。


「スカイナイトに乗って、あの巨大な甲虫と戦って……最後には意識を失った、ような」


「そうだ。君はスカイナイトを操って空食(そらくい)と戦い、見事に勝った」


空食(そらくい)?」


 気になった単語を口に出した質問に、樹里さんは眉間に皺をよせて、厳しい表情を浮かべながら静かに告げた。


「君がいま巨大な甲虫と言っていた生物の総称だ。いま現在、地球を覆い尽くした、黒い空そのもの。地球外から訪れた、人類最大の敵だ」


 ……

 …


 樹里さんの言葉は、端的に事実だけを述べていた。


 俺も少しは知っていた。本当に少しは、だけど。


 旅をしながら各地で聞いた話では、地球外生命体が人類を脅かしているということ。外敵の存在は知っているものの、姿形すらみんな知らない。


 空には人の力では抗えない敵がいて、それにみんな怯えていた。


 てっきり黒い空の向こうからやってきていると思っていたのだが。


「空食ってのが黒い空そのものっていうのは……?」


 気になったものを投げかけてみる。


 すると包帯の女の子と樹里さんとは違う、少し幼げでありながら自信に満ちた声が聞こえた。


「言葉のままの意味ですよ」


「調さん。おはようございます」


「整備お疲れ様です、おはようございます」


「おはようございます、空さん、樹里さん」


 新たに現れた少女は二人に挨拶を告げて、俺にそのまん丸とした理知的な青い瞳を向けた。


 歩くと腰よりも下に伸びる、さらっとしたツインテールが、それを結ぶリボンが揺れる。


 幼げな体躯。身長は低く、俺より年下……だろう。13歳ほどだろうか?


 まさに少女と称するのが正しい。この少女にはすぐに思い出せるほどの見覚えがあった。


「君は確か──」


「通信でお話しましたね。きちんと目覚めてくれてよかったですよ」


 やっぱり。


 スカイナイトのモニターに映っていた少女だ。


 モニター越しでも幼げに思えたが、実際に見るとさらに小さいという印象が強くなる。


 こんな子が、ああも自信げに喋っていたのか……?


