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第一話~神器の行方とこれからと~

 領主の家を脱出した俺たちが向かったのは、人の行き交うスラムの大通りだ。お世辞にも綺麗な場所とは言い難いし、周囲は喧騒に満ちているが誰でも受け入れてくれる度量の広さがここにはある。

 大陸からやってきた異民族や手配書付きのならず者たちの姿もチラホラと見えるくらいだ。俺はローブを目深に被ったまま、通りをゆっくりと歩いていく。


「ミュゼ。あまりうろちょろするなよ」


 が、肝心の相方はというと初めて訪れるスラムに興奮しているのか、先ほどから露店を覗きこんだり、行き交う人々の顔を興味深げに眺めている始末だ。元々人目を引く外見ということもあってか、いらぬ注目を集めてしまっている。


「のう、トーヤよ。我は腹が減った。ここの料理を所望する」


 ミュゼはえっへんとふんぞり返り、間近にある屋台を指さす。串焼肉に特製のタレをつけて焼いた、大陸の料理だ。肉とタレの焼ける香ばしい匂いは実に暴力的。

 思えば、領主の家に上り込んでから何も食べていない。ちょうど大金も手に入ったことだし、少し奮発してもいいだろう。


「わかった。二つ頼む」


「まいど」


 無愛想な屋台の親父はへの字口のまま、串焼肉を二つ渡してきた。俺はそれらを受け取り、一つをミュゼへと渡す。彼女はパァッと顔を輝かせて肉に齧りつくなり、うっとりとした様子で頬に手を当てた。


「ふむ……久方ぶりの食事はやはりいいものじゃな。我の時代にはなかった食べ物じゃ」


 相当気に入ったらしく、満面の笑みで肉に齧りついている。俺も彼女を一瞥してから肉に齧りつき、小さく頷いた。

 おそらく、タレに浸けこんでいたのだろう。味がよく馴染んでおり、肉はとても柔らかい。香辛料のピリッとした辛さが食欲をそそる、素晴らしい味わいだ。


「ふむ、美味かった。感謝するぞ、トーヤよ。それにしても……街の様子もずいぶんと変わったものじゃな。我の生きていた頃とは何もかもが違う。人も、空気も、建物も……」


 ミュゼの横顔は少し悲しげだった。どこか疲れたような目で空を見上げる彼女には不思議な哀愁がある。

 しかし、彼女は小さく首を振ってからまた歩き出した。俺もその後を遅れて追う。小さな彼女の身体がいつもよりも殊更に小さく見える。儚くて、今にも消えてしまいそうなほどだ。

 ……正直まだ信じられないが、彼女はこの時代の人間ではないのだろう。いや、そもそも人間であるのかどうかすら疑わしい。

 彼女が見せた数々の奇跡。あれが幻だとは思えない。

 魔導。神器。呪い……訳のわからないことばかりが頭に残っている。


「……ミュゼ。ちょっと来てくれ」


「ん? どうした?」


「会ってもらいたい人がいる。ついてきてくれ」


 ミュゼの手を引き、裏路地に入り込む。華やかな通りとは打って変わって、こちらは陰鬱な雰囲気が漂っている。地面に散らばったゴミを蹴散らしながら進んでいくと、やがて目的地が見えてきた。

 廃材をかき集めて作った、ボロボロの小屋だ。見るからに汚らしくて近寄るものは誰もいない。だが、その中にいる人物はスラム街でも有数の物知りだ。もしかしたら、ミュゼのことについても知っているかもしれない。

 小屋の中は薄暗くて空気が淀んでいるような気がした。外観にそぐわず、中も相当に汚らしい。


「髭爺。俺だ、トーヤだ。いるか?」


「……フォッフォッ。おぉ、坊主ではないか。また老いぼれの話でも聞きに来たか?」


 小屋の奥からのっそりと出てきたのは小汚い身なりの爺さんだ。髭をぼうぼうに蓄え、目元などは前髪で見えない。杖を突きながら歩いてくるのだが非常に危なっかしく、今にも転んでしまいそうだ。

 髭爺は俺の前に来ると、顎髭を撫でながらコクコクと頷いた。それからミュゼの方に視線を向け、


「トーヤ。お前のこれか?」


 非常に下卑たジェスチャーをしてみせた。俺はフンッと鼻を鳴らし、


「バカ。違うよ。ミュゼ。この人は髭爺。スラム街の長……みたいな人だ」


「フォッフォ。ただの老いぼれじゃよ、お嬢さん」


「カカッ! お嬢さんとはな。我の方がお主より年上だぞ? 小僧」


 ミュゼはクスクスと楽しげに笑いながら近くの椅子に腰かけた。俺は壁に背を預け、髭爺とミュゼが向かい合うのをただ見つめる。

 ミュゼはしばし髭爺を興味深げに眺めていたかと思うと、唐突に口を開いた。


「さて、お主に聞きたいことは二つじゃ。一つ、王国の現状。二つ、神器について。頼めるか?」


「お安い御用じゃ。まず、王国の現状……といきたいところじゃが、それを話す前にまずは神器について述べねばばなるまい」


 一拍置いて、髭爺は顎髭を撫でながら天井を見上げた。それから低く唸るような声で、静かに語り始める。


「神器というのは千年以上前、初代国王が国の繁栄を祈って作った古代の遺物。現在では再現不可能な技術が多数用いられており、そのすべてが破格のスペックを持つとされている……」


