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泣き虫レティ

 隣国ウィグナードから友好を深めるためにやってきたお姫様。

 数週間前から滞在しているその美しい人のすぐ後ろに、自らの婚約者であるジルベルトの姿を見つけてしまったレティシアは、諦めたように視線を床に落とした。



 伯爵令嬢であるレティシアも招待されている友好式典の際に、少しだけ時間が欲しいと3日前にジルベルトから連絡があった。

 

 

 話の内容なんて分かりきっている。



 ジルベルトのように、容姿端麗で騎士団の副団長まで勤めているような優秀な人が、レティシアの婚約者だったこと自体おかしいのかもしれない。ここ数週間、何度もそう自分に言い聞かせた。



 笑い合うお姫様とジルベルトの姿を見るたびに、胸がぎゅっと痛むのを感じていた。

 それも多分今日で終わる。だってレティシアは二人のそんな姿に胸を痛める権利さえ失うのだから。



 式典はつつがなく進み、会場はダンスホールへと変化した。 誰もが皆優雅にくるくると舞い踊るなか、きっとあの二人もダンスを踊るのだろう。そしてとてもお似合いだと、周りは囃し立てるはず。

 レティシアに気を使う者も多少はいるかもしれない。

 

 でも、そんな周囲の同情の視線さえ嫌で、予定の時間より少し早いにもかかわらず、待ち合わせ場所のテラスに一人で出た。

 噴水がある庭にそのまま降りる階段を見つけ、ふらふらと歩く。噴水の脇にあるベンチに座り、ジルベルトのことを考える。




 彼から婚姻を申し込まれたのは2年前。

 レティシアが14歳の時だった。


 今は政治に携わっているレティシアの兄が、まだ騎士団に勤めていた頃。兄の同僚として知り合ったジルベルトに、一方的に憧れを持っていた。

 いつも優しくて、かっこいい王子様のような人。

 そんな人から結婚してほしいと言われて、感極まって泣いてしまった。それにおろおろするジルベルトと、 妹を泣かせるなと怒り狂う兄。思えばあの頃が一番幸せだった。



 お互いの両親に話を通し、婚約は滞りなく成立したが、そのあとすぐに昇進を決めたジルベルトが急に忙しくなり、仕事におわれる彼と会う時間も次第に減っていった。寂しくないと言えば嘘になる。それでも、たまに会うときに笑って頭を撫でてくれるだけで、それだけで幸せだった。

 そして、2年の婚約期間を経て、先日レティシアが成人を迎えたために、やっと式の日取りも決まったというのに。



 彼に好きな人が出来てしまった。



 騎士団の副団長として任命された隣国のお姫様の専属護衛。まるで一対の絵のようにお似合いの2人。誰も彼もが2人の恋の行く末を気にして。そして彼は一切レティシアに会いに来なくなった。たまに届く手紙も内容はお姫様のことばかり。

 最近では、レティシアに向けてくれていたのは、恋情ではなく、妹を思う気持ちだったのではないかとさえ思ようになっていた。



「レティ」



 大好きな声が聞こえた。いっそのこと逃げ出してしまいたい。そんな弱い自分を叱咤して、声の方へ視線を向ける。

 さらさらとしたブラウンの髪に、整った甘い顔立ち。騎士服に身を包んだ彼。



「ジルベルト様」


「レティ、待ち合わせよりずいぶん早く来たんだね」



 優しいその声に 泣いてしまいそうだ。



「ジルベルト様、お話とは何でしょうか?」



 レティの言葉に、ジルベルトが困ったように眉を寄せる。



「すまない、レティ。来月の僕たちの式の日取りを延期したいんだ」



 彼の話は予想していた婚約破棄とは違い、結婚式の延期だったが、それでもレティシアはショックだった。ジルベルト本人から婚姻を望んでいない言葉を聞きたくなかった。



「…………理由をお聞きしてもいいですか?」



 震えそうになる声で、理由を問う。



「アナスタシア姫の滞在が1ヶ月延びたんだ。僕は彼女の護衛だから、そばを離れるわけにはいかない」



 その言葉を聞いて、レティシアは表情を消した。やっぱりジルベルト様はお姫様が大切なんですね。2年も前からレティシアが心待にしていた式なんかより、あの綺麗なお姫様の方が。



