夕立
これは、私がまだ小学生の時に体験した話です。
夏が始まり始めた6月の終わりごろ。
当時の私は、身長があまり高くなく前から数えた方が早いくらいでした。
席替えでもあまり後ろになることはほとんど無かったのですが、視力の関係で私は1番後ろの窓際の席になりました。
その時、私の前の席に居たのはクラスで1番背の高い男の子でした。
幸い、黒板にその子が被ることは無く、授業も普通に受けることが出来ました。
彼は、おしゃべり好きでよく後ろを振り返りあまり愛想のない私にもよく話しかけてくれる優しい子でした。
ある日、彼にされたのは通学路にある今は誰も住んでいない古民家の話でした。
そには昔、おじいさんが住んでいたが孤独死をしてしまい誰にも発見されないまま1ヶ月も放置されていたといった内容でした。
そして、彼はこう続けました。
「今日の帰りにそこに行ってみないか」
私はその言葉に何だかワクワクして、頷きました。
そしてその日の帰り道、私は背の高い彼と早足で古民家へと向かいました。
もう誰も手入れをしていないであろう庭には、草が青々と茂り、夕暮れのオレンジ色の光は古民家の壁を照らしていました。
私達は草を足で踏み道を作り、古民家の玄関へと進みました。
古民家の玄関の扉は磨りガラスがはめ込んでありましたが、私の身長では中は見えませんでした。
私の前に立つ彼が、磨りガラスから中を覗き込んでいましたが同じく何も見えなかったようで、ドアノブに手をかけ開くか試していました。
彼がドアノブを回すと、ガチャリと少し重たい音を立てて扉は開きました。
家の中は、玄関から1本の廊下が真っ直ぐに伸びておりその廊下の左右にまた扉があり部屋があるといったシンプルな作りでした。
庭と同じく、手入れはされていないようで、廊下にはホコリや砂がうっすら積もっていました。
私達は、その廊下を進み次々と部屋の扉を開けていきました。
人が住んでいたんだなと分かる部屋を見る度に、ここに住んでいたというおじいさんは一体どんな人だったんだろうと私は考えるようになっていました。
見える扉は全て開け、その家の探索は終わりました。
まだ夕日が見える時間、私達は何も無く、拍子抜けだったななんて2人して笑いながらそれぞれ帰路に着きました。
そんな2人でした小さな探索の事も少しづつ忘れていた7月の始め、その日は夕方から雨の予報でした。
私は母から傘を忘れないようにと声をかけられていたのにも関わらず、傘を忘れて学校に来てしまいました。
だんだんと曇っていく空を見ながら、帰るまでに降らないで欲しいなと願っていました。
幸い、下校の時間になっても雨は降らず私は良かったと思っていました。
下駄箱の前で、走って帰れば降る前に家に帰れるかな。なんて考えながら靴を履き替えていると、私の前の席の彼が、私の肩を叩きました。
「俺も傘を忘れたから一緒に走って帰ろう」
私はそれに頷きました。
私の前の席の彼は、最初に話した通り私より背が高く、歩幅も大きく一緒に走っていた私は少しづつ差がひらいていきました。
彼は後ろを振り返り、度々私の事を待ってくれていました。
優しい彼に、ありがとうと言いながら私は一生懸命に足を動かしていましたが、ぽつぽつ、ぽつぽつと雨粒が降り出し、それはザーザーと激しさを増して行きました。
少しづつ濡れていく髪や服を気にしながら足を進めていると、私の前を走っている彼がいいました。
「あそこの古民家で雨宿りをしていこう」
私はまたそれに頷きました。
あの日と変わらずに佇む古民家へ私達は迷うことなく足を進め、扉を開け玄関へ入りました。
先に私が入り、後に彼が入ってドアを閉めました。
彼がドアを背にして達私はそれと向かいあう形で、私達は雨が少し弱まるまで話をしました。
ザー、ザーと降る雨の音。
雨の音と、私達の話し声しか聞こえない。
ザー、ザー、トン、トン
雨樋から落ちる雨の音でしょうか。
トン、トン、ザー、ザー
雨の音に交じって、別の音が聞こえてくるようになりました。
トン、トン、トン、トン
その音はだんだんと大きくなっていきます。
トン、トン、ドン、ドン、ドン
音が大きくなると、それがなんの音か分かってきました。
ドン、ドン、ドンドンドンドンドン
誰かが、玄関の扉を叩いている!
ドンドン!!ドン!ドンドン!!ドン!
音がどんどん大きく、強くなっていきます。
私の前にいた彼が、ドンの方を振り向きました。
その時です、ピカリと窓の外が光、ガラガラと音を立てて雷がなりました。
雷が鳴ったあと、ドンドンと扉を叩く音が止まりました。
私は、凄い雷だったねと、私の前に居る彼に話しかけました。
しかし、彼は答えてくれません。
私は不安になり、彼の腕を掴みました。
すると彼はビクリと震え、私の方へと振り向きました。
「お前、見たか?」
そう真っ青な顔で彼は私に聞きました。
私は、何を見たのかと聞きましたすると彼はこう言いました。
「玄関の窓に、目が真っ赤になったおじいさんが、張り付いてこちらを見つめて、顔を何度も何度も打ち付けていた」
彼は私より身長が高かったから、私は彼が壁になり何も見えませんでした。
だから、彼が言ったことが本当なのか今でも分かって居ません。