第四話目~神器持ちと襲撃~
朝、目覚めた俺たちはひとまず朝食をとることにしていた。ミュゼと俺はココからもらった果実を齧り、当の彼女は宝石をバリバリむしゃむしゃと食べている。
それも呪いのせいだと言っているが、やはり信じられない光景ではある。というか、盗賊の性か宝石を見るとどうも盗みたくなってしまう。もちろん、そんなことをすればココから殺されるのでやらないが。
「して、ココよ。闇市というのはここからどれほどのところにあるのじゃ?」
「割と近いよ。歩いて十分もかからない」
「ほほ、そうかそうか。見つかればいいのう」
一晩考えて気持ちも落ち着いたらしく、ミュゼは上機嫌に笑う。
今回の目的は闇市に行って、神器を集めることだ。今後の方針としてはひとまずスラムを出て、各地を巡ることになっている。曰く、神器同士はいずれ巡り合う運命にあるらしいのだが、一か所に留まっているよりは旅をした方が効率がいい。
それに、ココの話が本当ならば領主に追われているのだからスラムを出るのも当然だ。俺が育った場所ではあるので離れるのは辛いところもあるが、乗りかかった船だ。しばらくは彼女に付き合おうと思う。
「ほれ、トーヤ。もっと食わんか。力が出ぬぞ?」
「いいよ。ていうか、お前が食べすぎなんだよ」
ミュゼはかなりの大喰らいだ。その小さな体のどこに入っているのか不思議に思う。
一方の俺は果実を二つ齧ったところで席を立つ。朝の空気はどこかひんやりとしていて心地よいとは思うのだが、スラムの空気は淀んでいるために快適さはない。
「ところで、ココ。お前のそれ、俺も使えるのかな?」
「無理じゃな」
それに答えたのは、ミュゼだった。彼女は俺の方に向きなおり、ピッと人差し指を立てる。
「神器は基本的に一人に一つ。それ以上は呪いが重なり、人の身には余るからじゃ。その上、神器には相性もある。おそらくじゃが、お主にそれは合わんじゃろう」
「む、そうなのか?」
「うむ。伊達に長く生きてはおらんわい。その人物を見れば、どの神器が合うのかは大体わかる。ちなみに我との相性は最高じゃぞ?」
ニヤニヤとした顔でこちらを向いてくるミュゼ。俺は肩を竦め、そっぽを向く。
なんというか、幼女同然の体をしているくせに妙なところで老獪だから困る。たまに年長者らしい意見を言ったりもするし、どこか達観している部分だってあるのだから。
「ねぇ、おねーさんも神器? なんだよね?」
「うむ。生体型神器・魔導機構。ミュゼというのは、生前の名前じゃな」
「生前?」
「生体型神器というのは、元来生物を基盤にしておる。我もかつては人間じゃったが、自ら望んでこの体になった」
「へぇ……何で?」
「それはな……」
と、そこまで言いかけて、ミュゼがピタリと動きを止めた。しかし、彼女の視線は出入り口の方へと向いている。そこには明確な敵意が浮かび上がっていた。
「下がれ、トーヤ! ココ、我らを抱えて駆けろ!」
「え? え?」
「早くしろ! 死にたいのか!」
叱咤されたココはハッとした様子でミュゼを脇に抱え、歩み寄った俺の首根っこをむんずと掴むとグッと姿勢を低くした。刹那、彼女の巻いているバンドが脈動し例の紋様が広がっていく。
「――ッ!」
一瞬だった。一瞬で景色が変わり、空気の壁に激突する。あまりの速度に息苦しさを覚え、視界が明滅した。
しかし、それもすぐのこと。急制止をかけられ、俺は思わずゴミ山に頭から突っ込む。すぐさま身を起こしてナイフを構えてミュゼの方を見れば――その先に広がっているのは惨劇だった。
先ほどまで俺たちがいた小屋が燃えている。屋根に突き刺さっているのは火の矢だ。それが無数に突き刺さった様はさながら巨大な蝋燭だ。しかし燃える速度は尋常ではなく、あっという間に小屋は焼け落ちてしまう。
「う、嘘……」
ココはショックを受けているようで、目を大きく見開いている。だが、その隣にいるミュゼはというと、神妙な面持ちで小屋を取り囲んでいる集団を見つめていた。
あれには俺も見覚えがある。領主の屋敷にいた衛士たちだ。彼らは武器を持ち、鎧を身に纏っている。小屋に攻撃を仕向けたのは、間違いなく彼らだろう。
しかし、なぜだ? なぜ、居場所がばれた?