「…………分かりました」



 小さく頷いたレティシアにジルベルトは頬を弛め る。



「ありがとう、レティ。護衛の私があまり長く席を外すわけにはいかないから、慌ただしくてすまないが、姫のもとに戻るね」



 なんでもないように、お礼を言いながらお姫様のもとへ戻るという彼を諦めの気持ちで見送る。

 いままで何度となくジルベルトの背中を見送ったが、きっとこれが最後になるだろう。

 今日の話は式の延期だけだったが、きっとそう遠くないうちに婚約自体破棄される。


 そんな分かり切った未来に、悲しみを覚えつつも、 はっきりとした別れの言葉を告げられなかったことに安堵している自分がいる。


 なんて諦めが悪いのだろう。

 それでも、自分から彼を手放すことができない。


 ひとり取り残された庭で、辛い現実を見たくないとばかりにきつく目を閉じる。

 あの優しい笑顔にずっと隣にいてほしい。



 そんなレティシアの儚い願いはもろくも崩れ去る。



 ジルベルトの家であるカーディリアン伯爵家から、正式な婚約破棄の申し入れがあったのは、式典からわずか3日後のことだった。








 レティシアの家であるユージェミア伯爵家は、歴史も古く、昔から政治に深くかかわってきた家系だった。

 対して、カーディリアン伯爵家は数代前の当主が隣国との戦争で功績をあげたことで伯爵の地位を当時の王から与えられた、いわば成り上がりの貴族といえる。


 成り上がりとはいえ、代々優秀な軍人を輩出しているカーディリアン伯爵家の影響力は年々大きくなっており、レティシアの両親も、カーディリアン伯爵家の長子であるジルベルトとの婚約には乗り気だった。

 カーディリアン伯爵家にとっても、伝統のあるユージェミア伯爵家との縁談は、悪いものではなく、そのため当時2人の婚約は非常にスムーズ に成立した。


 しかし、歴史が古いといっても、所詮同じ伯爵の地位でしかない。国内での発言権をより高めるためには、隣国の姫と結婚した方が良いに決まっている。ましてや、ジルベルト自身が姫に惹かれているのだ。  レティシアの願いとは裏腹に、誰がどう見ても、 カーディリアン伯爵家からの婚約破棄は妥当な選択である。


 そうは言っても、レティシアの両親や兄弟たちの怒りは大きかった。

 大切な末娘をさんざんないがしろにして、隣国の姫とはいえ他の女にうつつをぬかし、挙句の果てに、書状1枚での婚約破棄。



 ジルベルト本人がユージェミア伯爵家に直接頭を下げに来ることもなかった。



 さらに、いつもふわふわと穏やかにほほ笑んでいるレティシアが、近頃ほとんど笑わなくなったことも、その怒りに拍車をかけたようだ。


 カーディリアン伯爵家からの書状には、慰謝料の請求に応じるとの内容もあり、レティシアの両親も請求のための準備を進めていたようだが、レティシアがそれを望まなかった。


 溺愛している末娘から懇願された両親は仕方なく折れた。しかし、これだけコケにされて何もしないというのは、さすがに貴族の矜持が許さず、今後一切カーディリアン伯爵家とは関わりを持たないという書状を、関係各所に送ることになった。


 それさえもレティシアは賛成しなかったが、 今後ジルベルトが出席する夜会等に、参加したくないのであれば、主催者側の貴族たちに前もってその意思を伝えておかなければならないと言われてしまい、最後には納得した。