「ほぅ、よく知っておるじゃないか」


「伊達に長く生きておらんわい。じゃが、その神器のほとんどは先の大戦で失われた、と聞いておる。事実、わしもこの目で見たことはないしの」


「大戦?」


 ミュゼの顔がわずかに歪む。だが、髭爺は構わずに続けた。


「うむ。数百年ほどのことじゃ。神器の力は強大じゃったが、だからこそ争いの火種にもなった。初代国王は王国の繁栄を祈って神器を作ったとされておるが、皮肉なものじゃの。初代国王の死後、王国内では神器を巡る争いが度々起き、それに目をつけた近隣諸国から攻撃を受け、その際に大半の神器は行方不明になったと聞いておる」


「……そうか」


 ミュゼは少しだけ顔を伏せた。髭爺は少しだけ声のトーンを落として続ける。


「王国は現在も残っておるが、その威光はかつての物ではない。統治をなすには不完全で、事実このスラムのように治安の悪い場所ができつつある。神器による抑止力もなくなった今、近隣諸国からの支配にも怯える毎日。嗚呼、これからこの国はどうなるのじゃろうな?」


 わざとらしく額に手をやり、天を仰いでみせる髭爺。俺はその様を見て肩を竦めるが、当のミュゼは神妙な顔で俯いたままだ。少し思いつめた様子の彼女は気を紛らわすためか、毛先を指で弄っている。


「神器については大体このくらいじゃな。次に王国についてじゃが……」


「いや、もういい」


「ふむ。そうか?」


「あぁ。我の愛した国はすでにない……それがわかっただけでも十分じゃ。邪魔したな」


「あ、おい、ミュゼ! すまん、髭爺! 礼は必ずするから!」


 ふらふらと外へ出ていくミュゼの後をすぐに追う。彼女は俺が隣に並んできたことに気づくと、力ない笑みを向けてきた。


「大丈夫か?」


「カカッ! 小僧が我の心配など百年早いわい! じゃが、その気遣いだけはありがたく受け取っておこう」


 ミュゼはまた無言になって、すたすたと歩いていく。強がっているのは明らかだ。

 考えてみれば当然だろう。自分の信じていた世界が全て過去のものになっていたのだ。さながら、世界に取り残された気分だろう。その絶望がどれほどの物か、俺には計り知れない。


「……なぁ、ミュゼ。お前、神器って奴なんだよな?」


「……あぁ。生体型神器・魔導機構。かつて、国王陛下に仕えたこともある」


「じゃあ、なんであんな場所にいたんだ?」


「わからぬ。我が最後に仕えた男の時代から数百年以上が経過していたことにすら驚いたのじゃ。この空白の時間に何が起こったのか、皆目見当もつかぬ」


「そうか。まぁ、時間はあるんだ。お前のことについても調べていこう」


「あぁ。それと、トーヤ。我は決めたぞ」


「何を?」


 首を傾げていると、ミュゼがこちらに視線を向けてきた。決意と覚悟に満ちている、力強い眼差しだ。彼女はグッと拳を握りしめ、俺の胸にトンと当てる。


「まずは、神器を集めようと思う。各地に散らばった神器を集め、それを王国に返還する。それが初代国王に作られた我の存在意義じゃ」


「……そうか。頑張れよ」


「なぁに他人事のようにしておる。当然、お主にも手伝ってもらうからな」


「はぁ!?」


 思わず声を荒げてしまう俺。だが、ミュゼは不敵な笑みを湛えたまま、俺の右手を指さした。


「契約をした仲ではないか。それに、お主はすでに『呪い』を受けておる。もう我から離れることは叶わんぞ?」


「聞いてねえよ! つうか、呪いって何だよ!」


「神器は強力じゃが、その反面所有者は『呪い』を受けるのじゃ。お主の場合は『我から離れると死ぬ』。単純じゃろ?」


「……マジかよ」


 足元がガラガラと音を立てて崩れていくようだった。確かにあの場を切り抜けるためにはこいつと契約を結ぶ必要があったわけだが、どうせならそれを先に言ってほしかった。


「しかし、そう嘆くこともあるまい。この美少女と一緒に旅ができるのじゃぞ? もっと喜んだらどうじゃ? うん?」


「いや、見た目美少女でも中身ババアだろ……うがっ!?」


 鳩尾にミュゼの拳がめり込んだ。あどけない容姿に反して、すさまじい怪力だった。あまりの痛みにその場で膝をつく。


「誰がババアじゃ。ぶちのめすぞ、ガキ」


「こ、このババア……」


 先ほどまで落ち込んでいたくせに、今は挑発的な笑みを浮かべている。彼女は緑髪をサラリと掻き上げ、


「さて、そうと決まれば早速計画を練るとしよう。まずは情報集めじゃ。これから忙しくなるぞ、トーヤ!」


「て、てめえ……何を勝手に」


「何か文句でも?」


 グッと拳を握り込むミュゼ……当然、抗うことなどできるはずもない。俺は力なく首を垂れ、盛大なため息をつく。それを見てミュゼは勝ち誇ったように笑う。


「それでよい。では、行くぞ。我がマスター、トーヤよ!」


 意気揚々と声を張り上げるミュゼを半眼で睨みつける。

 どうやら拒否権はないらしい。俺は覚悟を決めて、差し出された右手を握った。


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