「んふふ、それは私が説明してあげるわよん」
突如として、そんな声が真後ろから響いた。ハッとして飛びのき声の出どころを探れば、ゴミ山の上に長身の男が立っているのが見える。
服の上からでもわかるほど筋肉が盛り上がっていて、背中には大剣を担いでいる。立派な三日月型のひげを蓄えており、こちらを挑発的な笑みで見つめていた。
「んふふふふ、それにしても勘がいいわねぇ。どうして小屋から逃げられたのかしら?」
「ハッ! あれだけ殺気を丸出しにしておれば、気づかぬバカはおるまいに」
ミュゼが挑発的に返す。オネエ言葉の男はそれを聞いてクスクスと楽しげに笑ったかと思うと、パチンと指を鳴らした。
それを合図に、散らばっていた衛士たちが俺たちを取り囲む。その数は数えるのも面倒くさい。が、なぜか襲ってくる気配はないのだ。ただ、俺たちを逃がさないようにしている。そんな気配を感じた。
「ココ。お主は部外者じゃ。逃げろ」
「む、無理だよ。だって、こんなに囲まれてるんだよ?」
「あぁ、それもそうじゃな、クソ」
小さく毒づいたミュゼはココを庇うように立ちふさがる。それを楽しげに眺めていた男はゴミ山から飛び降り、俺たちの前に着地するや否やぺこりと一礼してみせた。
「あたくしはレビィ。レビィ・アーデルハント。領主さまに雇われた……そうねぇ。お掃除屋さんってところかしら。もちろん、ゴミはあなたたち」
「ハッ! さっきから聞いていればべらべらと。要するに、我らを捕らえに来たのじゃろうが」
「いいえ、違うわ。そこの可愛らしい神器さん。あなたは捕獲。そこの盗人は殺す。神器は持ち主が死ねば無力になるものねぇ。あぁ、でも、そっちの女の子は予想外だわぁ……リストに載っていないもの。でぇもぉ」
ずろり、と舌をむき出しにした男――レビィはココを見て微笑む。
「そこの子、すごぉく可愛いから奴隷商人にでも売ればいいお小遣いになりそう! というわけで、捕らえさせてもらうわんっ」
「ッ!」
ココが息を飲むのが伝わってくる。まだ幼い少女だ。怯えるのはしょうがないだろう。
「アンタたち! 手ぇ出すんじゃないわよ。アンタたちの役目はこいつらを逃がさないこと。どうせ、神器持ちには敵わないんだから」
「カカッ! よくわかっておるではないか。して、そう言えるということはお主も神器持ちか?」
「ご明察! 私はギルドから派遣された神器持ち」
「……ギルド?」
ミュゼの目が細くなる。何か引っかかるところがあったのか、緊迫感が増した。
「あらやだ、いけない。おしゃべりはダメねぇ。プライベートならいいのだけど。まぁ、いいわ。だって、アナタたちはここで終わるんですもの」
レビィは大剣を抜いたかと思うと、グッと腰を落とす。構えを見ているだけで相当の手練れだということがわかった。すぐさま身構え、姿勢を低くする。
「それじゃあ、行くわよんっ!」
「ッ!」
大剣を持っているというのに、馬鹿げた脚力で肉薄してきた。紙一重で一撃を交わすものの、空を切る音が耳朶を叩く。衝撃の余波だけで体勢を崩しそうになり、地面を転がって何とか離脱。
しかし、衛士たちに囲まれているのが地味に辛い。こいつらがいる限り、自由な動きはできないだろう。
「ミュゼ!」
「わかっておる!」
俺の意図を察してくれたミュゼはすぐさま両手を広げ、衛士たちに向けて魔導を――
「させないわよんっ!」
放とうとする前に、レビィが強烈な蹴りをお見舞いした。防御が間に合わなかったミュゼはまともにその一撃を受け、軽々と宙を舞う。
「ミュゼ!」
「えぇい、無事じゃ! 一々騒ぐな!」
ふわりと着地した彼女はまたしても攻撃に移ろうとするが、それをレビィが許さない。常に距離を一定に保ち、彼女が能力を行使できないようにしている。
「好き勝手してんじゃねえ!」