 レティシア自身、ジルベルトとお姫様が並んでいる姿など見たくなかった。

 事前にジルベルトが呼ばれている夜会は出席しないと、有力貴族達に伝えておけば、招待を断ったとしてもレティシアに非はないということになる。


 これ以上レティシアが傷つくことをよしとしない 両親や兄弟たちの優しさが痛いほど伝わってきて、レティシアは泣きたくなった。でも、どんなに辛くても、涙は出ない。

 小さな頃は、 泣き虫レティと呼ばれるほど泣いてばかりいたのに。








 婚約破棄の申し入れから数日が経ち、カーディリアン伯爵家との決別を記した書状が、そろそろ関係貴族たちに届くころ。

 ユージェミア伯爵家に来客があった。




「……ライアン様」



 ここ最近閉じこもりがちだったレティシアを心配して訪ねてきたというその人に、驚きを隠せない。


 応接室のソファに腰を下ろしているのはライアン・シュバルツ公爵。キラキラと輝くプラチナブロンドの髪と海よりも深いブルーの瞳。造形の美しさから、無表情であれば恐ろしささえ感じるその顔が、レティシアを見て柔らかくほころぶ。


 本来であれば身分の差から、気軽に話しかける事さえ恐れ多いその人は、 ライアンの父とレティシアの父が懇意にしていたこともあり、昔からの顔見知りだった。



 レティシアより15歳年上のライアンは、まだ当時幼かったレティシアと嫌がるでもなく遊んでくれた。  ジルベルトと婚約した頃に、ライアンは宰相職につき、その多忙さ故に次第と交流は減るかと思われたが、そんな予想に反して、ライアンはまめにレティシアを気遣ってくれる。


 子供の頃のように、直接会って話す機会は減ったが、それでもたまに伯爵家に来ては、レティシアの父と難しい話をしたり、一緒に夕食をとったりしている。

 滅多にないその機会は、事前にライアンから連絡が入ることが常で、予告なしに訪ねてくることは今まで一度もなかった。


 今日ライアンが来るなんて誰も言ってなかった。レティシアの不思議そうな表情に気付いているだろうライアンは、応接室のドアの前で立ち尽くしている少女に微笑むと、向かいのソファをすすめる。


 ただでさえとんでもなく美形なライアンに微笑みかけられると、普通の人間だったら、赤面していただろう。しかし、レティシアは幼いころから見慣れているその笑顔に、安心したかのようにほほ笑みを返した。



「聞いたよ。婚約のこと」



 執事が紅茶と焼き菓子を用意し、退出すると、おもむろにライアンが口を開いた。

 予想通りの言葉だったが、ライアンの目的はやはりジルベルトとの婚約破棄の件だったようだ。



「・・・はい。お聞きのとおりです」


「ジルベルトの方から婚約破棄の申し入れがあったそうだね」



 低くて優しいその声が幼いころ大好きだった。 今はこの広大な国家の宰相の地位にいるという目の前の人に、レティシアは小さく頷いた。



「彼も見る目がないね。レティは世界一かわいいのに」



 幼い頃、何度もライアンが言っていた言葉に、 強張っていた頬が緩む。

 でも、そんなことはあり得ない。ジルベルトはレティシアなんかよりずっと美しい人を選んだのだから。



「そんなことないです。隣国のお姫様の方がずっと綺麗です」






 レティシアが告げた言葉に、ライアンはそれこそあり得ないと心の中で否定する。

 透き通るように白いなめらかな肌、サラサラのはちみつ色の髪は腰のあたりまでまっすぐ伸びている。エメラルドグリーンの大きな瞳は、まるで宝石のよう。レティシアほど美しい娘を、ライアンは知らない。


 優しい性格が伝わってくるようなふわふわとした柔らかい雰囲気は、一緒にいるととても安らぐもので。抱きしめれば壊れそうな程華奢なその体を抱きしめたいと思っている男は、数えきれないくらいに存在している。


