1.通学路の偶然に
わたし、伊月 心晴は、足が遅い。どれくらい遅いかと言うと、普通に歩いているだけなのに、気付いたら朝のチャイムが校門から聞こえてくるくらい。
「心晴、置いてくよ? ほら、生徒指導の岩石が睨んでんじゃん! 急げー」
「んー先、行ってて。文乃ちゃんまで遅刻させられないもん」
「おっけ、先に教室入ってるからね! 遅刻すんなよー」
「ん、頑張る」
同じクラスで友達の百崎 文乃ちゃんは、いつも途中まで一緒に歩いてくれている。だけど、わたしの足が遅いせいか学校の近くになると途端に、彼女は焦りだしてしまう。生まれつきというわけではないけれど、早く歩けないのがわたしの弱点。
坂が多いわけでもないのに、自分の家から歩いて20分の距離が30分くらいかかってしまうなんて、何だか不便に感じる。遅刻しないけど、毎日のように生徒指導の先生に睨まれているのって、何だか納得いかないかも。
こんなわたしでも、実は小学生の時はリレーが早かった。走る時だけ本気が出るのかな? でも、普段はあまりに遅くて、教室を移動する時にいつも置いて行かれるのが、何だか切なかった。
帰り道、特に何も部活も決めていないわたしは自分の家に素直に帰っている。教室を出る時は足早なのに、いつもの帰り道を歩き始めると、わたしの後に教室を出た子たちに抜かれていく。
「心晴~またね!」
「うん、また明日ね」
誰にも迷惑はかかっていないけれど、これがわたし、心晴の通学風景。
※
「行ってきます~」
中学に上がると同時に、わたしは家族ごと引っ越しをして来た。自分の家から歩いて通える近さに、わたしの通う中学があってすごく便利。それなのに普通に歩けば余裕で間に合う時間に家を出ても、わたしの歩く速度ではいつも予鈴のチャイムが外を歩くわたしの耳に聞こえて来ていた。
いつものように、学校があとわずかな所までたどり着くと、遅く出て来た子たちがわたしを次々と追い抜いて行く。まだ急がなくてもいいんだけどね。
そんな光景を眺めながら歩いていた時、明らかに後ろから誰かの駆け足と、息を切らせた音が聞こえて来た。あれ? まだ遅刻じゃないよね。それなのに走ってる?
「はぁはぁはぁはぁ……はぁ~~つ、疲れた」
丁度わたしの真横で、その男子は膝に手を付いて深く息を吐いていた。思わずじっと見つめていたせいか、目が合ってしまった。しかも彼は笑顔で話しかけてきた。わたしもつられて笑顔を見せてしまう。
「キミ、同じ学校?」
「あ、うん」
「俺さ、今日から転入してきたんだ。親置いて、俺だけ先に走って来ちゃったんだ。あ、ごめんね。足止めちゃった。遅刻すると悪いし、行っちゃっていいからさ~」
「じゃ、じゃあ……」
よほど長く走って来たのかなと思うくらいに、後ろを振り返るとまだその場で足を止めていた彼。振り返ったわたしに気付いて、大きく手を振ってくれていた。
何だかおかしいけれど、優しくて面白い男子と出会えた朝の通学路。名前、聞いてなかった。けど、また会えるといいな。そんなことを思いながら、予鈴のチャイムがわたしを急がせた。