 いや、いまもその幼さからは似合わない、見定める視線を送ってきているのだが。


 見た目の少女っぽさ以上に、中身は大人のように思えてしまう。


 戸惑っている俺を見て、樹里さんが口を開く。


「調さん、彼が困っています」


 少女は首をこてんと傾げる。外見だけでなく、仕草も子供っぽかった。


「んん? 何か問題でも?」


「あまり見つめられても彼が困るということです」


「んー、そうですか。それは失礼しました。けどですよ」


 ふむふむと少女の言葉を頷きながら聞く樹里さんと少女の間柄は、奇妙に思えた。


 樹里さんは敬語だが、少女はあくまで自然体で遠慮がない。身長差や顔つきからして、年は樹里さんのほうが年上なんだろうけど。


「ごめんね。調さんって変だから……」


 女の子が不意に耳打ちしてきた。爽やかな柑橘系の香りと、かかる息が少しくすぐったい。

 少女は調と言ったか。話した時間も僅かなものだが、確かに。


「変、かもな」


 女の子は穏やかにくすくすと笑って。


「でしょう。心は大人、体は子供って感じの人でね」


「でも信頼できる人ってわけだ」


 女の子たちの対応や言葉遣いでわかる。


 子供のような見た目とは関係なく、少女が絶対的に信頼されていることを。


「うん、そうなの。色々無茶な人なんだけどね。私と樹里さんにとっては、母親みたいな人だから」


「空さん、いま私の話をしていましたね?」


 樹里さんと話していたはずの少女は、いつの間にかこちらに顔を向けていた。


「よ、よくわかりましたね」


 恐る恐る確かめるような声色に、少女は手を腰に当てて平坦な胸をぐっと張った。


 スカイナイトで通信越しに話した時には、容姿より断然大人に見えたものだが、その仕草ですら背伸びをした年齢相応の少女にしか見えない。


「ふふん、そういうのには目ざといんですよ」


 そこで少女は一度、間を空けると、しばらくして再び話し始めた。


「さて、雑談もこのあたりにして。彼も目覚めたことですし、自己紹介でもしましょうか。って、まだしてませんよね?!」


 首が吹っ飛びそうな勢いで、少女が樹里さんに振り向く。自己紹介、そんな楽しみにするほどしたいのか。


 樹里さんが肯定して頷く。


「していませんよ。勝手にやったと調さんに知れたら、なにを言われるかわかりませんので」


「えー、私はそんなに心狭くないですよ。ちょっとムスッとするくらいなものです」


「そうなるから、やらなかったんです。ここでやります?」


「どうせなら全員集めてやりましょう。珍しく外からやってきた人ですからね」


 少女が喋っていると、とんとんと話が進む。


 いつの間にやら、場所を移動してまで自己紹介をする流れになっていた。導かれるままに、俺もついていく。


 思いがけない賑やかさに、表情が緩む。誰かとこうやって話している時間、それはとても有意義なものに感じられてしまうから。


……


 俺は寝ている間に着せられていた、ゆったりとした服から、洗濯された私服に着替えていた。


 3人についていこうとしたら、さすがにその服で自己紹介はないと言われて、着替えを渡されたのだ。


 私服と言っても無地の質素なもので。


 昔は、それはもう服と一口に言っても多様性に溢れていたらしい。けれども現在は無地の服が主流だ。


 流通なんてものはとっくに機能していないし、服を作れるような職人もそうはいない。人類は小地球が用意してくれるものを、ただ受け取っているだけ。いまの世界とは、そういうものだ。


「では、行きましょうか」


 廊下に出て、少女に促されるまま移動する。


 ここはどこだろうと、顔を左右に動かしながら探る。


 建物の中なのは確実だろう。片側の壁に列を為して張り巡らされたガラスからは外が見える。


 地面が見えることから、建物の一階ということを把握することは可能だが……。


「どしたの、何か珍しい?」


 先頭を歩いていた少女と樹里さんから離れて、女の子が話しかけてくれる。気遣ってくれたらしい。


 きょろきょろと顔を動かしているものだから、気にもなるか。


「ここはどこなんだろうって思ってさ」


「自分が寝かせられてた場所だから気になるよね。学校ってところなんだけど、わかる?」


 聞いたことのない名称だ。


 この世界の情勢についてはある程度知っているものの、昔の世界について俺が知ることはあまりない。


 記憶喪失だということがもちろんのこと、昔の情報が資料として残っていないからだ。


 紙としての情報、データとしての情報。どれもが人類が小地球へ移住した時に零してしまった、らしい。


 情報というものは、整理する人、書き記す人、それを受け継ぐ人がいてこそ成立するものだ。


 人と人の繋がりが存在せず、各小地球が村程度の集合体としての情報しか持ち得ないのでは、次代に残す情報だけでも零れ落ちていくものが多く存在していた。


 この学校というのも、そのひとつなのだろう。昔はあることが当たり前のものだったのかな?


 俺が顔を傾けていたからか、女の子が察してくれる。


「んっーとね。簡単に言うとたくさんの子供が勉強するところ、かな」


「賑やかそうなところじゃないか」


「うん、とっても賑やかだったと思うよ。色々なところから集まった子供たちが笑ったり、喧嘩したり、仲良くなったり、情操教育する場でもあったみたいだし」


 つまり大人になるためのマナーや、そのための知識を学ぶ場所だったのか。


 大事なものすら零すほど、いまの人間社会は崩壊している。繋がりのないものを社会と表現することも、おかしいなことかもしれない。


「とても大事なところだったんだろうなぁ……」


「それはもう、大事な場所でしたとも」


 俺の言葉に反応して、前方で歩いていた少女が足を止めて振り返った。


 少女は懐かしむように、優しさに満ちた大人っぽい微笑みを浮かべている。


「乱暴な子や、優しい子や、おしとやかな子や……多様な子供たちが一堂に会するわけですから、運営上で大変なことも多くあったと思います。でも、多感な時期に多様な人と出会うことで培われる経験というのは、代え難いもので、そのために学校がありました」


「それだけ大事で、世界を支えているものだったんだな」

「ええ、本当に大事なものだったんですよ。だから、私はここに学校を作りました。再び子供たちが学校に通える日が来ることを信じて……みんなを呼んでいることですし、そろそろ行きましょうか」


