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第二話~スリの少女と最初の神器~

 路地を抜けた後、俺たちは自宅へ向けて足を向けていた。すでに夜は更けているというのに、スラムの夜は明るく騒がしい。むしろ、この時間帯になってくると酔っ払いや荒くれ者どもが勢いづく時間だ。

 正直なところ余計な騒ぎは起こしたくない。俺はミュゼを庇うようにして歩いていく。

 が、当のミュゼはやや自信ありげな様子で胸元に手を当てて口元を不敵に歪める。


「別に庇う必要などないぞ。こう見えても我は強いからな」


「知ってるよ。少なくとも俺より強い。けど、夜のスラムでは女ってだけで狙われやすくなるんだ。人攫いとか、レイプ魔とかにな。だからなるべく俺のそばにいろ。余計な騒ぎはごめんだからな」


 彼女の腰に手を当て、自分の方へと引き寄せる。俺たちに向けられる好奇の視線から外すために。効果は抜群で、少しだけ不快感が消えた。ミュゼを品定めするようにして見ていたならず者たちも、小さく舌打ちして別の獲物を探しに行く。

 彼女は最初こそ不満げにしていたが、やがて口元を歪めて体を密着させてくる。本人いわく神器という奴らしいがこうして触れてみると人間の女の子と大差ない。

 ふわりと漂ってくるのは花のような甘い匂い。肌は新雪のように白く、適度な弾力があって柔らかい。瞳の輝きはまさに宝石そのもの。髪だって艶やかなもので『生』を実感させられた。


「んぅ? どうした、トーヤ。我の姿が気になるか?」


「まぁな。お前、いくつだよ?」


「レディに年を尋ねるなど、無粋の極み。ま、気が向いたら教えてやるわい」


 ミュゼはカラカラと楽しげに笑う。見た目の割に余裕があるというか、どこか達観した雰囲気がある。やはり、外見以上の年月を生きていることは間違いないだろう。

 ……と、それはさておき、まずは聞かねばならないことがある。


「で? これからどうするんだよ。何か考えはあるのか? その……神器を集めるための作戦とか」


「いや、ない」


「即答かよ」


 あれだけキッパリと宣言したというのに、まさかのノープランときている。余裕があると思ったが、単純に何も考えていないだけかもしれない。

 今さらだが、大丈夫だろうかと不安になってしまう。彼女の言葉を全て真に受けるならば、俺はすでに呪いとやらを受けてしまっているわけだ。そんな業を背負って生きるのはごめんである。

 大きなため息をつく俺。その肩をトンと叩いたミュゼは白い歯を見せて笑う。


「心配せずともよい。人生何とかなるものじゃ」


「はいはい……あぁ、クソ。本当、やっちまったなぁ……」


「我のような美少女と一緒におれるだけでもめっけもんじゃろ? それより、今日はもうはよう寝たい。寝床に案内せい」


「了解。汚いところだけど、文句は……」


 と、そこまで言いかけた時だ。目の前から小柄な人影が勢いよく走ってきて、俺にぶつかったのは。

 よろめきながらも、ぶつかってきた奴の姿を視認する。

 フードを目深に被っている、小汚い身なりをした人物だ。スラムでは特に珍しくもない、ありふれた姿である。

 そいつはぶつかった俺に詫びの一つも入れず、すさまじい勢いで走り去っていく。

 その原因は、ただ一つ。


「おい! どけ、どけ! クソ、逃げ足のはええ奴だ!」


 先ほどの人物を追う複数の屈強な男たち。全員顔を赤らめているのは酒を飲んでいるからか、はたまた興奮しているからか。軍人崩れだと思われる彼らの脚力でさえ、追走することはままならない。

