プロローグ
俺の名は大久保パンダ。
両親の顔も知らない。
物心ついた頃には祖父母と暮らしていた。
まあ、実の息子にパンダと名付けるくらいの両親だからそういう事なのだろう。
小学生の頃、授業参観で両親から自分の名前の由来を聞いてくるという宿題の発表会があった。
名付けてくれた両親への感謝の気持ちと、自分がどんな期待を受けて生まれてきたかを理解し、自尊心を育むというのが目的らしいが、俺の自尊心は砕け散った。
「僕の名前は健太です。
健康で元気に育って欲しいという願いが込められています。」
「私の名前はミラノです。
うちは代々アパレル系の仕事をしているので、将来家業を継いで外国人にも覚えやすい名前で世界に羽ばたいて欲しいと…。」
「僕の名前はパンダです。
お父さんとお母さんはいないのでおじいちゃんに聞いたのですが、何の取り柄もない地味なお父さんとお母さんが、人気者に…。」
他にも古臭い名前の同級生が、母親が出産直後で寝ているうちにおばあちゃんが嫁いびりで勝手に役所に届けでを出したとかいう話しもあり、俺の通っていた小学校では名前の由来を調べて発表する授業参観はなくなった。
「こいつの両親はクズだ、クズのDNAを継いだこいつもクズだ。パンダ君と遊んではいけません。」
などと言われ友達も出来ず、当然の様にイジメられ学校の先生も面倒くさそうにイジメられる方にも問題があるとか言うだけだった。
時は流れ俺は今日から高校生。
人を信じず本心を一切出さないまま、自己防衛の為の中途半端に高い学力と上っ面のコミュ力だけを持って入学式を迎えた。
俺の出身中学からこの高校に進学したのはたった三人で、一人は俺の唯一の親友の風山海斗と海斗の幼馴染の鈴木彩音だけだった。
カイトは背も高く成績優秀で顔も男の俺から見てもかっこいい。
ついでに親も医者で金持ちだ。
小学校の時程ではないにしろ中学でも若干浮いていた俺とも仲良くしてくれるくらい性格がいい完璧人間だ。
鈴木さんはカイトの元彼女で運動は苦手だが成績優秀だ。
運良く俺達は三人同じクラスになった。
入学式が何事もなく終わり、教室に移動した
俺に最初の試練が待ち受ける自己紹介だ。
これを失敗すると三年間が一瞬で終わる。
ましてや俺の名前はパンダだ。
俺は上っ面のコミュ力全開で地獄の時間を戦い抜いた。
たった3分程度の自己紹介くらいで少し大げさだと思われるかもしれないが、俺にとって2番目に大事な行事だ。
そして自己紹介後の休み時間、俺にとって一番大事な行事が訪れる。
「おい、お前パンダって言うのかよ。」
クソったれが!
こういう連中がうざいから頑張って勉強して良い高校に入ったのにやっぱりどこにでもウジ虫供は居やがる。
俺は最大限の余裕たっぷりな笑顔を作り応えた。
「おう、覚えやすいだろ。これからよろしくな。」
大丈夫。
初日から粋がってる奴等なんかたいした事ないんだ。
せいぜい兄貴が不良だとかわけわからない事が自慢なくらいの奴等だ。
大丈夫、落ち着け俺。
「俺はこいつと同じ中学だった風山だ、よろしく。」
カイトが助け船を出してくれた。
「私も同じ中学だった鈴木よ、よろしくね。」
なぜか鈴木さんも助けてくれた。
そして俺達はカイト目当ての女子生徒達に囲まれて、そっとウジ虫供から離れていく。
中学からずっと使っている俺の作戦通りだ。
俺は中学でカイトをはじめて見た時、こいつと仲良くなれば女子からはイジメられないと考えてカイトに近付いた。
もしかしたらカイトのおこぼれに預かって彼女出来るかもとかも考えていた。
そんな俺とカイトは仲良くなってくれた。
カイトには嫉妬してくる奴が大勢いて、普通に話しかけてくる俺が嬉しかったそうだ。
高身長イケメンで文武両道の家が金持ち。
想像するだけで嫉妬が凄そうだ。
俺は単に自分自身の環境が劣悪過ぎて人を羨んだりする余裕がなかっただけなんだが結果として仲良くなった。
放課後カイトが俺と鈴木さんを誘い、三人で帰る事になった。
俺達は寄り道して桜の綺麗な川沿いに来ていた。
カイトと鈴木さんが突然
「パンダ、お前に頼みがある。」
「私からもお願いします。」
と言い出した。
「いきなりなに?
カイトだけじゃなくて鈴木さんも?」
俺は中学時代あんまり絡みのなかった鈴木さんにまで突然言われてびっくりした。
「そうそれ、鈴木さんじゃなくてあやねって呼んで欲しいの。」
「なんで?」
「俺とあやねが昔付き合ってたのは知ってるだろ。」
カイトが説明してくれた。
俺は全く知らなかったが、鈴木さんはカイトと付き合った事がきっかけで女子から嫉妬され酷いイジメを受けたそうだ。
カイトと鈴木さんは一旦別れた事にして隠れて付き合いながら、一緒に勉強してこの高校に入学した。
一通り話しを聞いた俺は答えた。
「要するに今度の高校でも同じ事が起きない様に、仲良し三人組と言う設定にして欲しいって事だな。」
「おいおいパンダ設定ってなんだよ。
お前は相変わらずだな。
俺達は三人で仲良くしようって言ってんだ。
もちろんお前に彼女が出来たら4人で仲良くしてもいいしな。」
「あれ?俺めちゃくちゃ心ねじ曲がってね?」
俺は出来るだけ明るく答えた。
俺は親でイジメられてた。
カイトは嫉妬され、鈴木さんはイジメられてた。
俺達が友達に…?
「よし、この桜に誓って私達は友達よ。」
「なんだそれ?」
俺はつい突っ込んでしまった。
「あやねは読書好きのポエマーなんだよ。」
「ちょっとカイトそれは言わない約束でしょ。」
「いいじゃねえか、俺達桜に誓った友達だし。」
「カイトうるさい、このロボットプラモデルオタク。」
「それは言うなよ。」
「えっ、カイトってそんなにイケメンなのにロボット好きだったのか、知らなかった。」
「イケメンなのにってなんだよ。
俺とあやねの秘密を知ったんだからパンダも何か言えよ。」
俺達は桜の木の下で笑いあった。
俺は生まれて初めて心から友達が出来たと思った。
俺達の心が合わさって桜に溶けていく。
桜に誓う、友達の誓い。
これが青春なのかと思った瞬間。
俺達は本当に桜に溶けて吸い込まれていった。
新連載始めました。
よろしくお願いします。