 言い終えると、少女は正面を向いて再び歩き出した。


 少女の俺より年下な見た目とは裏腹に、実感を伴った言葉。


 女性の年齢は見た目からは想像もつかないとは言うが、人間が社会形成能力を失ってから10年は経過している。


 それをさも見たきたように語るあの少女は、何者なのだろうか。


「なんか、不思議そうな顔してる」


 顔に出ていたらしく、女の子が再び問いかけてくる。


 俺って顔に出やすいんだろうか。それに付き合ってくれる女の子も良い子だ。


 正面を隠しきれないうきうきさで、肩を弾ませながら歩いている少女を見ながら答える。


「まるで見てきたようだと思って。見た目は俺より年下に見えるんだけど」


「あー……」


 女の子は頬をぽりぽりと掻きながら納得が言った、という表情をしている。


 心当たりがありまくるらしい。


「調さんとは6年くらいかな。けっこう一緒にいるんだけど、私にもよくわからないんだよねぇ」


「6年って、じゃあもっと調……さんは小さかったのか?」


「ううん、6年前に出会った頃から、調さんはずっとあの姿のままだよ」


「ずっと、ってあの容姿のまま?!」


 一体どんな魔法だ!?


 容姿から年が見抜けない女性がいるというのは聞いたことがある。だが13歳程度の見た目から一切変化していないというのは、魔法と言われても仕方なくないか。


「うん。樹里さんに聞いてもそう返ってくるんじゃないかな。見た目にはわからないけど……絶対、年だけなら50は超えてると思う……」


 50超えて少女みたいな容姿って、明らかに不可思議な力が働いているとしか思えないのだが。


「本当に人なのか……?」


「多分……?」


 自信なさげな返答だった。いまにもスキップしそうなほど楽し気な雰囲気を纏っている少女を、どこか遠いもの柔らかな目尻で見つめ、女の子は続けた。


「でもね、良い人なのは間違いないよ。人類を救おうといつも頑張ってる。いつも、真剣に人類のことを考えてる人だから」


 女の子から少女に向けられる眼差しを見ればわかる。一目瞭然だ。


 知っているのだろう。


 少女がどれだけ人類に尽くしているのかを。どれだけ信頼に値する人物かを。


「それがわかってるから、年を取ってないように思えることやら、容姿なんて関係ないか」


「うん、そういうこと。調さんを信頼していることを抜きにしても、人類はもう滅亡寸前。細かいことに一々、かまけてられないんだから……」


 その一言は、頭を金槌で殴られたような衝撃があった。


 滅亡寸前。


 人類が?


 確かに人類は自由に外出することができなくて、いまは小地球の中で生活されることしか許されていない。


 鳥籠に閉じ込めているようとも、言われていることはある。


 でも、人間が小地球で暮らしているのは、空食と呼ばれる存在がいるからだ。


 残念ながら、いまの人類には外で暮らすための用意も安全もない。


 暗闇の空から外敵が訪れると言うのは、どの小地球にもあった言葉だ。空食という名称が伝わっていなくても、外が危険であるという認識は共通されている。


 だが……滅亡寸前とまで言われているのは、初めて聞いた。


 外は人にとって危険だけど、滅亡と言うほどなのだろうか?


「着きましたよ」


 正面の少女が右足を軸足にして勢いよく振り返り、バッと楽し気に腕を広げた。


「ここが司令室です!」


 地平線の胸を張り、少女はむふーっと満足気な顔している。のだが、扉に部屋の名前が書いてあるプレートが堂々と設置されている。


「職員室と書かれているんだが」


 その言葉が差すところの意味は不明だが、司令室とは一切関係がないだろうことは理解できる。


「司令室です! 学校にあるという雰囲気を考慮して、職員室と書いていますが、実際には司令室なんですよ!」


「わかるような、わからないような……」


 いつやら隣にいた樹里さんは俺の肩にポンと手を置くと、頭をおそろしくゆっくり振った。


 どうして諦めろ、と優しい顔なんだ、この人。


「調さんは、その、自由なんだ。諦めて認めてくれ。ややこしくなるから」


 言っちゃったよ。

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