 なぜそんな男たちの存在を知っているのか。それは、レティシアに不埒な思いを抱く男は、ライアンがことごとく潰してまわったからだ。

 やっと忌まわしいあの男の姿がレティシアの視界から消えた。

 その喜びに恍惚としながら、ライアンは甘やかな笑顔をレティシアに向けた。





 レティシアに初めて会ったのは、ライアンが18歳、レティシアが3歳の時だった。


 ユージェミア伯爵に連れられて、シュバルツ公爵家へとやってきた幼い少女と出会ったとき、ライアンの灰色だった世界は鮮やかに色づいた。


 その優秀さと持って生まれた容姿のために、甘いものにたかるアリのように人はライアンへと近寄ってきた。

 そんな人々を時には切り捨て、時には利用しながら生きていた。ひどくつまらない人生だと思いつつ、父の求めるままに、優秀な公爵子息を演じていた。


 誰も内側に入ることが叶わない高く厚いライアンの壁を、その幼い少女はいとも簡単に壊してしまった。

 少女がやることなすこと全てが愛おしく思えた。幼子の無邪気さにほだされているだけなのかと思ったこともあったが、その愛しくてたまらない気持ちは、少女が少しずつ大人に近づいて行っても変わらなかった。


 むしろ年を重ねるごとに光り輝くように美しく可憐になっていく様子に、気持ちは大きくなるばかりだった。


 結婚の適齢期を迎えて、いくら周囲がうるさくなろうとも、少女以外を妻にする気などなかった。 父親だけは、息子の異常なまでの執着に気づいていたのか、結婚を催促してくることはなかった。



 もう少し。もう少し、レティシアが成長したら。 そう機会を伺っていた過去の自分を、殺してしまいたいぐらい憎んでいる。



 幼いとばかり思っていた少女は、他の男に恋をした。



 そんなこと許せるはずがない。



 あの幼い日から、彼女はライアンのものなのに。



 身を焦がすような怒りに支配されたのは一瞬で、 次の瞬間には、レティシアを取り戻す方法を考えた。


 婚約はすでに成立してしまっている。それに、レティシアはあの男に恋をしてしまった。

 レティシアに非のない形で婚約を解消し、なおかつ彼女の心に巣食う恋情をちり一つ残さず消し去る。


 そうしなければ、無理やりに奪っても彼女は本当の意味では自分の物にならないだろう。 そのために、焦る心を押し殺して、慎重に行動した。


 とりあえず、面倒だと断り続けていた宰相職を引受けることからはじめた。レティシアを取り戻すのに、権力は決して邪魔ではなかったから。










「私はレティ以上に美しい女性を知らないよ。私の言うことが信じられない?」



 慰めるように、優しく語りかけるライアン。どうしてこの人はこんなに優しいのだろうか。

 思えば昔からそうだった。レティシアが辛いとき、悲しいときには不思議といつもライアンが会いに来てくれた。


 悲しいことがあって、家族にだって辛い気持ちを話していない時も、 必ずライアンは来てくれた。 忙しいはずなのに、急かさず、ゆっくりとレティシアの話を聞いてくれて、そして心を軽くする言葉をかけてくれる。

 10歳を過ぎる頃まで、ライアンはおとぎ話に出てくる魔法使いなのではないかと、密かに思っていたほどだ。


『泣き虫レティ、そんなに泣いてしまったらレティの綺麗な瞳がとけてしまうよ?』


 ライアンが来るたびに泣いていたレティシアの頭 を、そう言いながら飽きることなく撫でてくれる手に、幾度となく救われてきた。


 レティシアは辛い時間を過ごしたここ数週間、一度も泣けなかった。 あんなに泣き虫だったはずなのに、悲しくて、辛いのに、涙が出てこなかった。 大人になったから泣けないのかと、そう思ったりもしたが、それは正しくなかった。

 だって、いまレティシアの瞳からは大粒の涙がいくつもいくつも溢れているから。



 ずっと堪えていたものが、ライアンの優しい声とほほ笑みで溶かされる。 決壊したように次から次へと頬を濡らす涙を、レティの隣へやってきたライアンが、大きな手で壊れ物に触れるように拭う。そして、逞しい体にぎゅっと小さな体が包み込まれる。



