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初めてじゃない

作者: 森永盛夏


夕焼けは、街を赤く赤く染め上げていくっていうのに。俺の中はどす黒い緑色のままで、君の頬が赤くなるたび、取り残されているような気がして、焦りが生じて、また失敗する。窓ガラス越しに手を触り合うだけで、言葉も交わせないで、そうやって今日も終わってく。

 僕があの人を好きだと気がついたのは、今年の夏の終わりだった。それまでは、限りなく友達に近い先輩だった。一緒にタバコを吸ったり、仲のいいメンツで遊びに行ったりするだけ。なんで好きって思ったんだっけ。思っちゃったんだっけ。考えてももう思い出せないのが、俺があの人を本当に好きな理由に思えた。

 青臭い高校時代も、大学に進学してすぐも、もっと女の子に積極的にアプローチできていたのに、今年が寒くなっていくに連れて凍ったように動けなくなって、もう年末になって、春になったら寒いから動けないなんて言い訳も言えなくなると思うと焦っちゃって、空回りするのがオチで。そんな中、あの人と話すときだけは焦らずに居られたのが心地よかった。だから好きになったんだ。自分に言い聞かせ続けている言葉だ。カフェで頼んだパスタは、僕好みのチーズ多めだった。


 先月、大学に入って出会った友人の中で一番親しいやつに彼女ができたと言われた。その時俺にも彼女が居たら手放しで喜べただろうけど、実際に喜べたのは声だけだった。

「おめでとう。」

自分で言ってて思ったことだけど、こんなポジティブな言葉久しく掛けられていないな。自宅の布団に入ってからふと悲しくなったので何滴か涙をこぼしておいた。

 目が覚めた。スマホの時計は朝の5時を指していた。あのまま眠ってしまったみたいだ。ラインの通知は相変わらずゼロだった。こんなに寒い朝くらい、業務連絡でいいから誰かと話したかった。寒いから動けない。また自分に言い訳をかまして、ふて寝した。

 次に目が覚めたのは午前8時。もう布団から出て準備をしなきゃ、1限目に間に合わない。しかたなく布団から出て枕を見下ろすと、自分の頭の形に凹んでいた。


 教室に入ると、妙にハイテンションな友人がおはようと声をかけてくれた。今日はなんだかムカついた。10月ごろ、この友人には僕の想い人について告白してある。

「俺さ、〇〇のことが好きなんだ。」

友人はコンマ数秒驚いた顔をしたけど、

「ふーん」

と流してくれた。普段のくだらないゲームの話を流されたら殴りたいほどムカつくのに、こういう重要なときは涙が出そうなほどありがたいんだろう。

「まあ〇〇かわいいしな!」

この一言は余計だったから、心の中で俺の感謝を返せ!って言ってやった。今も鮮明に覚えている。駅のロッテリア、喫煙席での一コマ。

 思えばあれから俺とあの人との関係は進展しているのだろうか。なんとか進んだ部分を探しているけど、いつになっても何周しても見当たらない。

「おい、呼ばれてんぞ」

友人に肩を叩かれるまで気が付かなかった。俺もだいぶ重症だな。黒板を見ると『I love you.』と書かれていた。胸のあたりがえぐられてとても痛かった。


 このキャンパスに来て、三階のテラスみたいなところにあった喫煙所がお気に入りだったんだけど、馬鹿な喫煙者のマナーが悪いおかげで撤去されてしまった。一つ潰れると、ドミノみたいにまた一つまた一つと潰れてしまって、キャンパス内の喫煙者は端っこに設置された申し訳程度の喫煙所一つに集結しなければいけなくなった。友人と文句をたれながらそこに向かい、タバコを吸うのが毎日のルーティン。そこで、同じく喫煙者のあの人に偶然会えることを薄く期待しながら。

「よお」

「うっす」

もし会えても、交わす言葉はこれだけ。その度、俺の心は濁っていくんだ。会釈して、目を逸らしてしまう。自分が情けなくて悔しい。早くこの場を離れたくて、さっさとタバコを吸ったから少しクラクラした。夏頃はあんなに仲が良かったのに、冬になって急にこんなにそっけなくなってもあの人は何も言ってこない。それが悲しかった。


 その日の3限目の後、いつものように喫煙所に言った。彼女ができたと自慢してきた友人と二人で貸切状態だった。

「俺、多分別れるわ。」

突然の告白に顎が外れそうな勢いで口をあんぐり開けてしまった。

「なんで?」

「最近彼女がそっけないんだよね。」

そう言う友人のスマホを覗き込むと、その彼女からのラインを一日ほど未読スルーしているようだった。普段からラインをしたがらない友人だが、彼女とマメに連絡をとっているのは嫌というほど見せられていたから、友人の怒りのほどが伺えるな。と思った。

「ラインくらい返してやれよ。」

「だってめんどくせえんだもん。」

ああ、これは別れるな、そう確信した。


 もうすぐクリスマス。駅周辺にはカップルが溢れかえり、そこかしこで甘い時間が過ぎていく。僕はそんな時計盤からはじき出された虫けらみたいだった。悔しくなって、やけくそであの人に久しぶりにメッセージを送る。多分、返信はだいぶ後で、その時間帯俺はちょうど塾講師の仕事中で、俺がやっと返信を返す頃にはあの人はもう寝てる。それでも、何もしないわけにはいかなかった。

「ねえ」

たった二文字。回りくどく何か話題を考えるのはだるいし、長くなるし、これだけを送信した。そうしたらすぐに付いた既読マーク。

「うしろ」

3文字だけで返ってきた。あまりの予想外の出来事に戸惑っていると、肩を叩かれた。振り向くと、あの人が立っていた。友人と二人で。

「仲直りできたん。」

今度はちゃんと俺の口で言った。

「おう。」

友人はそれだけ答えてちょっと気まずそうだった。何も知らないあの人は、友人の手を握ったまま、

「これからご飯なんだ!だから、またね!」

そう手を降った。

「良かったな。」

できるだけの笑顔で言って、ばいばい。と手を振り返した。

 前方を歩いていく、甘い時間。そのなかには、あの人と友人にしかわからないなにか特別な鍵でもかかっていて、そのパスコードを知らない俺には中を覗くことも許されない。


 ふわふわして、自分がどこに立っているのか、誰なのか、今右足を出しているのか左足を出しているのか、それすらもわからない感覚。例えるなら、暖房の効きすぎた部屋で頭がぼーっとしてくるみたいな。そういう感覚。振られることも許されない失恋は、これが初めてじゃないはずなのに。


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