 それほどまでに、フードの人物の脚は早かった。それこそ、土煙をあげんばかりの勢いで走り去っていく。


「おい、トーヤ。今のは……」


「あぁ、別に珍しくもねえよ。大方、酒場で金でもスられたんだろ。それより早く寝床に……」


「馬鹿者! 我らも追うぞ!」


「は、はぁ!?」


 呆気に取られる俺をよそに、ミュゼは男たちの後を追う。中々の健脚に目を丸くしたのも束の間、呪いのことを思い出す。


「俺から離れるなって言っただろうが! 死んだらどうするコンチクショウ!」


 毒づきながら駆けだし、先行していたミュゼの隣に並ぶ。すると彼女はニヒルな笑みを向け、


「トーヤよ。我らは幸先がよいな」


「は? 何がだよ」


「察しの悪い奴じゃな……神器持ちじゃよ。先ほど、お前にぶつかってきた奴。あ奴こそ、神器持ちじゃ」


 その言葉に、俺はただただ愕然とするばかりだった。目を丸くして、再びミュゼに問う。


「それ、本当か?」


「無論。我にはわかる。それに、トーヤ。お主も奴を追わねばならない理由があるじゃろ」


「?」


 得心のいかない俺に対し、ミュゼは心底呆れた様子で肩を竦めて自分の胸元をちょいちょいと示す。


「お主もスられておるぞ。ガッツリとな」


「え? ……マジかよ」


 胸元を探ってみて、目を丸くする。領主の屋敷から拝借していた大金がごっそりとなくなっていたのだ。これに気づかなかったのは、我ながら阿呆としか言いようがあるまい。

 しかし、嘆くよりもまずすることがある。


「ミュゼ! 絶対に奴を捕まえるぞ! 金返せ!」


「おぉ、その意気じゃ! クフフ、退屈せんのう、お主とおると!」


 隣で愉快そうに笑っているが、笑いごとじゃない。金を盗られたのは一大事だ。なんとしてでも取り返さねばなるまい。

 グッと足に力を込め、大地を蹴る。すっかり諦めたらしい先ほどの男たちを追い抜き、ミュゼの指示通りに路地を潜っていくと――やがて開けた場所に出た。

 スラム中のゴミが集まる吹き溜まり。通称『最果て』。

 そこに、フードの人物はいた。肩を上下させて、俺たちを睨みつけている。フードの奥から見える金色の瞳は肉食獣のそれで、鋭い攻撃性を有していた。


「お主、よくもやってくれたのう。この落とし前はたっぷりとしてくれねばな」


 悪役のようなことを言うミュゼ。まあ、それにはおおむね同意だが。

 荒事になるのを予想してナイフを取り出す。こう見えてもスラム育ちで喧嘩には慣れっこだ。ナイフを手中で弄び、素早く構える。


「……へぇ、やる気?」


 それがフードの人物から発せられた声だと気づくのに、数秒を要した。

 思ったよりも甲高く、透き通った声だった。不審がる俺をよそに、そいつはフードを脱ぎ捨てる。

 ――現れたのは、栗色の髪をした少女だった。活発そうな見た目をしており、生きるために必要な肉以外をそぎ落とした印象を受ける、スレンダーな身体だ。

 挑発的な色を宿した金色の瞳と特徴的な八重歯。年は俺より少し下。スラム育ちらしく身なりは小汚いが、可愛らしい顔立ちをしていた。

 身に着けているのは――おそらく盗品だと思われる真新しい洋服。しかし目を引くのはそこではなく、太ももに装着している奇怪なバンドだ。蛇を模した見た目をしており、幾何学的な紋様が彫り込まれている。


「あれが、神器か」


 微かな問いに返されるのは、これまた微かな肯定。ミュゼは奴に悟られないように小さく頷く。


「おにーさんたち、やるね。アタシについてこれるなんてさ」


 少女はへらへらと笑いながら語りかけてくる。年相応の無邪気さを有した少女、というのが正しい見解なのかどうかはわからない。少なくとも、敵意は見えなかった。


「問答はよい。盗ったものを返してもらおうか」


「あぁ、これ? いいよ。はい」


 強い口調でミュゼが告げると、少女は腰に下げていたボロ布の中から札束を取り出し、俺の方に投げつけてくる。それをキャッチして中身を確認。どうやら盗まれた分はキッチリと返ってきたようだ。

 が、


「これだけではない。それも返してもらおうか」


 ミュゼが指差したのは少女の身に着けているバンドだ。しかし、少女は首を振る。


「これ? やだよ! アタシが生まれた時から持ってたもんだ! 誰にやるつもりも、義理もないね!」


 フンッと鼻を鳴らす少女の意思は固そうだ。どうしたものかと隣を見ると、ミュゼはすでにボキボキと指を鳴らしている。どうやら、実力行使に出るつもりらしい。

 ……こうなれば、仕方ない。最後まで付き合うしかないだろう。


「え? マジでやるの? やだなあ、争いごととか……」


 身構える俺たちをよそに少女はポリポリと髪を掻き毟っている。どうやらおどけているわけではなく、それが『素』のようだ。

 彼女はこれ見よがしにため息をついた後で、ギラリとこちらを睨みつける。


「ま、やる気なら止めないけどさ。後悔しないでよ?」


 次の瞬間、少女の身に着けているバンドがドクンと脈動したかと思えば、それを起点に渦巻のような紋様が少女の脚に広がっていく。

 その現象には見覚えがある。以前、俺がミュゼと契約を行った時にも見たものだ。


「気をつけろ、トーヤ!」


 ミュゼが警告を発するが、すでに遅い。

 俺の視界は、迫りくる少女の靴の裏で塗りつぶされていた。


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