ナイフを片手に疾駆し、レビィの懐に潜り込む。姿勢をギリギリまで低くしてからの、掬い上げるような一撃。ナイフの刃が煌き、レビィの首筋に迫る。
「悪いけどそれ、見えてるのよん」
ギリギリ、紙一重で避けられた。だが、それで終わらない。ナイフをクルリと回転させ、今度は振り下ろす。大剣の柄で弾かれるわずかに体勢を崩したところに痛烈な拳を腹部に受けた。
肺の中の空気が一気に抜けていく感覚。ぐらりと視界が揺れ、たたらを踏んだ。
「ガァッ!」
地面に突っ伏す前に踏み込み、その勢いのままナイフを振るう。高速を超えた神速の一撃。しかし、それすらも躱された。
「トーヤ! どけ! 《王掌》!」
俺の攻撃の合間に体勢を整えたらしきミュゼが攻撃を放つ。可視化された巨大な掌状のエネルギーがレビィへと迫る。速度はさほどでもないが、攻撃範囲がかなり広い。流石にこれを躱すことは……。
「ざぁんねん。それももう、見えてるのよん」
レビィは落ち着き払った様子で大剣を地面に突き刺すと、それを力任せに振り抜いた。その衝撃により、大地がべろりと裏返る。その様はさながら、巨大な大地の盾。それはエネルギーにぶつかるや否や爆散するが、レビィ本人は無事。
どころか、上機嫌で鼻歌を奏でている始末だ。
やはり、こいつも神器持ちなのだろう。しかも、かなりの腕前ときている。
一騎当千の力を持つとされる神器持ち。それを相手にするのがこれほどしんどいとは夢にも思わなかった。
「トーヤ。下がれ。おい、そこの男女。む、女男? えぇい、めんどくさい」
「レビィでいいのよん? お嬢ちゃん」
「誰が敵の名なぞ呼ぶか! まぁ、よい。大体お主の手は読めたでな」
「あら、すごい。でも、勝てなきゃ意味ないわよ?」
「クカカッ! それもそうじゃな。では……参ろうか」
ミュゼが静かに手を合わせた瞬間――その姿が霞のように消えた。しかし、それに戸惑っているのは俺たちばかりで、レビィは平然としている。
「そこ」
そして小さく首を傾けると、先ほどまで奴の頭があった部分を小さな拳が通過していく。見れば、ミュゼが奴の後ろまで移動していた。
「やはりな!」
しかし、連撃は止まらない。ミュゼの両手は紅のオーラを纏っており、拳を振るった余波で大地が震える。あれを喰らえばタダでは済むまい。
そう、喰らえばの話だ。今のところ、レビィは全てを回避している。しかも、余裕でだ。
「うふふふ、タネがわかったみたいに言ってたけど、口だけみたいね?」
「それはどうかのぅ? ココ! 今じゃ!」
「ハイよ!」
ビュオンッと、何かが俺の横を高速で通り抜けて行った――次の瞬間、
「……はい?」
レビィの身体がくの字に曲がった。かろうじて見えたのは、綺麗な姿勢のとび蹴りを放つココ。あれだけの助走をつけた一撃だ。ただで済むわけもなく、レビィの身体はすさまじい勢いで弾かれゴミの山に激突。
土煙の中から出てきたのはむせるココだけ。煙が晴れた後に見えたのはぐったりと横たわるレビィ。
「う、うわぁ!」
「やられた! 逃げろぉ!」
「クソォ! 腕利きじゃなかったのかよ!」
ボスがやられたのを見てか、衛士たちは一目散に逃げ出す。そもそも、神器持ちの相手は神器持ちでしかできないのだ。彼らが残っていたとしても、何もできなかったから正しい判断だ。
が、唯一の失策はレビィを、すなわち情報を持っているであろう輩を俺たちに引き渡してしまったということだ。一応息はしているようだし、話も聞けるだろう。
「カカッ! 動きが見えても、身体が追いつかねば意味もあるまい。これぞ、宝の持ち腐れじゃな」
ミュゼは勝ち誇った様子でレビィを抱き起す。そうして身体をまさぐり、首を傾げた。
「む? こ奴、神器をどこに隠しておるのじゃ? えぇい、面倒じゃ。服など破いてくれる!」
「や、やめてやれ!」
敵とはいえ、最低限の礼儀がある。強引に服を破ろうとするミュゼを制止し、ひとまずはその場を収めるのだった。