「泣き虫レティ。そんなに泣いてしまったらレティの綺麗な瞳がとけてしまうよ?」



 耳元で囁かれた言葉に、レティシアの涙はますますとまりそうになかった。











「私はレティ以上に美しい女性を知らないよ。私の言うことが信じられない?」



 ライアンの言葉に、レティシアは瞳を瞠っている。そんな姿もとても愛らしくてたまらない。

 王宮の人間たちに言わせると、隣国の姫はたいそう美しいらしい。

 ライアンも先日の歓迎式典で姫と会ってはいるが、何の感慨も浮かばなかったし、美しいとも思わなかった。


 どこにでもいる女とそう変わらない。良い男がいれば媚を含んだ眼差しを向けるし、自分より目立ちそうな女には不愉快そうな表情を垣間見せる。 それを隠すことが、他の女より少しだけ上手い。 ただそれだけの女だった。



 しかし、その女のおかげで、レティを手に入れることができるのだとしたら、感謝してもいいくらいだ。


 今度はだれにもとられないように、自分のものにする。


 さっきまで笑みを浮かべていたその瞳から宝石のような涙がぽろぽろとこぼれている。ライアンは立ち上がり、レティシアの隣に座るとゆっくりと頬をなで、やさしく涙を拭う。


 それはまるで幼子にするかのような優しい仕草で、レティシアの涙はますますとまりそうにない。

 あまりのかわいさに耐えきれず、その小さくて柔らかな体を強く抱きしめた。



「泣き虫レティ。そんなに泣いてしまったらレティの綺麗な瞳がとけてしまうよ?」



 芳しい香りの首筋に顔を埋めながら、耳元で囁く。 レティシアの香りは、ライアンの心も体も全てを熱くする。 欲しい。 この子が欲しくてたまらない。



「・・ひっく、ふえ、・・」



 胸元から聞こえる嗚咽に抱きしめる力はさらに強くなる。



「レティ。レティには私がいる。だから泣かないで」



 ライアンは熱に浮かされたように言葉を紡ぐ。



「私はレティしか見ない。レティしか愛さない。 レティだけを大事にする。だから私と結婚しよう」


「ひっく・・・らい、あん・・さま?」



 レティシアが驚いたように、ライアンの名前を呼 ぶ。顔を上げようと身じろいだことに気づいたが、抱きしめた腕の力を弛めることは出来なかった。


 レティシアの声で名前を呼ばれることが昔から好きだった。 抱きしめる感触で、あんなに小さかった子供がいつの間にか大人の女性になっていることに気付く。


 もう、二度と離さない。たとえ誰に何を言われようと絶対に離さない。 なぜならレティシアははじめからライアンのものだったのだから。たった2年他人に貸してやっただけだ。


 貞操観念の強いレティシアとあの男の間に体の関係がなかったことは、もちろん把握している。レティシアの初めては自分のものだと昔から決めていた。


 二人の婚約が決まったのは、ライアンが仕事で長期に王都を離れていた時だった。あのときの怒りはいまでも覚えている。


 いっそのこと無理やりにでも奪って婚約を破談にしてやろうかと何度も思ったが、レティシアに嫌われることだけは我慢できなかった。


 だから、時を待った。


 傷ついたレティシアがライアンのもとに戻ってくる時を。もちろん何もせずに手をこまねいていたわけではない。



 あの男の仕事を休む暇がないほど増やしたり。

 あの男を隣国の姫の護衛につけるよう陛下に進言したり。

 その隣国の姫の恋心を焚き付けたり。

 姫とあの男の噂を広げたり。



 実際に自分の手で行ったのは陛下への進言くらいだが、部下もそこそこ上手くやったようで、無事にレティシアはライアンの腕の中に戻ってきた。



 これでもう離れることはない。




「レティ、愛してるよ」




 ライアンの言葉に、鈴のなるようなか細い泣き声が、すこしだけ大きくなった。






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